第五話 勇者の仲間達
大公との会談の翌日の朝、僕は勇者パーティの仲間三人へ、王都の一角にある自分の屋敷に集まるように使いを出した。
昨夜のベルクブルク大公との話し合いで自分の身の振り方を決めた以上は、一緒に魔王と戦った仲間達には、その事を一番最初に知らせておきたいと思ったからだ。
でも、彼らも色々用事が有るらしく、結局三人が集まれるのは夕食時になってしまった。
折角なので、彼らと一緒に食事をしたあとで報告することにした。
我が家ご自慢の料理人、ユイさんの芸術的な料理を皆が十二分に堪能したあと、お手伝いさんが食後の紅茶を配り終えて部屋を出ていったのを見計らって、僕は口火を切った。
「さて、みんなに集まってもらったのは、僕の今後の身の振り方を報告したいと思ったからだ」
僕がそう告げると、早速僕の右手に座る金髪の美女、大神官のルナが反応した。
「相談じゃなくて報告、と言うことは、ユーキは既にどうしたいか決めたってことね?」
ルナの発言に、僕は頷く。
「なるほど、それでは、ユーキの話を聞こうか?」
僕の正面から、大魔導師のエリウルが話を促してくる。彼は大柄な壮年の魔術師で、体格だけなら騎士かと見紛う様な厚い筋肉で覆われていた。
今回の魔王討伐の功績により、宮廷魔術団の団長に就いている。
僕は見慣れた仲間達の顔を見回しながら、
「皆も知っての通り、僕はローデンシウス侯爵の爵位は受けたけど、領地に関しては辞退した。
正直に言って、爵位だけならまだしも、領地なんかに縛られるのは勘弁して欲しいと思っていたからね」
僕の言葉に、皆が一様に頷く。
「でも、多分、僕という存在は、全てのことから自由な立場になる、なんて事は出来ないんじゃないかと思い始めたんだ。
だったら、例えば縁もゆかりもない他国に仕えるよりも、こうして仲間達の居るフラヴィア王国の庇護下に入るのが一番自然じゃないかと思ってる」
そこまで言うと、これまで黙っていたもう一人の仲間、白金髪をもつエルフのフィリオーネが口を開いた。
「別にユーキがそれで良いなら異存は無いけど。
ただ、ユーキが本当に望めば、何処の国にも属さずに自由に生きることくらいは出来ると思うんだけどな……」
僕は彼女を見つめながら、
「それについては僕も色々考えたよ。
こう言っては何だけど、当面は僕に対する感謝も有るだろうし、この国も僕の好きなように放っておいてくれるかも知れない。
でもね、それも長くは続かないと思う。
もしこの国にとって僕が本当に邪魔になったら、もしくは邪魔になる可能性が出てきたとすれば、恐らくこの国だって僕をそのまま野放しにしてくれないと思う。
なぜなら、必要であればこの国には僕を殺せる手段が有るんだから」
フィリオーネは怪訝な顔をして、
「ユーキを倒すなんて、誰にもできっこないよ。
だってユーキは魔王を倒した、この世界で最強の勇者なんだよ?
私達が束になって掛かったって無理だしさ。」
僕はフィリオーネに頷きながら、
「そうだね、確かに今この世界にいる人達だけなら、僕を倒すことは無理かも知れない。
けどね、新しい勇者が召喚されればどうなる?
僕だってやがては老いる訳だし、何時かは僕も殺される時が来ると思うんだ。
それに、……僕はもう、誰かの意思で殺したり殺されたりするのはウンザリなんだよ」
僕の発言に、皆がそれぞれ過ごしてきたこれまでの戦いの日々に思いを巡らす。
せっかく魔王が死んで平和になったんだ。殺伐とした争いはもう勘弁して欲しい。
仲間の皆だって、多かれ少なかれ同じような気持ちだろうと思う。
「それなら、ユーキはこれからルクセニアの領主になるってこと?」
今まで僕はそこまで具体的にみんなに話したことは無かったが、僕の領地としてルクセニアが候補になっていることを、大神官のルナは知っていた様だ。
内務卿から内々に打診された話を、良くも知っていたものだ。
流石、恐らくは彼女の所属する教団の情報網なんだろうけど、その情報収集力に素直に驚いた。
「いや、確かにルクセニアを領地に、という申し出が有ったけどね。
でも僕は、ルクセニアではなくて、クレーヴィア地方を貰おうと思っているんだ」
その瞬間、全員が『えっ!?』という表情を浮かべる。
まぁ、誰が聞いたって同じような反応になるだろう。簡単に言えば、この国で最も豊かな土地を貰えるのに、わざわざ最も貧しい土地が欲しい、と言っている訳だから。
「ユーキの事だから当然何か考えが有るんだろうが、正直何を考えているのか俺にはサッパリ分からない」
と、エリウルが唸る。
そこで僕は、大公にも言わなかった僕の考えを、皆に詳しく聞いてもらうことにした。
まずは、豊かなルクセニアを拝領した場合のメリットとデメリット。
メリットは言うまでもなく、ルクセニアは豊かな地方で実入りも多く、治安も安定しており統治に全く手が掛からない。王国としても、王家と僕の親密さをアピールするにはもってこいの話だ。
だが、デメリットとしては治安が良すぎて領地に赴任する必要がなく、結局僕はこの先も王都に縛り付けられて、役目を終えた番犬の様に、ただひたすら飼い殺しとなる可能性がある。
それに、ルクセニアは豊かな上に王都にも近く、僕とルクセニアの結びつきは、結局は王族や貴族達から常に警戒される標的となるだろう。
実は、僕の最大の懸念はそこだった。
貴族達ほど疑り深く、用心深い種族はいない。
僕自身の圧倒的な力と豊かな領地を以て穀倉地帯を征することが出来れば、この国を乗っ取ることなど簡単なことだと気付く人間は必ず出てくる。
結局は、ルクセニアを領した僕は、遅かれ早かれこの国の王族か貴族に命を狙われることとなるだろう。
その点、クレーヴィア地方は全くの逆だ。
治安が悪く、土地も痩せて実入りも少ない。更に言えば、国土の最南端の辺境の地であり、幾ら僕が野心を抱いたとしても容易にこの国を覆すことなど出来ないと誰もが思ってくれる。
唯一の難点が有るとすれば、僕が現王家との軋轢により辺境の地へ追放されたと他国に思われることだ。
その時には、厚待遇を餌に僕を取り込もうと国際的な有形無形の活動が活発化する恐れがある。
それは、昨夜にベルクブルク大公も懸念していた点だ。
しかしながら、僕が王家に願い出てクレーヴィア地方を拝領したとすれば話は変わる。
しかも、加えて周辺の『切り取り勝手』を王家が許したとなれば、ある意味王家から僕への最大限の信頼の表れにもなる。
一方で、その『周辺』と言えば、火竜の巣食う臥龍山脈や海賊の根拠地であるキリルキア地方、はたまたリザードマンの跋扈する沼沢地などで、簡単に言えば、誰の迷惑にもならない利用価値も低い土地ばかりだった。
そんな所を領地として幾ら広げようとも、王国を脅かす存在になることは難しいだろう。
大事なことは、本来自己防衛本能や猜疑心の強い王族や貴族達に、僕に対する警戒や恐れを抱かせないことだ。
それが、僕がルクセニアではなくクレーヴィアを望んだ理由だった。
僕の長い話を聞き終えると、みんなの反応はだいたいにおいて好意的だった。
「そこまで考えてのことなら、私に何も言うことは無いわ」とルナ。
「そうだな、俺も納得した」とエリウル。
だが、フィリオーネの反応は予想外だった。
「ユーキがクレーヴィアに行くなら、私も一緒にクレーヴィアに行く。」
その発言に、すかさず反応したのは何故かルナだった。
「フィリー、それズルいよ!」
え?……ズルいって何?と、一瞬ついていけない僕。
エリウルは、『やれやれ』といった体で我関せずと紅茶を楽しみ始める。
「別にズルくなんか無いよ?私は今更どっかに帰るつもりも無いし。
ユーキがクレーヴィアに行くなら今まで通り私も付いていく。
ユーキだって、私がいた方が色々都合が良いでしょ?」
確かに、彼女は強力な風の魔法が使える魔術師だし、また優秀なレンジャーでもある。彼女が居てくれれば、何かと心強いことは間違いない。
「もちろん、フィリーが一緒に来てくれるなら僕だって有り難いよ」
そう答えると、フィリオーネは嬉しそうに微笑む。が、何故かルナは真っ赤な顔をしてソッポを向いてしまった。
その後は、極端に口数が少なくなったルナの態度もあって、これ以上話が盛り上がることもなく解散となった。
正直に言って僕はルナの気持ちを測りかねたが、取りあえずは、明日になって機嫌が治ることを祈るしか出来なかった。
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