第十七話 魔獣襲来
ブルージュからの救援要請を受け、僕らは緊急の会議を第一執務室にて開くことにした。
と言っても、僕、エルリック、ベーゼンハイム、ザルツァ、フィリーの5名が集まっただけだけれど。
それに加え、部屋の入口付近にブルージュから来た伝令兵が控えている。
ちなみに、土木の専門家であるデニスは畑違いなので呼んでいない。
「現状分かっている事について知りたいのですが?」
僕が口火を切ると、兵団副団長のザルツァが伝令兵に合図を出す。
伝令兵は、代官に付けたベテラン兵二人の内の一人だった。
彼は比較的落ち着いた口調で話始める。
「代官ティルト殿を含む私達一行は、一週間前にこちらを出発し、3日目の朝に郡都ブルージュに到着しました。
その日は何事もなく過ごしたのですが、翌朝早くから、ブルージュに向かって、西からの難民と思われる集団が押し寄せ始めたのです。
我々は状況を把握するために、集団のなかで主だった者を探して話を聞いたところ、正確な数は不明ですが、大量のオーク達が臥龍山脈方面から侵攻してきたらしい、と言うことが分かりました。
だが、中にはオークだけではなく、レッサードラゴンの群れを見たとの報告も有りました。
もっとも、その情報は領民ではなくドワーフ達からのモノなので、真偽の程は分かりませんが」
「ドワーフ?」と、僕は思わずそこに反応してしまった。『夜光石』のことが頭をかすめる。
「そのドワーフ達は、数は30人程でしたが、彼らは臥龍山脈に居たところをレッサードラゴンの群れに襲われたと言っていました」
僕はエルリックを見ながら、
「今までにそんなところにドワーフが住んでいるなんて情報を聞いてますか?」
「いえ、普通ドワーフはフラヴィア王国より更に北のスノアラーヤ山脈の麓に国を作って住んでいるはずです。
ごく稀に冒険者や鍛冶職人として我が王国内で見掛けることも有りますが、少なくとも集団として見掛けることは有りません、初耳です」
ここで兵団長のベーゼンハイムが、
「我が君、畏れながらドワーフのことはひとまず置いておいて、伝令兵より報告の続きをさせたいのですが?」
僕は慌てて謝り、伝令兵に話を続けてもらった。
「実は、避難民の中に、ある手紙を持った者がおりまして、代官ティルト殿が状況報告と共にその手紙を我が君に届けるように私に命令しました」
そこで、ベーゼンハイムが丸めた紙を差し出してきた。伝令兵から事前に預かっていたらしい。
別に封蝋してある訳ではないので、彼が先に目を通しているだろう。
僕もざっと目を通したあと、
「ベーゼンハイム、皆の前で読んで頂いて良いですか?」
では、と、ベーゼンハイムが読み上げる。
「『我が魔族の数々の屍を踏み台にし、地方領主として栄華を貪る大悪人ユーキ、貴様を魔王様と我が父ガルガティウスの仇として殺してやる。
お前の民を捕虜として多数預かった。還して欲しければ一人で臥龍山脈の麓まで来い。次の満月の夜に来なければ捕虜は皆殺しの上、貴様の領土を全て蹂躙してやる。』と、書いてあります」
「差出人は?」
とエルリック。
ベーゼンハイムはかぶりを振り、記述は有りませんと答える。
僕は皆に、「ガルガティウスって誰だろう?」と尋ねると、
「畏れながら、魔王ローキの副官で、四天王筆頭格の魔族かと……」
エルリックが躊躇いつつも、『何でそいつと戦ったハズの貴方が知らないんだ?』と若干訝しげな視線を飛ばしてくる。
いや、自分をかばう訳じゃ無いけど、魔王ローキ以外の魔族の名前なんて、一つも覚えていないよ。
試しにフィリーに『君は知ってるの?』的な視線を送ると、予想通り、彼女は優雅に肩を竦めながら『知ってる訳がないじゃない?』的なジェスチャーを返して来た。
そういう細かいことが得意なルナを除き、勇者パーティーでいちいち敵の名前を覚えているメンバーなど居なかったはずだ。
僕だって、名前を持った相手を斬るよりも、ただ敵として認識した『相手』を斬るだけの方が何倍も気が楽だ。だから魔王でさえ、魔族の王『ローキ』としてではなく名無しの『魔王』として戦ったのだから。
あくまで僕の心の中だけの話だけど。
いずれにせよ、今回の騒動の動機や首謀者もハッキリした。
要は、これは単なる『敵討ち』であり、相手の要求が『満月の夜に僕一人が臥龍山脈の麓に来ること』である以上、その要求に従うだけだ。
こんな私怨に巻き込まれてしまった西ブランデン郡の領民こそ可哀想だったが、それも僕が一人で出向けば解決する話だ。
なぜならば……。
「あの、……え?
まさか、本当にお一人で行かれる積もりでは無いですよね?」
信じられない、といった体で、ザルツァが確認してくる。
僕としても彼の気持ちが分からなくも無いけど、敢えて言えば、それは愚問だ。
なぜなら、
「もちろん、僕は一人で行く積もりです」
「待ってください、我が君の強さは、これ迄の実績でも、先日の山賊との戦いでも、充分過ぎるほど理解している積もりです。
しかし、今回は規模も不明な魔物の群れに加えて、仇討ちに燃える魔族が相手なんです。しかも、こちらが約束を守ったとしても、相手が約束を守るなんて保証は何処にも有りません!
お一人で出掛けるなど、断じて反対です!」
とザルツァが色を為す。まぁ当然のことだと思うけど、それに対して僕は、
「相手が魔族なら、必ず約束は守ります。それは『絶対に、必ず』です。
彼らは、僕ら人間と比べると異常なまでに誇り高い種族です。ですから、彼等の言葉は、単なる言葉ではなく彼ら自身をも縛る『契約』なのです。
僕が満月の夜に指定された場所に行き、襲い掛かってくる全ての敵を滅ぼせば、領民に一切の被害が出ることなくこの件が落着するはずです。
その事は、僕自身が保証しても良いくらい必ずそうなるはずです。
そしてそれが、唯一の解決法です」
僕の発言に、傍らのフィリーが深く頷いている。
この10年に渡る魔族との戦いの中で、僕が魔族に嘘をつかれたことは一度たりとて無い。
こと、発言に対する信用だけで言えば、皮肉なことに魔族程信用出来る相手は居ないのだ。
「こんな『私事』に皆を巻き込んでしまって済みません。僕は、僕自身への火の粉を振り払うために一人で出掛けます。
万が一に僕が死ぬことが有れば、国王陛下にご報告の上、今後についての指示に従ってください」
「そ、そんな無責任な!」
ひとり色をなすザルツァだったが、エルリックもベーゼンハイムも事態の成り行きを静観しているのみで敢えて口を挟もうとはしてこなかった。
魔族の特性と僕の性格を鑑み、これ以上口を出しても無駄だと思っているのかも知れない。
僕が皆の顔を見渡すと、フィリー以外は一様に渋い顔をしていた。
でも裏を返せば、僕の発言が事実上この会議での決定事項となった。
「ところで、次の満月まであと何日ありますか?」
「丁度今から4日後です」
エルリックが答える。
「それでは、今から騎馬で出発して、臥龍山脈に向かうこととします」
そこでフィリーが、
「麓の手前まで私が送るわ。魔族だって、道中の連れまで拒否して無いんだから」
そこからの話し合いは、僕の留守中の対応についてになった。
旅程は往復で一週間と少し。取り敢えず僕を抜いて起工式を行って、街道整備に着工することとなった。エルリックは領主不在の起工式の開催を渋ったが、資材と人が揃っているのに、無駄に遊ばせておく積極的な理由が無かったからだ。
その他細々とした打ち合わせのあと、僕とフィリーはブルージュへと旅立つことになった。
「仇討ちかぁ、……一体私達は、魔族だけでも何人の仇なんだろぅ?ね?」
牧歌的な風景のなかで馬に揺られながら、フィリーが呟く。
ブルージュへの道すがら、彼女と二人きりの道中だ。僕もつい本音を洩らす。
「知らないよ、考えたくもない。
魔王を英雄視する魔族から見れば、僕なんて史上最悪の『超』のつく極悪人だよね、ホント。
でもさ、ハッキリ言って、僕もいい迷惑なんだよね!
勝手にこの世界に連れてこられ、勝手に魔族を殺すよう強制されて、挙げ句の果てに『仇討ち』の相手になっちゃうんだからさ。
僕が一番の被害者だよね?」
すると、フィリーがクスクス笑う。
「やっぱ、ユーキもそれなりに不満が有ったんだ?
いつも聞き分けのいい良い子ちゃんに見えるから、そうなだけじゃ無くて安心したよ」
「なにそれ?……どういう意味?」
「何て言うかさ、ユーキって聞き分け良すぎなんだよね?昔から。
普通、良く分かんない人達から『あいつ等を殺せぇ!!』とかいきなり言われて、『ハイ分かりました』なんてなるかね?
しかも、その指図する奴等は、言ってみれば自分の生まれ故郷から無理やり自分を誘拐してきた犯人だもんね。
私なら、そいつ等から先に殺っちゃうと思うけど?」
何だか何時にも増して過激な発言のフィリーだけど、まぁ、彼女の言わんとすることも分かる。
僕だって、今となれば色々思うことも有るんだよね、確かに。
幾ら前世で死んだ(?)身とはいえ、勝手に召喚される覚えはないし。
「僕も、魔王を倒して、初めてふと我に返ったってことも有るんだ。
だからこそ、何度も言って悪いけど、今は極力誰も無駄に殺したくないって本気で思ってるんだよ」
彼女は肯定も否定もせず、暫く沈黙が流れる。
そこでふと気がついたけど、なぜ彼女が魔王討伐のパーティーに参加したか、知らない自分がいた。
いや、彼女だけじゃなく、ルナやエリウルについても、なぜ魔王討伐に参加したか知らないことに気がついた。
みんな、どんな思いで魔族と戦ってたんだろう?
「ねぇ、フィリーは何で魔王と戦う道を選んだの?」
フィリーは少し考えながら、
「私?うーん、そうねぇ……。
忘れちゃった」
にこっと笑うのみの彼女は、僕の問に答えてはくれなかった。僕も、仲間が答えたくない質問を続けるほど悪趣味じゃない。
随分と長く一緒に過ごした仲間だけど、お互いに、意外と知らないことが多い……のかも知れない。
でも、少なくとも以前よりは遥かに平和になったんだから、これからゆっくりと分かりあっていければ良いと思う。
本当は、魔族とも新たな関係が築ければ良いんだけどね。
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