第四話 勇者の次は地方領主へ
僕はあらためて自分の言葉に力を込めながら、
「大公殿下もご承知の通り、クレーヴィアは丘陵や森林が多い上に、数少ない平野部も土そのものが地味に貧しく、麦作等の農耕には適しておりません。
また、南部の海岸線の手前には広大な沼沢地が広がり、海に出て他国と交易することも叶いません。
そうした農業も商業も栄えぬ不毛の地ゆえ、正業で生きられぬ人々の多くは山賊や海賊稼業に手を染め、治安は最悪な状態と聞き及んでおります。
貴族の方々への恩賞にもならない僻地のために、失礼ながら王家の直轄領として持て余している土地とお見受け致しました」
少し言い過ぎかも知れないが、概ね事実であることは間違いない。
目の前の大公も、軽く頷いて僕の話を否定することは無かった。
僕は話を続ける。
「しかしながら、私はクレーヴィアに大きな将来性を感じております。
今は貧しき土地なれど、やり方次第では発展の余地が有るのではないか、と」
今はまだ不毛の地かも知れない。
でも、何者も手を付けていないからこそ、1から、僕なりの理想郷を作るのにこれほど適した土地はないだろう。
「大公殿下、私に、クレーヴィア地方の治安回復をお命じ下さい。
そしてまた、そこから先の地については『切り取り勝手』をお許し下さい。
さすれば必ずや、国王の御為に彼の地を安んじ、もって王国の繁栄に微力を捧げたいと存じます」
大公は、直ぐには返答しなかった。
だが、僕なりに推測すれば、王家や貴族達に取って悪い話では無いばかりか、願ってもない話だと考えている。
まず、爵位と拝領により、僕を正式にフラヴィア王国の貴族階級に取り込むことが出来る。それは元々、国王側が強く望んでいた事だ。
加えて、王国のどん詰まりで発展の余地のない辺境の地が欲しいならば、王家としてみれば非常に安上がりなお願いだ。
そして、仮に僕がクレーヴィアの開発に成功すれば、国力にとってプラス。しくじれば、王家の介入を招き、僕に対する更なる締め付けがやり易くなる、とも考えられる。
他の貴族達に取っても、何かと目障りな新参者の僕が、王都周辺から居なくなることは歓迎すべき事だろう。
おまけに、広さだけは有っても旨味の無い不毛な領地に僕を閉じ込めてしまえれば、如何に嫉妬深く猜疑心の塊の様な彼らでさえ、当面は枕を高くして眠れるというものだ。
一方で、僕にとってみれば、事あるごとに違和感を感じ続けてきたこの世界で、僕なりの秩序に基づく侯国を1から作るチャンスでもあった。
中央の国政から見捨てられたような辺境の地だからこそ、好き勝手が出来るというものだ。
どれ程の時間が過ぎただろうか、ゆっくりと大公が口を開く。
「最初にも言った通り、貴卿の功績に正しく報いたいというのが国王陛下と余の望みである。
もし貴卿が本当にクレーヴィアを望むなら、その様に手配しよう」
ここで、大公が僕の真意を測るように再び見詰めてきた。
僕は感謝を込めて、大公に頭を垂れる。
「この御恩、必ずや功績を持って報いる所存にございます」
大公は鷹揚にひとつ頷くと、
「で、あるならば、だ。
……さしあたって、流石にそなたを一人で送り出す訳にも行くまい。
まずは我が家臣から優秀な行政官僚を付けよう。それは、もともとこちらも考えていたことだ」
だが、と大公は続ける。
「分かっているとは思うが、このご時世で兵力はそれほど割く訳にはいかぬ。
治安の良いルクセニアならあまり必要無いだろうが、クレーヴィアとなればまた考えねばなるまい。
貴卿としては、いかほどの兵力が必要か?」
それについて僕には心当たりが有った。
「そうですね、近衛兵団の第6中隊をそのままお預け頂ければ助かります。
彼らは我々勇者パーティの護衛でしたので、気心が知れています。
それに、そこの中隊長はクレーヴィア出身です。
私の武官のトップには、土地勘のある者が是非とも欲しいと考えております」
そこまで聞き終えた大公は、珍しく笑い声を上げた。
確かにあの変わり者とその取り巻き集団なら、喜んで貴卿に従うかも知れんしな、と一人頷きながら、
「良かろう。
ローデンシウス卿、貴卿がクレーヴィアを望む事について、今言った全ての条件は余が責任を持ってその通りになるよう取り計らおう。
また、他に何か望むことが出てくれば、近い内に当家より然るべき者を送るので、その者に伝えるが良い」
そう言うと、大公は立ち上がり、片手を差し出してきた。
「貴卿の率直な気持ちを聞けて、余は嬉しく思う。誠に有意義な一時であった。
新しき領地にて、貴卿の更なる活躍を心より期待している」
僕は大公の大きくて暖かい手を握り返しながら、僕にとってもこの会談が大きな意味を持つことを実感していた。
漠然とした不安の日々は今日で終わる。
明日からは、また行動の日々が始まるのだ……。