第十六話 侯都バーゼル
僕らは工事要員1000名が住むテント村を左右に見ながら、バーゼルの街門に近づいてゆく。
テントの住人達は、なぜか僕らが領主一行だと分かったらしく、街道の両脇に集まり平伏の姿勢を取る。
「何で僕らが領主一行だと分かったんだろうね?」
隣を進むフィリーに聞くと、彼女は少し呆れ顔で、
「ユーキの黒髪黒瞳のせいに決まってるでしょう?
勇者の目印、つまりクレーヴィア領主の目印なんだから」
あ、そうだった。自分以外が全て金髪や赤毛、せいぜい濃い茶色の髪色ばかりだから、たまに自分の目立つ黒髪のことを忘れてしまう。
そう言えば、同じ日本人の召喚勇者と会えた時は無性に嬉しかったなぁ。
結局、彼は魔族との戦いのなかで死んでしまったけど。
そうこうする内に街門を抜け、領主の館に到着する。
門前ではエルリック以下の文官や、衛兵役の兵士が僕の帰還を出迎えるべく整列していた。
「お帰りなさいませ、我が君」
エルリックが文句の付け所のない優雅な臣下の礼を取る。
僕は館の馬丁に馬を預けながら、
「留守中の采配、ご苦労様でした。
特に、トリアーに援軍と輜重隊を付けて送って頂いたのは本当に助かりました」
「お役に立てて光栄です。
先ずは私邸にて旅塵を落とされ、おくつろぎ下さいますよう」
エルリックに促され、僕は執務棟を素通りして、そのまま中庭を抜けて直接私邸に向かった。
ここまで同行してきた皆とは中庭で一旦別れたが、フィリーは後ろ手を組みながら当然の顔をして僕の後ろに付いてくる。
「お帰りなさいませ!」
私邸の入口では、家政婦長のマリーネさんや、その他のお手伝いさん達10名程が僕らを出迎えてくれる。
「ただいま、マリーネさん。少し人数が増えたみたいですね?」
「王都の時よりお屋敷が広いので、エルリック様とも相談して人を増やして頂きました。
ユーキ様のお許しもなく、出過ぎたことをしてすみません」
頭を下げようとするマリーネさんを慌てて止めて、
「いえ、もちろん良いんです!家の中のこと一切はマリーネさんにお任せしてるんですから!
これからも、必要と思えば好きにして頂いて構いませんからね!」
「ユーキ様はいつもお優しいですね」
と言いつつ、マリーネさんはにっこりと美しい笑顔で微笑み、
「こんな庭先でお引き留めしては申し訳有りません。
マントをお預かりしますので、早く中にお入り下さい」
マントを渡す際に軽く指先同士が触れてドキッとしてしまう。
ちなみに、マリーネさんは20代半ばの妙齢の女性で独身。まだ彼女が10代の時に、フラヴィア王国の兵士だったご主人を亡くされ、以降王都の頃から僕の家で働いてくれていた。
正直に言えば、出会った頃からずっと、僕にとって憧れの美人なお姉さんだ。
「フィリオーネ様、お帰りなさいませ」
僕に続いてマリーネさんはフィリーに挨拶する。
「うん、ただいま、マリーネさん。
お腹ペコペコだよ!」
「お湯浴みのあとで、直ぐにお食事をご用意致しますわ」
「ありがとう!」
当然ながら、マリーネさんは僕のパーティー・メンバーとは旧知の間柄で仲良しだ。
なんか、馴染みの顔ぶれに会って、久し振りに『家に帰って来た』って実感が湧いてきた……。
お風呂と着替えでサッパリしたあと、フィリーと一緒にお昼を食べた。
そのあと僕は、領主館の第二執務室に向かい、久々にエルリックと顔を突き合わせて打合せした。
先ずは彼から状況報告を受ける。
第一に、ローデンシウス侯爵領として統治するためには、領土の各地に代官と官吏を派遣し、支配権と徴税権を確立しなければならない。
代官は、ベルクブルク大公殿下が用意してくれた経済官僚で頭数は足りる。侯都周辺の直轄領を除き、全部で6つの郡に人を送る必要があるが、一週間ほど前に全ての郡に向けて出発させていた。
一つの郡には、代官1名、官吏10名、兵士22名(内新兵20)を送った。
本来だと新兵ばかりで護衛としては心許ない限りだが、各地の山賊は大半が投降して侯都に集められているため、大きな問題は起きないと判断したらしい。
また、派遣組の新兵は全て村人出身で構成し、山賊等は加えて無いとのこと。
戦力としては落ちるかも知れないが、忠誠心を選抜基準にしたらしい。万が一、地方で裏切りが起こった場合、鎮圧に手間取る可能性が有るからだ。
全く、エルリックらしい用意周到さだ。
第二に、募兵と工事要員の募集に関してだが、これは僕が既に目にしている通り充分に集まっていた。
が、問題は彼等への食料を始めとする物資調達先の確保だった。
当面は、王家直轄領だった頃からバーゼルに備蓄されてきたものと、エルリックが全土から薄く広く集めたもので困ることは無かったが、それだけで一年を予定している工期の間に必要な物資全てを賄うことは出来ない。
出来れば、経済効果を最大にするためにも全ての物資を領内で調達すべきだが、元々が豊かでは無い土地柄ゆえそれも難しい。よって、調達先として最も現実的なのは、隣の豊かなバーディナ大公国であり、そこから物資や商人を誘致して来たいところだ。
治安回復により、道中の安全は確保されたこと、および僕らが全土から物資を貨幣で購入したことで、地方の購買力が向上したこと、などを考えれば、恐らく商人を呼び込むことは可能だ。
しかしそれでは、せっかく僕らがバラ撒いた金が隣の大公国の商人の懐に入るだけで、我が侯国の手元には残らない。
そこが目下の一番の問題で、例えばこちらに特産品が有れば、大公国側への帰り際に商人達はそれを購入し、金を落としてくれる。
そしてまた、商売をするために我が侯国にやって来るはずだ。
そうなれば、この侯国は少しずつでも、間違いなく豊かになっていくはずだ。
「エルリック、何か売れそうな良い商品が無いものかなぁ?」
「申し訳ございません、我が君。物資調達のキャラバンには特産品の発掘も命じましたが、なかなか『これは』と言うものは有りませんでした」
当たり前かな?とも思う。何しろこの地に着任してから二ヶ月も経っていないのだ。そう簡単に特産品が見つかれば誰も苦労はしない。
将来的には観光資源の開発と、その先には国土のどん詰まりを打破するための策も考えてはいた。
しかし、欲しいのは『今売れる』何かだ。出来ればそれは、他国では絶対に真似できず、ここでしか買えない何かを作り出さなくてはいけない。
「役に立つかは分からないけど、こういうモノが有るんですけど」
僕は懐から黒い石を出して、
「フィリーいわく、『夜光石』と言って、暗闇だと光る石です。
フォレスタリアを北に行った、元山賊の根城の洞窟で見つけました」
エルリックは手に取って眺めながら、
「特に何の変哲もない石の様に見えますが?」
僕はその石を入れていた分厚い革袋を取り出して、
「なるべく暗い所で、その革袋に石を入れて覗いて見てください」
彼は、窓から一番離れた部屋の隅に行き、窓を背にして革袋を覗きこんだ。
「おおっ、確かに光り出しました!」
珍しく感情を見せるエルリックが新鮮だった。
「本当は、それが『夜光石』で有るかどうかも分からず仕舞いでした。
鉱石に詳しいドワーフだったら何か分かるかも知れませんが?」
エルリックは考えながら、
「この石は、どの程度の量が採れるのですか?」
「それは分かりません。ただ、広い洞窟の壁面一帯がその石で覆われていましたから、もし、その洞窟がその石の鉱脈だとすれば、結構な量が採れそうな気もします」
エルリックは少し考えながら、
「先ずはこのサンプルをドワーフ達に見せ、正体を知りたい所です。
しかし、それをどう活用して商売するかについては、色々研究してからになるでしょう。当座の商品にはなりませんね」
そうですか、と、僕は大人しく石を引っ込めた。
「やはりここは、我が君の所有する貴重な魔物の魔石や部位等を放出して頂くしか無いかと……」
「それを特産と言うかどうかは別として、確かにそれなら値段設定次第では隣国の商人たちも喜んで買うかも知れないですね。
分かりました」
とまぁ、だいたい予想通りの結論になった所で、突然、執務室の扉が激しくノックされた。
慌てた様子で駆け込んできたのは、先程まで侯都の外周で兵士の訓練を行っていた兵団長のベーゼンハイムだった。
「火急の用件につき報告を優先させて頂きます!
バーゼル西方の西ブランデン郡、郡都ブルージュより救援要請です!
現在臥龍山脈方面から魔物の群れが多数出現、多くの村落が襲撃を受けているとのことです!」
僕は、動揺を見せるエルリックの顔を見ながら、こういう時こそ落ち着くよう、自分に言い聞かせる。
まずは襲撃の規模や範囲等、状況を把握しなくちゃいけない。
僕はエルリックに対して、至急執務室に主だった者を集めるように指示した。
それにしても、多数の魔物クエストなんて、今はタイミングが悪すぎる。
せめてあと数ヶ月後なら、少しは纏まった兵力が出来ていたのに……。
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