第七話 クレーヴィア到着
その日、僕を含む総勢約300名の隊列が、クレーヴィアを目指して王都から南へと出発した。
もちろん、その中には勇者パーティーの一員だったエルフのフィリオーネも参加してくれていた。
現国王やベルクブルク大公以下主要な王侯貴族が見送る中、多数の庶民が詰めかけた王都の大通りを僕らは進む。
群衆の中には、他国から派遣された外交官の姿も散見された。彼らはこの国を挙げての盛大なパレードを目の当たりにして、僕とフラヴィア王国との強い絆をそれぞれの本国に報告する事だろう。
僕は馬上から群衆を見渡しながら進んでいたが、その人波の中にルナが居たのかどうかは結局分からなかった。
僕は心の内で彼女に別れを告げ、王都アスパダーナを後にした。
さて、気持ちを切り替えよう。
王都からしばらく南下したあと、城外に待機していた輜重車隊と合流し、パレード用の隊列から行軍用の守備隊形に変更する。
前列から、斥候、前軍、僕を中心とした中軍と輜重車隊、最後に殿軍が続く。
中軍の指揮官は、旧近衛軍第6中隊長のハインリッヒ=ベーゼンハイム。
左頬の切り傷がトレードマークの『騎士』の称号を持つ偉丈夫だ。戦場に置いては常に沈着冷静に的確な指揮を取り、部下からの信頼は厚い。
貴族の親族が多数を占める近衛騎士団士官の中で、珍しく実力でその地位についた苦労人だが、お陰で周囲から常に浮いた存在だったと聞いている。
そのせいか、今回都落ちとも取られかねない僕への随行も、二つ返事で引受けてくれた。
今後は我がローデンシウス侯国の騎士団長として、武官の長を務めて貰うことになる。
前軍と殿軍の指揮官は、旧近衛軍第6中隊副隊長のヘルマン=ザルツァと同カール=トリアーだ。
中背で引き締まった浅黒い肌を持つヘルマン=ザルツァと、貴族の落し胤とも言われ、金髪碧眼の騎士団随一の容姿に惠まれたカール=トリアー。
彼ら二人が騎士団長ベーゼンハイムの両腕であり、ローデンシウス侯国軍の背骨とも言える存在だ。
軍事においては、今後この三人が中心となる。
そして、かれら武官とベルクブルク大公家から派遣されてきた経済官僚10人を束ねる家令を勤めるのが、パウル=エルリック。
容姿にはこれと言って特徴は無いが、常に知的好奇心に輝く薄茶の瞳が印象的な青年だ。
20代半ばと年齢は若いが、全てに於いてそつなく仕事をこなしてくれる非常に有能な人物だ。
そして今回、エルリックにはクレーヴィアへの道中の全てを取り仕切らせていた。
「エルリック、少し話せるかな?」
騎乗が得意ではない僕は、パレード終了から早速乗り換えていた馬車から声を掛けた。
ちなみにその馬車も、エルリックが用意してくれた、非常に乗り心地の良いものだった。
「何か御用でしょうか?」
エルリックが巧みに馬を操り、僕の馬車に横付けする。
「一応確認なんだけど、クレーヴィア到着まではおおよそ2ヶ月くらいは掛かるんだよね」
「天候にもよりますが、春先のこの時期は、一番気候が安定しております。おそらく多少の余裕は持たせたとしても、そのくらいで着けるかと」
大陸中央に位置するフラヴィア王国の、ほぼ真ん中に王都アスパダーナはある。
クレーヴィアはその南南西におよそ1,000kmほど離れていた。
つまり、エルリックは1日の行程を15〜16km程度で考えている、ということだろう。
だが、フラヴィア王国軍の遠征時の平均行軍速度は一日あたり25kmで設定されている。
もちろん今回は多数の非戦闘員や荷馬車を伴ってはいたが、それにしても、僕にはいささかのんびりしすぎた日程な気がした。
その疑問をエルリックにぶつけると、
「もちろん単なる行軍ならもっと距離を稼ぐことも出来ます。
しかしながら、恐らく行く先々でかなりの足止めを受けることを予想しております」
「足止め、というのは?」
国王の正式な辞令をもって領地に着任する僕を、いったい誰が邪魔するというのか?
怪訝な顔をする僕に、
「中央政界になかなか顔を出せない南部諸侯にとって、我が君が領地を通るとなれば、高名なる召喚勇者と誼を通じる絶好の機会と捉えるはずです。
恐らくこの先、簡単には我が君を通してはくれないでしょう」
少しイタズラっぽくエルリックが微笑む。
僕はその時そんなもんかな、と軽く考えていたが、実際に諸侯領を通る段になると、エルリックの見立てが100%正しいことが分かった。
みな一様にあの手この手で僕を引留めようとし、中には僕の寝室に裸の娘を仕込んできた猛者まで現れる始末だった。
おかげで、大人としての経験値を多少稼げたのは、僕だけの秘密だ。
さて、王都を出発してからキッチリ二ヶ月の日程で、ようやく僕ら一行はクレーヴィア地方へと入ることが出来た。
道中で多少の怪我人や病人が出たものの、全員が無事に目的地まで辿り着けたのは、ひとえにエルリックの周到な準備のお陰だろう。
僕らは、更に半月ほどかけてクレーヴィア地方の中心都市バーゼルに入り、そこにある代官屋敷を目指した。
バーゼルの街は、傍らを流れるミューゼル川を天然の濠とした、人口5,000人程の城塞都市だった。
抜けるような青空を背景に高くそびえる城壁は、絵のように美しく感じる。
川にかかる石橋を渡り、正門を潜って目抜通りを真っ直ぐに進むと、程なくして代官屋敷に至る。
その門前では、エルリックが仕立てた先触れを受け、既にかなりの数の役人達が出迎えに出て来ていた。
出迎えの列の中央に立つ初老の男性が、一歩進み出てくる。
僕は馬車から降りて、彼の目の前に立った。
「出迎えご苦労、私がユーキ=ローデンシウスです。
あなたが王家の代官トーヤ殿ですか?」
事前にエルリックに教えられた名前を口にすると、彼は白髪頭を深く下げつつ、
「はい、ローデンシウス侯爵閣下。遠路つつが無く到着され、祝着に存じます。
まずは旅装を解かれ、ごゆるりとお寛ぎ下さい」
彼の後ろの人々も同じように頭を垂れる。
「お気遣い、有り難う。
でも早速で悪いが、先ずは施政の引き継ぎを済ませたいので、その手配をお願いします。
それから、我が騎士団には取り敢えず何処か広い場所で休憩を取らせたいのですが」
「畏まりました。
引き継ぎにつきましては、これから直ぐに済ませたいと思います。
それと、騎士団の方々は、この建物の裏手に有る中庭にご案内致しましょう」
そう言うと、トーヤは年に似合わぬ張りのある声音で、
「恐れ多くも国王陛下より預かりしこのクレーヴィアは、今日この時より閣下のものとなります。全ては閣下のお望みのままに」
まるで周囲に宣言するかのように告げたあと、
「それでは閣下、中をご案内致します」
と、年に似合わずしっかりとした足取りで、僕と幹部の数名を先導して屋敷の中に入った。
一応地方行政の中核の庁舎だけあり、代官屋敷は石造り三階建ての、なかなか立派な建物だった。
構造としては、広い中庭を挟んで南の正門側に執務棟が建ち、その反対側に住居用の平屋建ての屋敷があった。
僕は代官トーヤから執務棟の各フロアの簡単な案内を受けながら、家令エルリックと騎士団長ベーゼンハイムらを伴って三階奥の代官執務室に入った。
そこで、代官に国王からの命令書を渡し、正式にクレーヴィアの支配権を代官から引き受けた。
と言っても、特別な儀式が有るわけでもなく、重要な鍵や書類の引き渡しが行われただけだ。
それ以外の細かいところは、予定通りエルリックとトーヤの間でやって貰うこととした。
「では閣下、私はこれから第二執務室にてエルリック殿と打ち合わせさせて頂きます。」
そう言ってトーヤがエルリックと共に下がり、ベーゼンハイムも、
「私も警備の段取りを指揮するので、一度中庭に戻ります。
この部屋の前に交代で歩哨を二名立てますが、宜しいですか?」
「もちろん構いません。それと、なるべく早く兵を寄宿先に落ち着かせてあげて下さい。これから暫くは、相当働いて貰うことになりますから。」
かしこまりました、と、彼も優雅に一礼して部下と共に去っていった。
一人になった僕は、暫くは地図を片手にクレーヴィア地方6郡の人口や穀高など基本的な統計資料に目を通した。
もっとも、この道中でも散々頭に叩き込んできた事柄だったので、ほとんどその再確認にしか過ぎなかったけど。
すると程なく、ノックと共に歩哨がフィリオーネの入室許可を求めてくる。
当然、直ぐに部屋へ入ってもらった。
白金髪のストレートヘアを靡かせながら軽やかに彼女が入ってくると、それだけで部屋が少し明るくなった気がした。
彼女は物珍しげに部屋を見渡すと
「思ったより質素だね?」
と、率直な感想を漏らす。
ま、それはそうだろう、ここは貴族の屋敷ではなく、行政官僚の執務室なんだから。
「ねぇ、フィリー。これからのことなんだけど、多分僕は、これから何日かは引き継ぎとかでここにいる積もりだ。
でも、その後はなるべく早く領地を回ってみようと思っているんだけど、フィリーはどうする?」
僕はいつも通り、フィリオーネの愛称『フィリー』で彼女に声を掛ける。
彼女は、壁にかけられた肖像画を胡散臭げに眺めながら、
「んっ?私?
そうだなぁ、取り敢えずここの冒険者ギルドを冷やかそうかなぁ?って思ってるんだけど……。
ま、特にすることもないし、ユーキが外に出る時は連れてってよ♪」
相変わらず楽天的と言うか、常にシリアスとは無縁の性格だった。
思えば、勇者パーティーの仲間同士で互いの意見が衝突して険悪な雰囲気になりかけた時にも、彼女の屈託の無い明るさに何度も救われたものだ。
だが、一方で彼女の空気読まなさ加減がたまにマイナスに働くことも有ったのは内緒だ。
一通り室内を観察し終えた彼女は、急に僕に振り返ると、
「ところでさぁ、ユーキに一つ聞きたいことが有るんだけど?」
少し小首を傾げた仕草が、美少女然とした彼女に似合っていて、とても可愛らしかった。
「ん、なに?何でも聞いてよ」
「ここに出発する前に、ルナとなんか有った?」
「へ!?」
余りに予想外な質問を受けて、思わず間抜けた声を出してしまう。脳裏では、王都でのルナとの一夜が鮮明に蘇っていた。
「な、な、何かって、なにかな?特になにもないけど」
裏返った自分の声を聞きながら、動揺を全く隠せていない我が身が情けなかった。
こんな時は、僕の磨き上げた剣技など、なんの役にも立たなかった…。
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