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第九十二話 交渉開始

それは、非常に奇妙な光景であった。


そこかしこで未だ炎が燻ぶる戦場跡地を、6,000名以上の完全武装の敵軍兵士が埋め尽くし、その真っ只中を、たった6人の集団が堂々と進んでいった。


実に千倍以上の兵数差にも関わらず、怯えきった敵軍兵士は、小集団の前に立つ者達が自然と彼らに道を譲り、まるで引き潮で現れた浅瀬の小道が如く、図らずも敵軍本陣への一本道が形作られていく。


その6人の集団は、召喚勇者たる僕を中心に、魔族2姉妹が露払いを務め、ハイエルフのフィリーと大天使のヒルデが両翼を守り、人化した成龍エスタレイウスが殿を固める。


そのたった6人の集団が、つい先日まで一万人の威容を誇っていたリザードマンの侵攻軍の、凡そ1/3を瞬殺してしまったのだ。

リザードマンの歴史上、後にアルロンの惨劇と呼ばれるその戦いは、空前絶後の惨敗として彼ら部族のなかで、長く語り継がれていくことになる。




ともあれ、現在進行系の時系列では、今まさに戦が終結して一夜明けたところである。

大将軍モリフェーオの統率力により辛うじて壊滅的な敗走を免れた敗軍の大集団が、この戦の勝者の小集団を迎えて、戦争終結の話し合いに臨むところであった。








平地に張られたコの字型の陣幕の中で、大将軍モリフェーオが、副官のガオラトールを従えて僕達の到着を待っていた。


やがて先頭の魔族2姉妹の姿を確認すると、モリフェーオは椅子から降りて地面に膝立ちとなり、頭を垂れて、敗者の姿勢で圧倒的な力を有する勝者を迎えいれる。


昨夜の戦闘で明らかになったことは、僕等が本気で攻撃を続ければ、最終的にはこの地に居並ぶ全ての兵士達を全滅させることなど造作もない、ということだった。


全身で恭順の意を呈しながら、モリフェーオは召喚勇者たる僕の第一声をひたすらに待ち続けた。




「あなたが、この軍の最高責任者ですか?」

僕はモリフェーオに話し掛けた。

その僕の発言を受け、彼の後ろにガオラトールと共に控えていた冒険者風の革鎧を身に着けた娘が、モリフェーオに何事かをささやく。

彼女は、今回この会談の通訳を任されたケイティーレだった。


モリフェーオの口から嗄れたうめき声のようなものが発せられ、ケイティーレは僕に向けて、

「そうだ、私がこの侵攻軍を率いる大将軍のモリフェーオだ」

と、綺麗な大陸標準語に翻訳して伝えてきた。


僕はその通訳に見覚えが有った。

「あなたは先日アルロンを訪れていた方ですね?確か、名前はケイティーレさん?」

ケイティーレは動揺を隠せず、

「な、なぜ私の名前まで?」

「正直に言えば、あなた方が我々を調査しているのは分かっていました。

ですから、我々はあなた方を通して、増援の存在や、我々の戦闘能力をそれとなくお伝えしていたつもりだったんです。

しかし、その警告を無視してこの様に多大な犠牲の出る最悪の事態を迎えてしまったことは、お互いにとって、誠に残念な限りです」


副官のガオラトールがケイティーレに声を掛けると、ケイティーレは戸惑いながらも、僕の言葉を翻訳してモリフェーオ達にも伝えた様だ。


モリフェーオがまたも何かを話し、ケイティーレが、

「この戦は、我等リザードマンの総意として、かなり前から用意され、行われたもの。

大将軍たる私でも止めることは出来なかった。

誠に残念なことではあるが、既にこうして決着までついてしまった以上、私は死者を悼みつつも、生者のために今後の事を話し合いたい」


僕はその発言に頷き、

「良いでしょう。ではまず、端的に我等の要求をお伝えします」


そう言って、僕はモリフェーオに、以下の六つの要求を行った。


一、侵攻軍の完全な武装解除並びに即時の撤退

二、今後10年に渡る賠償金の支払い

三、相互不可侵条約の締結

四、貿易港を開設可能な土地の領土の割譲

五、貿易港開設のための労働力の提供

六、貿易港からアルロンまで通じる運河の掘削権の譲渡並びに同運河の安全な通行の保証



ケイティーレの翻訳がモリフェーオ等に伝えられると、副官のガオラトールが何やらモリフェーオに強く進言する。が、モリフェーオはそれを制するようになだめ、そしてケイティーレに何事かを告げた。


ケイティーレは、

「私は侵攻軍の最高責任者であり、その権限は軍事に関わる全てを含むが、それを超えるものについては約束することを許されてはいない。

貴殿の要求の第一条である武装解除と撤退に関しては、大将軍たる私の権限にて、この場にて約束しよう。

ただし、その他の条項については、国権の最高責任者である長老議会の議長ザハラウーツェの判断となるであろう。

私がその要求を首都マジラ・ヤ・ジョトに持ち帰り、必ずや議長に伝えさせて頂こう」


僕はその返答をしばらく考慮したあとで、

「ならば、残念ながら貴殿を含む上級指揮官を50名ほどこの地にて拘束させて貰い、その議長の回答があるまでの人質とさせて頂こう。

議長への伝達は、あなた以外の誰かにお願いしたい」


僕の発言をケイティーレが彼等に伝えると、モリフェーオの後方に控えていた高官のうちの一人が何やら騒ぎ出した。

その者が何かを叫ぶと、僕らの後ろから抜刀した多数のリザードマン兵が、雄叫びを上げて陣幕内に押し寄せて来た。



僕の後ろで殿を固めていたエスタレイウスが、人化した姿のままで素早く片手を前に突き出し、自らの前に瞬時に一つの魔法陣を作り出すと、その中心から細く鋭い光線を発射する。

その、威力を最小限に絞り込んだ光子速射弾(レイ・ガン)が背後から押し寄せる兵士達の足元に着弾した瞬間、地面が大爆発を起こし、幅20m、長さ100m程の大地が深く抉れて融解する。

その範囲にいたはずの者達は、文字通り跡形もなく消滅し、その周囲にいたリザードマン兵も凄まじい爆風で薙ぎ倒された。


と同時に、エスタレイウスは頭上に6個の魔法陣を同時に出現させ、それらを僕を中心にした全周囲に向けて配置し、その各々からいつでもレイ・ガンを打つ態勢を取った。



各魔法陣の中心が不吉な眩しさを孕んで輝き、不気味な低音振動が辺りの大気をビリビリと震わせる。

その禍々しくも美しい魔法陣の輝きは、先程とは比べ物にならないほどの大出力の攻撃が、いつでも全方向に行われる状態にあると、その場にいる敵軍全員に悟らせる。


完全に心を折られたリザードマンの兵達が、次々と武器を大地に投げ捨て、その場に跪いてモリフェーオと同じ恭順の姿勢となる。

結局、エスタレイウス唯一人の攻撃と恫喝で敵軍全員の武器があっさりと放棄されてしまった。



光子速射弾(レイ・ガン)くらい、僕だって撃てるんだけどな…」


そんな僕の負け惜しみ的な呟きを耳にしたフィリーが、優しく僕の肩を叩き慰めてくれる。


いつも最後の美味しいところを持っていってしまう超絶イケメンのエスタレイウスは、全軍の武装放棄を見届けたあとで、何事もなかったかのように魔法陣を消滅させ、爽やかな笑顔とともに僕にサムズアップしてきた。


もはや僕に出来ることは、少しでも大物らしく見せようと、彼のサムズアップに鷹揚に頷き返すことくらいだった…。








長老議会議長ザハラウーツェの回答を待つ間、僕は大将軍モリフェーオから、今回の侵攻作戦の背景を聞くことが出来た。


簡単に言えば、海側からの半魚人達の侵略に耐えかねて、かねてからの食糧不足を解決する目的もあり、僕らの住むこの土地へ侵攻してきたらしい。


そうだとすると、仮にリザードマン達から僕らの要求する外海に開かれた貿易港の用地を割譲されても、そこを実効支配しているのは彼等ではなく半魚人達である訳で、その半魚人達を退けない限りは絵に描いた餅にしかならないと言うことだった。



今後の和平交渉の方向性ついて、僕は様々な情報を元に、侯都バーゼルの侯国行政府長官エルリックと相談する。そして、まずは一度引き上げさせたアルロンへの増援部隊を再度派遣することを決定した。

更に、これはリザードマン達との交渉結果次第だが、条件が整えば、リザードマンと共闘して半魚人から沼沢地南部を奪還する事まで視野に入れる。


というのも、半魚人の攻勢を放置すれば、貿易港の用地が手に入らないだけではなく、そう遠くない未来において、住処を追われたリザードマン達の集団が再び南ブランデン郡に殺到してくるのは目に見えていた。

それが例え非武装の市民による移動だったとしても、土地の生産性が低いこの地に押しかけられては、限られた食料を巡る凄惨な争いが各所で起こることは容易に想像がつく。


我が侯国南部の安定のためにも、半魚人の問題は、僕等自身の問題でもある、というのが、僕とエルリックの共通認識となった。






やがて、首都との往復を果たした副官のガオラトールが無事にアルロンに戻り、リザードマンの最高意思決定者であるザハラウーツェからの返答の書簡が僕の手元に届く。


僕はいつもの仲間と一緒にアルロン代官屋敷の会議室に集まり、ザハラウーツェからの書簡をガオラトールに代読してもらうことにした。

そして、そのガオラトールが読み上げた内容を、ケイティーレに大陸共通語へ通訳させる。


なお、ケイティーレの翻訳の裏付けを取るために、蜥蜴語(リザード・ロア)が概ね分かるエスタレイウスにも、念の為にガオラトールの代読した内容をメモしてもらう。


以下は、ケイティーレによる大陸共通語に訳された書簡の要旨だ。

一部装飾的な挨拶や表現などは省いている。



「ユーキ=ローデンシウス侯爵閣下


先日、アルロンにて行われた戦闘の結果を伝え聞きし今、我が方としてもこれ以上貴国と争う意志はなく、貴国との和睦を望むところである。


しかしながら、貴殿の示した条項のうち、賠償金の支払いや土地の割譲については、お互いに細部まで詰める必要があり、すぐには承知致しかねるというのが実情である。


従って、まずは我が方からの和解への誠意として、この書簡と共に我が腹心クーネセンツェ議員をそちらに向かわせ、特命全権大使として貴国との交渉を進めたい。


不幸にして戦火により始まりし貴国との外交が、実りあるものに代わることを切に願うものである。


長老議会議長

ザハラウーツェ 拝」





さて、と、僕は椅子の背にもたれ掛かり、今の書面の内容を頭の中で反芻する。

念の為エスタレイウスを見ると、ケイティーレの通訳は書簡の内容と一致しているらしく、深く頷き返してくる。


だとすれば、このザハラウーツェという男は、随分と虫の良いことばかり並べる男だ、というのが僕の第一印象だった。

まずもって気に入らないのは、アルロン攻防戦を、あたかもお互いにとって不幸な偶発的な事故の様に書いているが、余りにもそれは事実と異なる。

ことの発端であるこの戦争は、リザードマン達から一方的に仕掛けてきた、紛れもない侵略戦争だということだ。


それに、誠意を示すと言うのなら、自らがこの地に足を運び、僕との直接交渉を行うべきなのではないか?


かつて僕は、臥龍山脈において龍族の長である火龍王と、また魔鉱石の件ではドワーフ王国国王ヴィンダークと、いつも直接会った上でギリギリの交渉を行ってきた。

それを、今回は敗戦国の責任者たる者が自ら出向かずに代理を建てたことも、全く持って気に食わなかった。


とは言え、冷静に考えてみれば、確かに実務的な外交の話し合いを進めるにあたり、国家元首ではなくこうした特使を立てて進めるほうが、国際政治上の慣習なのかも知れない。

ザハラウーツェの言う誠意とは、その交渉にあたって出来る限り高位の人間を寄越した、ということなのだろうか?


色々言いたいことや不満はあるが、先ずはその全権大使とやらに会って、話をしてみなければ何も始まらないだろう。




「そのクーネセンツェ議員は、いまどちらにいるのですか?」

僕の問いにガオラトールは、別室に控えていると答えてくる。


「では、明日の10時にこの場所でお会いしましょう、とお伝えください」

そう言って、僕はこの会合を一方的に終了させた。



さてさて、その特命全権大使であるクーネセンツェとやらは、一体どの様な人物で、何を言ってくるつもりなのだろうか?


侵略戦争の被害者であり、またその戦争の勝者であるこちら側としては、なるべく有利な条件で講話を締結したいものだ。

※最後までお読み頂き、まことに有難うございました。


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毎週土曜までに更新しますので、よろしかったらブックマークの一つに加えてください(^^)



次回から、新章となります。

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