第五十話 岩山城の戦い
石像兵に備えて周囲を充分に警戒しながら、僕等は岩山に刻まれた一本道を登りきり、漸くペトラ=トーマンの居城の入り口まで辿り着いた。
ここからは恐らくヴァンパイアが出てくるだろうし、城内にはどの様な仕掛け(トラップ)が有るかも分からない。
自分達の装備を整えたうえで、レンジャーであるフィリーを先頭に、聖属性の祝福を受けた武器を手にして巨大な門をくぐった。
正直に言って、城といっても洞窟に毛が生えた程度の内装で、装飾はおろかまともな家具さえも見当たらなかった。
ペトラとは、そういうことに全く無頓着な男なのだろう。
正門を進んで大広間に入ると、日中にも関わらず薄暗い広間の奥の方には、真っ赤に光る無数の瞳が此方をじっと見つめている様だった。
━━━『暗視眼』。
夜目の効かない僕は魔法を唱えて暗闇を見透かすと、数十人のヴァンパイアの群れが見え始め、更にその中心には石像兵よりも大きなヴァンパイアの姿を確認する。
恐らく奴が、ペトラ=トーマンだろう。
「何しに、来た?わざわざ、俺に、殺されるに、来たか?」
ペトラが、口を開いた。
そのパンノア大陸共通語があまりに片言だったので、僕には今一つピンと来なかったが、どうやらそれは、僕ら一行への嘲笑だったようだ。
というのは、その発言を聞いた周りのヴァンパイア達が、ペトラと共に一斉に笑い始めたからだ。
何とも分かり辛い奴等だ。
「魔族より遥かに劣る下賎な血吸い蟲風情が、猿真似で我等同様の言葉を使うとは笑止千万!
蟲ケラなら蟲ケラらしく、黙って我等に捻り潰されるが良いぞ!」
ソフィアがお手本の様な挑発を掛けると、彼等はいとも簡単にその挑発に乗ってきた。
口々に怒りの咆哮を上げ、広間全体が怒声に埋め尽くされる。
そしてペトラの号令で、秩序もなくヴァンパイアの群れがこちらへ向かって一斉に走り寄って来た。
狂気を宿した赤い瞳で、一目散に向かって来る様は、何度見ても薄気味悪い光景だった。
「前衛!迎撃だ!」
僕、ソフィア、ラミィはそれぞれの武器を構えて前に出る。
本日の第二ラウンドが幕を開ける。
ヴァンパイアと言っても、所詮は吸血を好む元人間が、人並み以上の俊敏さや力を得たに過ぎない。
その再生能力だけは厄介だったが、それも聖属性の武器さえあれば封じる事ができる。
即ち、彼等を打ち倒すことは、僕らにとって其ほど難しい話ではなかった。
彼等は、数の力で蹂躙しようと、僕ら一人一人を包み込み引きずり倒そうと腕を伸ばして掴み掛かってくる。
それに対して、僕は容赦なく無数の『土の槍』を打ち込み、串刺しにして身動きを止めてから、槍ごと両断していった。
一方ソフィアは、魔族としての隔絶した身体能力を活かして、ヴァンパイアを圧倒する速さで駆け回り、両手持ちの太刀『鬼斬丸』で次々と腕やら足やら首やらを撥ね飛ばしていく。
ラミィの方は、長槍『光神の槍』を風車の様に回しながら彼等の動きを牽制し、華麗な舞いで確実に首を刈っていった。
結果、30体以上はいたヴァンパイアの群れが全滅するのに、それほどの刻は掛からなかった。
まさかペトラも、あれだけ石像兵を倒し捲った僕らを、手下のヴァンパイア達だけで倒せるとは思っていないだろうが。
「まったく、役に立たない、クズ共、め。
だが、代わり、ここあるぞ。」
ペトラの巨体の脇から、ほっそりとした銀色のゴーレムが現れた。
恐らく魔金属兵だとは思うが、先程の奴と違って腕は二本だったし、その胸は豊かな乳房の形に膨らんでいた。
何と言うか、妙な色気を感じてしまうゴーレムだった。
コツンッ、と僕の後頭部に小石が当たる。
振り返ると、フィリーがジッと睨んでいた。
━━━……。
僕は気を取り直して、あらためて剣を構える。
ソフィアもラミィも、その刃先をピタリと相手に向けて油断が無い。
「行けっ!」
短いペトラの掛け声と共に、銀色の弾丸となって魔金属女兵が突っ込んできた。
居合い抜きの抜刀術のような斬撃が、眼にも止まらぬ速さで飛んでくる。
その、重くて速い太刀先を辛うじて弾き返すと、すぐに二の太刀、三の太刀が飛んできた。
その重さといい、速さといい、今までの敵とは比較にならない強さだった。
「援護する!」
と、ソフィアが大太刀で鋭い斬撃を脇から入れるが、奴は一瞬にして後ろに飛び退ると、次の瞬間にはソフィアの手元に潜り込んで小手先を斬り落とそうと狙ってくる。
その剣術はまるで、僕のそれの様だった。
僕は思い切り腕を伸ばして、何とか奴の斬撃を弾き返した。
それからは、ラミィも参加して1対3の展開となるが、恐ろしいことに奴は僕らの太刀筋を読み切り、むしろ押し返して来た。
「ユーキ!ペトラが!!」
フィリーの警告で、僕はギリギリでペトラの存在に気付き、その棍棒の横薙ぎを紙一重の差で躱した。
「イーシリオン殿!ゴーレムを!」
僕は後詰めのイーシリオンにソフィアとラミィの加勢を頼むと、長大な棍棒を構える小山の様な体格のペトラ=トーマンと対峙した。
多分、体高は4mに達しているだろうか。
平均5mを越える巨人族のなかでは小柄な部類だろうが、正面から向き合うと、やはり壁の如く大きい。
おまけに、物理攻撃が如何にも効きそうにない、硬い岩盤の様な肌をしていた。
「おまえ、勇者か?」
相変わらず抑揚の無い片言だ。
「そうだ、と言ったら?」
突然、ペトラが大きく顔を歪めて、
「おまえ、喰って、俺、もっと強い、なる。」
あぁ、どうやら、顔を歪めた訳ではなく、奴は笑った様だった。
そして、頭上高く棍棒を振りかざして、再び襲ってきた。
ペトラの動きは、合理と非合理がごちゃ混ぜになった、継ぎ接ぎの様なぎこちないものだった。
もちろん、元々の身体能力が高いので、その速さや力は恐るべき破壊力を持っていたが、単調な攻撃が続いたと思ったら、急に滑らかな連続攻撃を仕掛けて来たりする。
或る意味、とても戦い辛い相手だった。
「フィリー、奴の眼を狙えるか?」
小山の大きさのペトラなら、僕が前衛として戦いながらも、後衛のフィリーから奴の頭を狙うことは出来るはずだ。
「分かった!行くよっ!」
フィリーは『火神の弓』を引き絞り、炎を帯びた魔法の矢を射掛けてくれる。
何本かの矢は躱されたが、単調な振り下ろしが二回続いたその隙に、フィリーの矢がペトラの左目に突き刺さった。
グワォォオオオ!!!
ペトラは、まるで巨龍のような叫び声を上げて上体を仰け反らせた。
その絶好のチャンスを逃さず、僕はガラ空きになった奴の足元に飛び込んで、左足のアキレス腱を断ち切った。
それは、巨人族と戦う際の定石だった。
グラリとペトラの身体が傾き、完全にバランスを失って仰向けに倒れる。
僕の目の前に無防備な右足の裏がさらけ出され、僕は魔力を込めた刀身で、爪先を含む足裏の前半分を斬り飛ばした。
これで彼は、立ち上がって棍棒を振り回すことは出来なくなった。
だが、或いは四つん這いからの攻撃や、棍棒の投擲などの手段は残されている訳で、無力化とまでは至っていない。
事実、ペトラは膝立ちになろうと、足を畳んで上半身を起こし始めた。
奴が起き上がろうとして地面につけた左腕を、僕は躊躇いもなく肘関節から切断した。
派手な音を立てて、今度はうつ伏せに倒れ込んだペトラ。奴は、残った右目に恨みを込めて、僕を睨み付けてくる。
だが、残念ながら僕は敵からそんな眼で見られることに、とっくの昔に慣れていた。
僕は思いっきり振りかぶった切っ先で、奴の首筋を後ろから顎先まで斬り下げた。
ペトラの巨大な頭部が、ゴロリと身体から切り離される。
それが、『吸血鬼の貴族』ペトラ=トーマンの最後だった……。
次回掲載は、3/23 0時を予定しております。
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