第六十七話 パルティナ王国へ
今回のパルティナ王国遠征隊は、特務庁と商務局、外務局の合同プロジェクトとして考えている。
特務庁からは、長官のフィリー以下の特務部の面々を、商務局からは副長官、長官が遠征で不在の外務局からは、次官を参加させる予定だ。
複数の局間の調整役として、行政府の副長官に遠征隊の副隊長を引き受けて貰う。
そして、緊急時の連絡手段の確保として、盟友エスタレイウスにも協力を要請するつもりだ。
この日の会議を経て、幹部たちが新体制に馴染みはじめた約半月後、僕等遠征隊の面々も、様々な準備を整えて、いよいよパルティナ王国へ出発することになった。
パルティナ王国遠征隊は、軍務局長ベーゼンハイムの用意してくれた騎兵50騎と一個中隊120名に守られながら、侯国西部の丘陵地帯を抜けて数日でエノー郡の郡都モンスに到着する。
そして、そのまま大森林に向かい、調査隊が事前に整備した道を伝って黒きエルフの都まで行き、そこで成龍エスタレイウスと合流後、大森林の西の果てまで一気に進んだ。
侯都バーゼルからここまで約2週間。
事前に派遣した調査隊の切り開いた道のお陰で、強行軍とは言え、かなりの速度でパルティナ王国との国境地帯まで辿り着くことが出来た。
それから、僕とフィリー、ソフィア、ラミィの四人で、現地で合流した調査隊の一個小隊や同行してきた一個中隊の合計150名と共に、約1週間を掛けて大森林の外れに我が侯国軍のための砦を築き上げた。
既に白亜宮やフォレスタリア等の大規模建築に実績のある僕やフィリーに加え、四大属性魔法の使い手であるソフィアとラミィが惜しみ無く膨大な魔力を注ぎ込んで、空堀や城壁、監視塔に兵舎に指揮所等を次々と建設していった。
皆の協力のおかげで、森の外れ近くの小高い岡の上に、砦というよりは、むしろ要塞と言っても良いほどの、立派な軍事拠点が完成した。
「相変わらず、小気味よい働きぶりだな、勇者殿」
要塞の最上部にある展望台から、僕は成龍エスタレイウスと共に遥かなパルティナ王国領土を眺めていた。
「こんな所までお付き合い頂き、感謝の言葉もありません」
僕は心から、盟友の友情に感謝する。そもそも、今回の遠征の最終目標であるパルティナ王国への魔鉱石の販路確立も、彼がその領土での魔鉱石採掘を許可してくれたからこその話だった。
それに、先のヴァンパイア・ロードとの戦いにおいては、文字通り彼に命を救われていた。
いまの侯国が有るのは、ひとえに彼のおかげと言って過言ではないだろう。
「むしろ、感謝したいのは私の方だ、ユーキ殿」
彼が意外なほど真剣な眼差しを向けてくる。
「我が龍族は、遥か昔から自らのテリトリーに籠もり、営々と変わらぬ生活を続けてきた。
我もまた、そんな生き方になんの疑問も抱かずにこの800年を過ごしてきた」
だが、と彼は続ける。
「ユーキ殿と出会い、そなたがもがき苦しみながら何とか現状を良くしようと奮闘する姿を見て、そうした我が常識が疑問に感じられてきた」
エスタレイウスは、そこで一区切り呼吸を入れたあと、
「人は弱い。だが、その弱さゆえ、常に変革を求めてやまない。
我々もまた変化を続けてゆかねば、いつかは世の趨勢に飲まれ、滅びゆくかも知れない」
僕は彼の整いすぎた横顔を見上げながら、
「龍族の長い一生に比べれば、僕の命など、ほんの一瞬の花火の様に淡いものかも知れません。
だけど、私の息子や孫が生まれれば、我が一族は永久に貴方の恩義を忘れることはありません」
いつになるかは分からないが、万が一にも彼等(龍族)が困るような事があれば……。
「貴方が必要とされる時があれば、我が一族が全力をあげてこのご恩に報いることをお約束致します」
彼は爽やかな笑顔を浮かべながら、
「その時は頼むぞ、勇者殿!」
そのキラキラまぶしい白い歯は、男の僕でもハッとするほど素敵だった、、、。
さて、いよいよ、パルティナ王国への入国を明日に控え、僕は指揮所内に設えた会議室に遠征隊幹部を集めて、会議を行うことにした。
「皆さん、明日はいよいよパルティナ王国に入国となりますが、恐らく不測の事態が次々と起こることと思われます。
そのためにも、私達遠征隊の基本方針を今一度皆さんと共に確認し、意志統一を図っておきたいと思います」
会議の冒頭で僕はそう切り出し、今回の遠征隊の実質的な指揮官である行政府副長官ダリル=ボルシュに話を引き継がせた。
ボルシュは僕に一礼すると、集まった幹部たちを前に、少し緊張した面持ちで口火を切った。
「まず、我々遠征隊の最大の目的は、『現地情勢の正確な情報収集』と、『現地における協力者の確保』の二点です。
そして、行動の基本原則は『信頼構築』と『人命重視』の二点となります。
これらの点について、何か意見が有ればこの場で表明してください」
すると、商務局から派遣されている同局副局長のテオ=トムレイエンが早速反応した。
「ボルシュ殿、まずはパルティナ王国の地理や政情について、現時点で分かっていることを教えて頂きたい」
ボルシュは軽く頷くと、外務局から派遣されている同局次官のレオン=ベルナルトに、現在把握している範囲の情報を説明させた。
パルティナ王国は大森林から西に広がる、広大な領土を持つ多民族国家だ。
国土は東西で気候風土が大きく異なり、東側の半分は山勝ちで、比較的荒涼とした高原が連なり、西側の半分は平野が広がり温暖で人口が集中している。
王都はイスファハーン。王は初代よりアルジャークを名乗り、現在はアルジャーク8世の治世となっている。
先の魔王大戦の折りには、我がフラヴィア王国とは東西に別れて戦っていたため交流は無く、政情等の正確な情報は不明。
公用語はフラヴィア王国と同じ、大陸公用語を使用。
「…という訳で、正直に言えば、詳しいことは何も分からないというのに等しいでしょう」
そう、ベルナルトは話を締めくくった。
「治安については、何か情報は無いのか?」
僕の親衛隊である特務部部長ザルツァが司会役のボルシュに尋ねる。
フィリーやザルツァは行政府会議の参加資格を持つ、いわば閣僚級の主要幹部だ。本来、行政府副長官のボルシュより上級職であったが、この遠征隊の中では警備担当者として一時的にボルシュの指揮下にあるという、変則的な立場にあった。
ボルシュは、
「国土の西側の詳細は分かりませんが、これから私達が向かう東側の高原地帯の治安は、余り良くない様です。
と言うのは、高原地帯をテリトリーとする、遊牧民グルディ族がパルティナ王国の覇権を認めず、独立を求めて現地の太守と常に小競り合いを起こしているらしいのです」
ふむ、とザルツァは頷くと、
「仮に、そのグルディ族や現地の太守と争いになることが有れば、遠征隊の安全確保のために、或いはこちらから攻勢に出ることも考えられる。
その折りには、断固とした軍事行動が必要になることは予め御理解頂きたい」
ボルシュは当然とばかりに首肯しながら、
「軍事の件は全てザルツァ殿にお任せ致します」
と即答する。
その後も、幾つかの懸念事項について話が出たが、実際に現地に入らなければ分からないことも多い。基本事項を一通り確認したあと、間もなく会議は解散となった。
今回のパルティナ遠征がどの様な結末になるのか想像もつかないが、仮に魔鉱石の販路が確立できれば、我が侯国が大きく飛躍するチャンスとなることは間違いない。
僕は逸る心を押さえつつ、早めに寝床につき、明日に備えることにした。




