第三十八話 外交戦
それから一ヶ月が経過して……。
ホワイトパレス、セントラルタワー地下の支配人室で、当ホテルの総支配人ティルトが、檻の中の熊のように室内をウロウロしていた。
「マリーネさん、明日にはヴィンダーグ国王陛下がいらっしゃいますが、準備のほど、大丈夫ですかね?」
最近の寝不足で、目の下に盛大な隈を作ったティルトが、紙のように白い顔色に不安そうな表情を浮かべていた。
マリーネは母性に溢れた優しい笑顔で、
「ティルト様、きっと大丈夫ですわ。こんなに毎日頑張ったんですから。」
そう言うと、
「ですから、後は私に任せて、今日はもうお休みになって下さい。」
ティルトは慌てて、
「え、いや、明日の手順をもう一度確認しなくてはならないし、料理やサービスの責任者から報告を受けないとならないし、それからえーっと、……。」
と、言葉を続けようとするティルトの目の前で、マリーネは“ぱんっ”と両手を打ち合わせ、
「ティルト様、お身体を休めるのも大切なお仕事ですよ。
明日の手順は充分頭に入ってらっしゃいますし、スタッフ達からの報告は私が受けますから。
今日はもう寝てください!」
マリーネは有無を言わせず、ティルトを支配人室から追い出して、隣の宿直室へと押し込める。
しばらくのち、案の定こっそりと支配人室に戻ろうとするティルトを、彼女は優しく叱って追い返した。
「まったく、子供みたいに夢中なんだから……。」
と、宿直室の扉を見つめる瞳は、母性とは少しだけ違う輝きを湛えていた。
同時刻、ノルドホーン開発本部庁舎の大会議室で、我が侯国の主要な幹部が顔を揃えていた。
ローデンシウス侯爵家の家令で、実質的に我が侯国の宰相たるパウル=エルリック。
魔鉱石採掘事業の警備責任者であり、武官No.2のへルマン=ザルツァ。
侯立銀行初代総裁で、その手腕から先日我が侯国の財務責任者にも任命したルイーザ=キャリオル。
ほか、僕の個人的な補佐役としてフィリオーネ=エルフィール、ソフィアとラミィのマルキオーネ姉妹。
技術官僚としてカルロとデニスも参加していた。
「さて、明日からのドワーフ王国との交渉に関して、我が侯国の方針は説明してある通りです。
他に何かあれば、この場で討議しておきたいのですが。」
僕は皆の顔を見回す。
ルイーザが手を挙げた。
「一応確認ですが、今回のドワーフ国王側の滞在費は全て我が侯国で持つ、という事で宜しいのですね?」
それに対してはエルリックが、
「今回は我々がホスト国の立場。外交儀礼上、我が侯国が負担するのが通例かと。」
僕は頷き、
「ルイーザ、その様にして下さい。費用については、毎日ティルトに算出させる予定です。
滞在費については都度彼に報告させるようにしましょう。」
エルリックとルイーザが共に頷く。
続いてザルツァが、
「警備上の確認ですが、先方の警備兵力は一個中隊100名とのこと。
ライトパレス裏庭に駐屯させますが、ホテル内部へは原則立ち入り禁止。
当方も、ホテル内では完全非武装とします。
しかし、双方5人に限り、身辺警護のための最低限の武装を許可することとしています。当方からは、フィリオーネ殿、ソフィア殿、ラミィ殿の三名がその任にあたりますが、この三名だけで宜しいのですか?」
それには僕が、
「彼女達三人だけでも、その一人一人が一個中隊を軽く凌駕する能力を持っています。
ドワーフ側の使い手がどの程度の腕かは分かりませんが、これ以上は過剰戦力と言うものでしょう。
それより、今回の警備の主眼は、先方の兵士や随行者とのいざこざが無いようくれぐれもお願い致します。
特に、ホテル従業員などが絡まれないよう、先方との接触は最小限かつ酒の提供は禁止します。」
それに対してザルツァは、
「畏まりました、先方の貴族階級より下の方の対応については、原則非武装の兵士に当たらせます。
貴族階級の方々についても、特に女性従業員が無用なトラブルに巻き込まれないように、最大限の注意を払うように致します。」
まったく、基本的人権の尊重や男女同権の思想の無い世界は面倒だ。
ただ、僕の侯国では、絶対に『僕の常識』に従ってもらうつもりだ。
エルリックが、
「最後に、皆に徹底しておきたいのは、今回の会合は『友好』を第一義としているが、安易な妥協や譲歩をするつもりは一切無い。
その点は、それぞれの立場でそのつもりでいて欲しい。」
うん、まぁ、そう言うことだ。
そこが譲れない一線と言える。
後は、相手の出方に応じて、臨機応変にいくしかない。
その後は簡単なスケジュール確認だけ行い、解散とした。
いよいよ、明日が本番だ。
翌朝、到着予定の正午より早い時刻に、それは北の空から現れた。
ドワーフ国王が座乗する、飛行戦艦『パンタグリュエル』。
全体として細長い葉巻型のシルエットに、無数のプロペラを装備した装甲飛行船だ。
おまけに多数の砲門を備え、さながら空飛ぶ要塞の趣だ。
それを見るだけで、ドワーフの技術力に驚かされるし、まさにそれこそが、彼等がわざわざこの船でここまで来た理由だと思われる。
狼煙を上げて、パンタグリュエルを一ヶ月の突貫工事で整備した駐機場に誘導し、無事係留棟に接続をさせる。
ちなみに、その誘導や係留作業はスヴェイオーグの部下のドワーフ達に一任した。
地上に降りたパンタグリュエルの偉容は、圧巻の一言だった。
やがて、タラップを伝って豪奢なマントを羽織った壮年の男が降りてくる。
彼は、出迎えに来た僕の前に真っ直ぐやって来た。
「余が、ドワーフ国王ヴィンダーグである。そなたがローデンシウス卿か?」
僕は跪きながら、
「初めてご尊顔を拝し、恭悦です。
私がフラヴィア王国侯爵ユーキ=ローデンシウスと申します。
遠路はるばるお越しいただき、我が末代までの誇りとなりましょう。」
ヴィンダーグは、
「確かに余は一国の王ではあるが、貴殿は個人としてこの世界を救った召喚勇者でもある。
出来ればこれを機に、公式の場以外ではお互い名前で呼ばせて頂けないかな?ユーキ殿。」
「畏まりました、……ヴィンダーグ様。
遠路お疲れのことと存じます。まずは逗留頂く宿にご案内させて頂ければと存じます。」
「おぉ、貴殿が自ら手掛けたと言う例の宮殿か?非常に楽しみであるな。」
「宜しければこちらで仕立てた馬車をお使い下さい。準備が整われ次第、こちらの警備責任者ザルツァが先導致しますので。」
と、僕の紹介でザルツァが頭を下げる。
「ほぅ、そなたは確か、スヴェイオーグ達が龍族に襲われた際に、身を呈して守護してくれたと聞いておる。
我が国民に代わり、厚く礼を申す。」
「婢賤の身には勿体なきお言葉。全ては我が君の命じたことでございます。」
ザルツァが穏当な返答を返した。
その後は双方の家臣について簡単な紹介を行い、午後の晩餐での再会を約した。
これから、外交戦の開幕だ。
翌日より、ホワイトパレスのセントラルタワー大会議室で、実務者協議が始められた。
僕は内装工事の最中であるレフトパレスに陣取って、交渉の行方を見守る。
当方からは家令エルリック、先方からは外務大臣トルムールが相対する。
トルムールは、一見人当たりの柔らかい物腰だが、驚異的な粘り強さが信条のようだった。
双方、必ず着地点を見付ける意思表示をしているものの、細部の詰めに於いては少しでも優位に立とうと激しい火花が散ることになった。
その後も実務者協議は数日間に渡って行われ、その過程で、主な論点が二つに絞られてきた。
一、採掘・運搬費用の設定額
一、加工技術の移転範囲について
結局、こちらとしては当初の予想通りの展開だった。
当然、両国の主張がどうしても折り合わない状況となり、最後はトップ同士の直接会談で決着を図ることとなった。
今回の滞在予定期間一週間の最終日前日、既に午前・午後と二回直接会談を行うも、加工技術移転の範囲がどうしても折り合わなかった。
全面移転の代わりに、売上高の分割割合で譲歩を提案する当方に対し、技術移転は最小限に押さえたい先方との溝がどうしても埋めきれなかったのだ。
今回での合意は諦めざるを得ないのか?
そんな雰囲気が濃厚になってくるなかで、僕は最後にもう一度、ドワーフ国王に面談の申し込みをする。
しかも、その面談は、文字通り一対一、同席者無しでの異例のものとした。
当然、僕が召喚勇者で有るため、警備上の懸念はドワーフ側の方が遥かに大きいだろう。
その懸念を押してでもヴィンダーグが出てくるならば、決着が図れる可能性が高いと思った。
果たして、ドワーフ側から面談応諾の意向がもたらされ、この日三回目の首脳会談が行われることになった……。
次回掲載は、3/11 0時を予定しております。
宜しくお願い致します。
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