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第十五話 フォレスタリア

虎髭団との一件から1ヶ月後、僕は小高い丘の頂上に作られた砦の城壁から、数人の幹部と共に眼下に広がる景色を眺めていた。



僕らがここに到着した時は、この地には鬱蒼とした森に覆われた丘陵と、その谷間を縫うように走る狭い街道しかなかった。

その見通しの悪い地形から、旅人はしばしば山賊の待ち伏せを受け、大きな被害を受けていた土地だった。


それが、だ。


街道の幅は、馬車2台が余裕をもってすれ違える程に拡幅され、しかも、なるべく直線となるように、立ち塞がる丘の多くは裾野を削られていた。

そして、街道のすぐ側まで達していた木立は、街道の端から歩いて100歩以内のモノは全て斬り倒され、山賊が待ち伏せ出来る余地は完全に無くなっていた。



視界確保の為に伐採された膨大な量の材木は、建築資材としてだけではなく、煉瓦を作るための燃料として利用された。

その煉瓦のおかげで、強固な外壁を持った守備隊の砦が既に出来上がり、また眼下には旅人のための安全な宿場町が建設されつつあった。


そして町の建設現場の周辺には、工事に従事する人間への食事や生活用品を商いする露店や、工事道具を扱う加治屋の集落が形成され、更には物資を補給するための荷馬車がひっきりなしに行き交っていた。


気が付くと、この地には活気に満ちた一つの町と、それを中心とする広範な経済圏が出来上がっていた。




「この短時間で、随分工事が進みましたね?」


僕は傍らに立つデニスに声をかけた。


「そうですね、我が君とフィリオーネ殿のおかげで、造成やら伐採やらが人智を越えた速度で進みましたから」


デニスが苦笑を浮かべる。


まぁ、僕もフィリーもやり始めると凝り性な方なので、 二人とも巨大魔法を惜しげもなく駆使して、気が付くとかなり地形が変わっていた。


続けてデニスは、


「それに、旧虎髭団の働きぶりも特筆に値すると思います。

効率の追求や安全性の向上に対して、常に前向きに取り組んでます。今や、極めて優秀な土木工事集団ですよ」


まるで我が子のことのように手放しで誉めちぎる。



確かに、着工当初は血の気が多く、仲間内でも些細な揉め事が多かったが、働くことで次第に集団としての連帯感や信頼感が形作られていったようだ。

また、今では『頭目』から『棟梁』に呼称が変わったガルミネの統率力により、ともすると兵士隊よりも士気も高く、仕事も速かった。


この土木工事の全てを監督する立場のデニスにしてみれば、労を惜しまない彼等を可愛がる気持ちも良くわかる。




「ところで、新兵の訓練は順調ですか?」


僕は傍らに控えていた金髪の美青年、カール=トリアーに聞く。


「この一ヶ月、軍事教練と土木工事を交互に行わせましたが、それぞれかなり様になってきました。

もう一月も猶予を頂ければ、一人前以上にはして見せます」


彼の自信に満ちた回答に、僕も満足の意を込めて頷いた。



僕の目から見ても、トリアーは指導教官としての適正が高いと思う。

弁舌爽やかで容姿端麗。加えて剣術の腕前も相当で、最初は彼を軽く見ていた一部の新兵達も、何度か剣術指導を受けるうちに、直ぐに彼に服従したようだ。

また、訓練や工事には必ず競争原理を持ち込み、互いに競わせることでやる気と工夫を巧みに引き出していた。


恐らく彼と、その手足となって働くベテラン兵10名がいれば、2~3ヶ月毎に実戦で使える兵士100名が編成出来そうだ。



トリアーは持ち場に戻ると言うので、僕はデニスとフィリーと共に城壁を降りて砦の中心部に有る指揮所に向かった。


指揮所では、ベックマンと、先日帰還したばかりの測量技術を持つ経済官僚の一人、カルロが打ち合わせていた。





僕が入室すると二人が素早く臣下の礼を取る。


「邪魔するつもりは有りません、そのまま話を続けてください」


僕が促すとカルロが話始めた。


「今回はバーゼルから東に街道をたどり、隣のバーディナ大公国まで測量を行いました。

想定通り、ここより東は起伏も緩やかで地盤も確りしており、比較的楽な道のりでした。

ただし、メルデス河の支流を幾つか越える地点では、老朽化した木造の橋ばかりで、少し危ない思いもしましたが」


すると土木工事の専門知識を持つ経済官僚のデニスが、

「その橋が掛かる地形を詳しく知りたい。可能であれば、安全のために石橋を掛けたいと思うのだが」


「貴君ならおそらくはそう言うと思い、その三ヶ所について、地質も含めて特に入念に調査してきたんだ」

と、カルロは幾つかの図面を取り出す。



彼等は専門的な会話に夢中になり始めたので、僕はベックマンに侯都バーゼルからの連絡事項を確認した。



「バーゼルのエルリック殿からは、官吏の募集人数が予定に達したこと、街道整備工事の働き手や資材が一通り揃ったこと、起工式の準備も整ったのでなるべく早く帰都して欲しいこと、等を言ってきています」


そういえば、僕がクレーヴィアの領主に着任して早々にこの街道へ来たため、侯都バーゼルには一週間も滞在していない。


「そうですね、起工式も有ることだし、一度侯都に戻らなくてはいけないでしょうね。

ついてはここについての責任者として、貴方(ベックマン)に残って頂きたいのですが?」


「畏まりました、我が君」


そこでカルロとの会話を一端中断したデニスが、

「我が君、今回の帰都には私もお連れください。起工式には是非参加したいので」


「えぇ、もちろんその積もりですが、留守中の工事の監督はどうしますか?」


「我が君に付けて頂いた兵士5名には、私が居なくても仕事が回るようにこの一ヶ月様々な事を教えております。

彼等だけで充分に留守は任せられます」


どうやら、起工式への参加に拘るデニスは、自分の不在を前提として手回し良く随分前から準備していたらしい。


「その、貴方にお預けした兵士ですが、例えば兵士としての役を解き、このまま専属の助手として長くお預けして、土木工学の専門家として育てて頂くのは可能ですか?」

僕の質問に対してデニスの表情は更に明るくなり、


「喜んでお受けいたします!

彼らの土木工事に対する情熱は、時折私の方が舌を巻くほどです。その話を聞けば、彼らも必ずや喜ぶことでしょう。

今後、ご領地を富ますためには、土木工事の専門家が一人でも多く必要になります。先ずは彼ら5人を、一人前の技術者にしてみせます」


前世における歴史の話になるが、(いにしえ)の大国ローマは、インフラストラクチャーという言葉を生み出し、インフラを造った者を戦争に勝利した将軍と同じくらい賞揚したそうだ。

そしてローマ帝国は、有名な街道や水道橋などのそれら社会資本(インフラストラクチャ)を糧として、当時の世界最強の帝国となった。


僕は別に世界最強の国家を目指している訳ではないが、民の生活を豊かにするためにも、インフラ整備の重要性は充分に認識している積もりだ。






さて、侯都バーゼルに帰還するとして、この地に残るメンバーとその役割を以下の通りに割り振る事にした。


なお、新しく建設中の宿場町に名前が無いと面倒なので、『森の町』を意味する『フォレスタリア』と名付ける。


フォレスタリア留守要員は以下の通り。


総責任者:ベックマン

警備責任者:トリアー

工事責任者:ルッツ(部下4名)

守備兵力:騎兵5、歩兵120(内訓練兵100)


ルッツは、デニスに付けた5人の元兵士の内の一人の名だ。

彼はもともと剣を振るより、何かを学ぶ方が得意だったそうだ。デニスもその才を認めて我が子のように可愛がっており、これからは土木工事の専門家としての道を着実に歩んで欲しい。

彼等の下には、元山賊『虎髭団』改め工事集団『虎髭組』約90名と、現地募集した工事要員200名を残す。


で、バーゼル帰還組は、僕、フィリー、カルロ、デニス、ザルツァ以下騎兵5、兵士10名だ。

来る時は測量しながらだったので侯都バーゼルからここまで一週間ほど掛かったが、今回は身軽な少人数の旅なので、恐らくは4日程で侯都に着くだろう。


その日の午後には、僕ら帰還組はバーゼルに向けて出発することにした。








フォレスタリアを出発してから4日目の朝、僕らは予定通りにミューゼル川の畔に立つ侯都バーゼルの城壁を望む所まで来た。

以前の記憶では、街の近くまで比較的鬱蒼とした森が迫っていたと思うんだけど……。


「何か、僕らがこの街を出てから1ヶ月ほどしか経ってないけど、随分様子が違ってませんか?」


僕はすぐ隣にいたザルツァに確認すると、

「確かに仰せの通りかと。

それにしても、随分見通しが良くなったものですなぁ」



僕らが見たのは、侯都から東側、つまり僕らが帰って来た方角のかなりの範囲の森が斬り倒され、代わりに無数のテントが建ち並んでいた。

お昼時だからか、テントの合間から炊事とおぼしき煙が数えきれないほど立ち上っていた。


また、そのテント村とは離れた所では、見たところ500名は下らない数の兵士が、土煙を上げながら散開や収束などの見事な機動訓練を行っていた。


僕の記憶が正しければ、この地にいる訓練された兵隊は、騎兵10名と兵士70名しか残っていないはずだった。

あの手練れの動きをしている兵団が、まさか今回集めた新兵だと言うのだろうか?


しばらく街道から彼らの動きを眺めていると、いつの間にかその兵の動きが止まり、騎兵が3騎、見事な騎乗でこちらに向かって走ってきた。

暫くしてやって来たのは、思った通りローデンシウス兵団団長のハインリッヒ=ベーゼンハイムだった。


「ご無沙汰です、我が君。無事のご帰還で何よりです」

彼は後ろの騎士達と共に軽やかに下馬し、臣下の礼を取った。


「出迎え有り難うございます。

……所で、あの良く訓練された兵団はどうしたのですか?」


彼は眩しそうに背後の兵を振り返りながら、

「あちらは全て、今回の募集で集めた新兵達です。まだまだヒヨッ子ですが、必ずや我が君のお役に立てるように鍛え上げて見せます」


さも事無げに答えるベーゼンハイム兵団長に更に詳しく聞くと、あの新兵達を構成している大部分は、元山賊やならず者達だそうだ。

彼らの中には兵士としての経歴を持つものが多かったため、一ヶ月という短い期間にも関わらず、ここまでの動きが可能となったとのこと。


それにしても、流石は侯国(わが国)の軍事を預かる兵団長だ。

フォレスタリアにおける副兵団長トリアーに勝るとも劣らない、素晴らしい育成手腕だ。




「練度もそうですが、良くもあれだけの人数が直ぐに集まりましたね」

ザルツァが上官であるベーゼンハイムに尋ねると、

「うむ、その事だが……」

と、この一ヶ月間のバーゼルでの出来事を語り始めた。


僕らがバーゼルを出たあと、ベーゼンハイムは治安維持のために街中のならず者達を片っ端から捕縛し、また遠征集団を編成して侯都周辺の山賊狩りをしたとのこと。


それでも、その時点で捕縛者は100名にも満たなかったらしいが、僕らが虎髭団を壊滅させ、しかも温情ある対応をした噂が広まったことで、流れが大きく変わったらしい。



召喚勇者が相手では力では絶対に勝てないこと、今投降すれば、命が助かるだけでなく雇って貰えるかも知れないこと。

そんな思惑で、バーゼル周辺だけでなく、極端な事を言えばクレーヴィア地方の大半の山賊達が投降してきたらしい。


虎髭団の処遇については、彼等のなかで故郷に帰った者たちが旅先や故郷で僕の対応を話して広がった面もあるが、それよりもエルリックが物資調達のキャラバンを各地に派遣するついでに、意図的に流布したことで侯国中に広まったようだ。


僕も一定数の兵を募集することは承知していたけど、これだけの規模と練度だとは思わなかった。

ちなみに、いま遠方で演習しているのは、投降したならず者の中でも特に兵士として役に立ちそうな者達を選りすぐったらしい。それ以外は、工事要員として雇用したとのこと。



それなら、目の前の新兵500名だけでなく、総数1000名の工事要員がほぼ一月で揃ったのも頷ける。





新兵の訓練に戻るというベーゼンハイムを見送り、僕ら一行は引き続き侯都に向かう事にした。


どうやら、治安の回復という当面の目標については無事達成出来たようだった。

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