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第八十八話 潜入

翌日、オドエーツェとヘレターレの2人は、長老議会議員のクーネセンツェから紹介された[冒険者]の娘と会うべく、とある宿屋を訪れていた。



『議員に貰った地図によると、多分ここら辺のはずなんだがなぁ…』

クーネセンツェから渡された地図が簡略すぎて、目的の宿屋の場所がいまいちハッキリしない。


何度か同じ通りを行ったり来たりした挙げ句、オドエーツェは自力で探すことを諦めて、ふと目についた食堂に入ってそこの主人らしい男性に声を掛けた。



『すまないが、とある場所を探しているんだ。[鯖の頭亭]という名の宿屋は何処にあるのかな?』

オドエーツェが尋ねると、食堂の主人は手に持った包丁で地面を指しながら、

『[鯖の頭亭]なら、まさにここだ。表に鯖の絵の看板が有っただろう?』


そう言われたオドエーツェは、店の外に出て上を見上げると、確かに何らかの絵が描かれた看板を見つけた。

だが、それはお世辞にも[鯖]では無い何かとしか言い様のないもので、少なくとも、その看板だけでこの宿を見つけるのは不可能じゃないかとオドエーツェは思った。

とは言え、いきなり初対面の相手の気を悪くすることもどうかと思い、

『なるほど、たしかに鯖かな?』

と言葉を濁す気の良いオドエーツェ。

となりのヘレターレは、思わずえっ?という顔をするが、幸いなことにオドエーツェの陰に隠れて店主には見えなかったようだ。


『なんだい、あんた等うちに泊まりに来たのか?』

店の主が聞いてくるが、

『いや、実はこちらに泊まっているはずの[冒険者]の娘に会いに来たんだ。

その娘は今何処にいるか分かるか?』

そう尋ねるオドエーツェに対して、店の主は、食堂の隅の席に座った一人の娘を包丁で指し示す。


その娘も何事かとこちらを振り返り、オドエーツェの巨躯を見て、無意識かもしれないが近くの壁に立て掛けていた剣を手元に引き寄せた。



その仕草を後ろから見ていたヘレターレがオドエーツェの前に出て、

『急に訪ねてきて、驚かせて申し訳ない。

我々はツワーナ村から来た者で、一緒に人族の地へ行ってくれる通訳を探しにやって来たのだ』

そう言って、

『私はヘレターレ。で、後ろのデカいのがオドエーツェだ』

と自己紹介する。


その娘は一通り値踏みするように2人を眺めたあと、剣から手を離して、

『つまり、あたいにその仕事を頼みたいって訳かい?』


『その通りだ。ここにツワーナ村長老ズマリーディからの依頼書もある』

ヘレターレは懐から巻紙を取り出して娘に渡すと、彼女は一瞥したのち、

『随分と太っ腹な条件じゃないか?期間も3週間程度ならちょうど良い。

あんたらの気が変わらなければ、条件次第では是非とも引受させて貰おう』

そう言って食事の手を止めて席から立つと、ヘレターレに巻紙を返す。

ヘレターレがそれを懐にしまったのを見届け、娘が再び手を差し出してくる。

それが人族の風習で、挨拶として行われる握手という行為だと気付き、ヘレターレは差し出された彼女の手を握った。


彼女はニヤッと笑い、

「よろしく、キレイな嬢ちゃんとデカブツの旦那」

と人族の使う大陸共通語を流暢に喋ったあと、リザードマンの言葉に切り替えて、

『名はケイティーレという。人族の使う大陸共通語は、悪口から口説き文句までひと通り使えるぞ』

とキチンと名乗ると、

『おっちゃん、悪いが奥の個室を使わせてくれないか?これからこの2人と、大事な商売の話しをしたいんだ』

『あいよ、その代わり食いかけのもんは自分で奥に運べよ?それと、あんたらも何か食うか?』

店の主がヘレターレ達に聞いてくる。

『いや、食事は済ませてきたので、何か飲み物だけ貰えるかな?』

『分かった、あとでお茶でも淹れて持っていってやる』

そうしてケイティーレと共にヘレターレ達は、店の奥の個室に向かった。





奥の個室のテーブルについたケイティーレは、早速ヘレターレに今回の依頼内容や料金面での条件を確認してくる。

ヘレターレは、

『簡単に言えば、私達の通訳兼ボディガードとして我々に3週間ほど同行して欲しい、というものだ。

もちろん依頼料とは別に、貴女の宿泊費用等の雑費は全てこちらが持つ。

料金はさっきの紙に書いてあった通りだが、半分を手付として最初に払い、残りは成功報酬として最後に払う。

あと、もし我々の都合で終了の期日が早まっても、料金を値切ることはしない。逆に我々の都合で延長する場合は、日当を1.2倍にして払おう』

と、テキパキと答える。


ケイティーレは片眉を上げて、

『聞けば聞くほど景気の良い話だな。

だが、ちょっと話がうますぎる。

そもそもあんたら、人族の地に、何しに行くんだ?』

その質問に、ヘレターレは顔色ひとつ変えず、

『それは言えない。そこらへんを含めての料金だと理解して欲しい。

ただし、我々の目的はあくまでも調査であり、何か危険なことをするつもりは無いということは言っておこう』

『つまりは、余計な詮索はするなって訳だな?』

ケイティーレは訝しそうな目で見つめて来るが、その目線をヘレターレは真っ直ぐ見返した。


暫しの沈黙のあと、

『ま、分かったよ、あんたの言う事を信じよう。

ただ、引き受けるにあたってあたいからもひとつだけ条件がある』

『それは、なにかしら?』

『ハッキリ言って、あたい等3人が一緒に歩けば、人族の地ではかなり目立つことになる。

特にあんた、オドエーツェ?そのガタイでそのまま人族の街に行ったら、笛太鼓の鳴り物鳴らしながら歩くぐらい目立つこと間違いない。

人族の地で活動する場合は、2人共冒険者として行動してもらい、あたいがそのリーダーとなる』

そしてケイティーレは苦笑しながら、

『それでもリザードマンの3人組はかなり目立つだろうが、鎧兜で多少は誤魔化せるだろう。

あと、最初にいっておくが、冒険者のルールではリーダーの命令が絶対だ。

人前では、あたいの言うことは必ず聞くように』


そこでオドエーツェが口を挟み、

『リーダーはなぜあんたで、俺らのどちらかじゃ駄目なんだ?

こっちが金を払ってるのに』

ケイティーレは呆れたように、

『あんたら、冒険者の常識ってやつを一つでも知ってるのかい?

人族は決して馬鹿じゃない。少しでも怪しまれないためには、実際の冒険者、すなわちあたいがリーダーをやるしか無いだろう?』

オドエーツェは、

『済まない、つまらないことを聞いたようだ』

と素直に引き下がる。

そんなオドエーツェの態度に好感を持ったらしく、

『デカいの、あんた意外とイイ奴か??』

とケイティーレはクスクスと笑った。


その後、細々とした所を打合せ、今日は出発のための準備に宛てて、明朝、港の桟橋にて集合とする。

3人は程なくして解散し、オドエーツェとヘレターレは、明日に備えてそれぞれの仕度を行うこととした。






翌日、港の桟橋に集合した3人がツワーナ村のカヌーの1艘に乗り込み、人族の地、すなわちローデンシウス侯国領南ブランデン郡へと向う。


途中数日の野営を経て、南ブランデン郡の郡都アルロン近郊に至ると、そこで一度態勢を整えたあとでアルロンの門を潜った。

実はその時、門番がオドエーツェの体格を見てあれこれ詮索しようとしてくるが、ケイティーレが世慣れた感じで適度にあしらい、無事通過することが出来た。


確かに、彼女の大陸共通語を操る能力は、信頼に足るようだった。




『しっかし、人族の都は大きいと聞いていたが、何だか思ったより小さな街だな?』

オドエーツェが思ったことを口にする。

確かに、アルロンの街は、勿論ツワーナ村よりは大きいものの、首都マジラ・ヤ・ジョトよりは遥かに小さい規模の街並みだった。


『都と言ってもピンキリだからな。この街(アルロン)は、かなり小さい部類に入るだろう』

ケイティーレはオドエーツェに答えたあと、

『ところで、この後あんたらに予定が無いならば、とりあえず酒場に行って情報を集めてから宿を決めようと思うが…』

ヘレターレはクールに、

『当面、万事任せる』

『あいよ、じゃああたしの後ろから黙ってついてきてくれ。特にオド、頼むから騒ぎを起こさないでくれよ?』

その呼び方は俺の事を言ってるのか?と一瞬戸惑いながらも、オドエーツェは、

『俺だって初日くらい大人しく出来るさ、任せろ!』

と自信満々に請け合うオドエーツェに対して、なぜか全く同じ懐疑的な表情を浮かべるケイティーレとヘレターレだった…。






郡都アルロンにおける唯一の酒場「蜥蜴の尻尾」亭は、昼は食堂、夜は酒場を営んでいた。


当然、普段は昼から飲む者などほとんど居なかったが、今日に限って見るからに柄の悪そうな3人組が、ジョッキを傾けつつクダを巻いていた。


突然、ドンッという音が店内に響き、その3人組も含めて全員が店の入口を見ると、視界の悪い兜を被ったオドエーツェが、目測を誤り入口の扉の枠に強烈な頭突きを食らわした所だった。



「おい(にぃ)ーちゃん、壊さないでくれよ?」

店の主人が露骨に嫌そうな顔をして注意すると、

「悪いな、おっちゃん。いっぱい注文するから許してくれよ」

とケイティーレが気さくに返すと、彼女の愛嬌に、仕方ねぇなと店の主人も鉾を納める。


例の柄の悪い3人組も、ケイティーレやヘレターレの女性らしい柔らかな身体のラインを舐めるように眺めていたが、オドエーツェの体格に鼻白んだのか、興味を失ったようにまた仲間内の話に戻る。



『おいオド、確かあんたに目立つようなことはするなと、さっき釘を刺したばっかりだろうが?』

席につくなり、ケイティーレはオドエーツェに文句を言うと、

『いや、ホントに済まない。人族の建物が小さい上に、この兜が見えづらくてな』

と兜を脱いで、机の上に乗せる。


それから以降は特に何事もなく、ケイティーレが注文を取りに来た店員に、お勧めの宿屋や冒険者ギルドの位置、この街の治安等、基本的な情報を如才無く聞き取り、この店に来た目的はほぼ達成される。

が、ケイティーレは自分の食事やら酒やらを頼み、なかなか腰を上げようとしない。


何時までも飲み続けそうな彼女の様子に痺れを切らしたオドエーツェが、

『おい、ケイティーレ、いつまでここで飲み食いする気なんだ?

そんなに腹が減ってるなら、歩きながらでも食べられる屋台で何か買って食わしてやるぞ?』

ケイティーレは器用に片眉を上げて、

『あたいは別に飲み食いしたいからここに居る訳じゃない。先ずはこういう場所である程度の時間を過ごせば、色んな話が耳に入ってきたり、この街の雰囲気も何となくつかめるものさ』

そう言って、端のテーブルに座る中年の男と若い娘2人組を顎で示しながら、

『あの2人、恐らくよそから来た商人と、この土地の娼婦だろうよ。

商人の方には隣のバルディア大公国の訛りがある。だが、問題は娼婦の格好だ。あれだけ見すぼらしいということは、客が押しなべて貧乏だからだ。

つまり、この土地自体が貧しいってことだな』


オドエーツェは納得行かない顔で、

『でも何で、あの娘が娼婦だとわかるんだよ?』

『先ずは化粧だ。昼の酒場で化粧している女は、たいてい娼婦だ。それに、食事をしているのは商人だけで、女にはお茶も出してない。

そして最後に、女の目だ』

そう言われて、ヘレターレも娼婦と言われた女の目を見てみる。

彼女の目は暗く、眼の前の男に対する嫌悪感を隠しきれずにいた。


『とまぁ、そんな感じだ』

そんな得意げなケイティーレにヘレターレが一言、

『この地があまり豊かでないことは、彼等を見なくとも、街並みや規模を見れば直ぐに分かることだがな』

そのド正論を掻き消すようにケイティーレは、

『だがまぁ、オドの言う通り、そろそろ引き上げても良いかも知れないな』

そう言ってそそくさと立ち上がろうとしたタイミングで、明らかに異質な集団が酒場に入ってきた。




無意識にその集団に目を向けたヘレターレの表情が、一瞬で険しいものに変わる。


先頭に立って入ってきたのは、この場末の酒場には全くそぐわない、キラキラと輝く金髪を靡かせたフルプレートアーマーの女騎士だ。

恐らく、人族の基準ではとても美しいと見做される外見なのだろう。先程の柄の悪い3人組の全員が、呆けた顔で彼女に見惚れていた。

もちろん例の商人も例外ではなく、彼のナイフとフォークは、何も無い机の上の何かを切り分けようと空振りしていた。



ヘレターレは、その女騎士に見覚えがある。


ツワーナ村が龍たちに襲われた時に、人々が逃げ惑う混乱のさなか、確かに彼女はあの女騎士の姿を見ていた。

かなりの距離から僅かな時間見かけただけだったが、特徴的な十字の紋章の入った、あれほど豪奢な鎧を見間違うわけはない。


『ケイティーレ、もうしばらくここに居ることにしよう』

さっきまでと打って変わって緊張感に満ちたヘレターレの様子に、ケイティーレは黙って再び席に座り直した。




金髪の女騎士に続いて、黒髪黒瞳(こくはつこくどう)の冒険者姿の剣士が入ってくる。

その容貌を見て、今度はケイティーレが低く声を上げる。

『あの男、召喚勇者じゃないか?』


そして、エルフや魔族の女性と、そして人族にしてはかなり長身の、長い金髪の男が次々にやって来て席についた。


彼等はこの店の常連かつ上客らしく、慣れた感じで店員に食事やら酒やらを頼み、店員も愛想よくそれに応じている。




『ケイティーレ、済まないが出来る限り彼等の発言を記録してくれないか?』

ヘレターレの真剣な眼差しに多少気圧されながらも、ケイティーレは、

『分かった、任せてくれ』

と快く引き受け、懐から出した紙に細々と書き込んでいく。


ふと気が付くと、金髪長身の男がヘレターレの方を見ていた気がするが、彼女が見返した時には視線が外れていた。

何となくその金髪長身の男が気になりそのまま見ていると、何の話だか分からないが、魔族の女と夢中で話していた黒髪黒瞳の剣士にその金髪長身の男が何かを伝え、彼等は急に会話を控えてしまった。


そして程なくして、食事を終えて店を出ていった。




『ケイティーレ、とりあえずここから出て、宿についてから、先程のメモの内容を詳しく教えて欲しい』

ヘレターレが告げると、

『分かった、宿の目星は付いてるから、早速向かうとしよう』

そう言って、ケイティーレを先頭に「蜥蜴の尻尾」亭を後にして、一行は宿屋へ向う。



そんな彼等の行動を、先程酒場に居たエルフの女性、すなわちフィリオーネが物陰からじっと観察していることに、彼等が気付くことは無かった…。


※最後までお読み頂き、まことに有難うございました。


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