第十四話 夜光石?
あくる日、ザルツァの指揮の下で、兵士達が山賊全員を堀から駆り立てて、先日の戦闘の舞台となった砦近くの平坦地に整列させた。
周囲は、トリアーが引き連れてきた援軍と合わせて、山賊と同数以上の完全武装の兵士たちが固める。
時刻は既に昼近くとなり、初夏の日差しが目に眩しい。
僕は、即席の演説台に登って、彼ら捕虜の全員の顔を眺めた。
程度の差は有るものの、みな一様に痩せこけ、疲れた顔をしていた。
ガルミネの言ったとおり、中には幼さの残る少年といった風貌も見える。
僕は打ち合わせた内容を頭の中で再確認してから、なるべく声を張って語り始めた。
「我が名は、ユーキ=ローデンシウス!
その名を知る者もいるとは思うが、私は『召喚勇者』である!」
召喚勇者とは、只人では絶対に辿り着くことの出来ない人類最強の兵士を意味する。
そのことは、ワルデリアに住む誰もが知ることであった。
山賊達の多くは、僕との夜戦を思いだし納得のいった様子だった。
僕は言葉を続ける。
「先日の魔王討伐の功により、畏れ多くも国王陛下よりこのクレーヴィア地方を拝領した。
我はクレーヴィアの正統なる領主として、汝ら虜囚に対し、処罰を申し付ける!」
ここで、僕は一段と声を張り、
「我が統治の基本は、『全ての民が平穏無事に暮らせる』ということだ!
ゆえに、我が領土では、『略奪行為』を為した者は即刻『死罪』とする!
即ち、ここにいる全員は、等しく死罪に価すると知れ!」
敢えて、『死罪』という所を強調する。
山賊達の反応は様々で、諦め顔の者や泣きそうな顔の者もいる。人である以上、多かれ少なかれ死の恐怖を感じているに違いない。
だが、そうした彼等の感情こそが、彼等に襲われた村人達が味わった恐怖や無念そのものなのだ。
彼等には、ここで、その思いを充分に噛み締めてもらおう。
……でも、だ。
「しかしながら、その死罪に価する犯罪に手を染めた理由を思うとき、もし仮に、それが『貧困』だとすれば、それは為政者の側にも責任の一端はある。
私は為政者であり、その事実から目をそらす積りはない。
そこで、だ。
今回は特別に、この一度だけ、死罪という処分を留保とする!」
彼等を見渡すと、少し戸惑っているようだった。
僕は幾らか間を空けたのち、
「つまりは、あくまで今回限りだが、この場にいる全員を釈放とする!
今後、故郷に帰るなり、身の振り方は自由だ。
だが、心せよ!絶対に二度目はない!
次に略奪行為を行えば、即刻処刑されることを覚悟せよ!
……それと、もし故郷に帰るあての無い者が居れば、その者には我が領土の整備のために、共に働く場所を与えよう。
もちろん、その場合衣食住と、身の安全は保証する。
全ては、諸君の選択に任せる!」
僕が壇上から降りると、代わってベックマンが台上から話始める。
「聞いての通りだ!
寛大なる我が君のご意思により、今から諸君ら全員を釈放する!
故郷への帰還を望むものは、途中の路銀を貸し出すゆえ、そこの几帳台にて氏名と故郷の場所を申し出るように。
必要な金額はこちらで算出する。
返済は、次回徴税時に利息なしで納めて貰うことになる。受け取った者から即刻立ち去るように。
なお、帰るあての無い者は、その場に残れ。
まずは、これから自分達の宿舎となる建物の建設にあたって貰う。
それでは、今から半時後でここに残るものは、我らと共に働くことを希望する者と見なす。
……以上だ」
兵士が山賊の背後に周り、次々と彼等の拘束を解いていく。
最初は自由の身になったことが信じられない様子だったが、やがて帰郷を望む者達が几帳台に列を作る。
その数はざっと20人位だろうか?
思った通り、帰るあての有る者は少数派だった。
その彼等でさえ、本当に故郷に着いた後に自分の居場所を見つけられる保証は無い。結局は、彼等の努力次第だ。
残留組の方は、というと、こちらも想定通り何となく虎髭のガルミネを中心に集まり、不安そうに身を寄せあっていた。
やがて約束の半時が経過し、その場には80人程が残っていた。
残った人々をザルツァや部下の兵士達が引率し、自分達の宿舎の建設に当たらせ始める。
元山賊達の処遇に目処がついたところで、僕は自分の天幕に帰ることにした。
「全員釈放なんて、随分寛大な領主様だね?」
僕の天幕で昼食を取りながら、フィリーが少し可笑しそうに言う。
他の幹部たちは既に食事を終え、それぞれの持ち場に散っていった。この場にいるのは、彼女と僕の二人っきりだった。
「それ、皮肉かい?確かにそう言われると、返す言葉は無いよ」
僕も苦笑しながら紅茶を啜る。
フィリーはテーブルに片肘をついて、僕を眺めて寛いでいる。
僕は、手元のティーカップに視線を落としながら、
「時々、思い出すんだよね、最後に魔王と戦った時のこと。
フィリー、覚えてる?魔王が最後に、突然殺気が無くなったこと」
「んー、そんなこと有ったっけ?」
「うん、……ホントに一瞬なんだけど、それまで奴の殺気が、急に揺らいで消えたんだ。
僕はその隙を突いて、奴を倒した」
手の平に、魔王に斬り込んだ時の感触が甦る。
「それでね、今でも思うんだ。『何であの時、魔王は急に殺気を失ったのか?』『本当は、何か僕に伝えたいことが有ったんじゃないか?』ってね。
もちろん、ただの僕の思い込みかも知れないけどさ」
フィリーは小首を傾げながら、
「それが、今回のことに何か関係してるの?」
「まぁ、ね。
僕は10年間、周囲から魔王を倒すように刷り込まれ続けてきた。
だから、あの時隙を見せた魔王を躊躇いもなく切り捨てられた。
でも、そのせいで僕は、未だにこうしてモヤモヤした気持ちを抱え続けている」
僕はティーカップを置くと、
「今の僕は、生かせる命なら、出来る限り生かしたいと思う。
そうして、人々が、殺しも殺されもせずに、安心して暮らしていける世界を作りたいとも思っている。
このクレーヴィアを、いつかは命有る者達の楽園にしたい、って、結構本気で考えているんだよね」
フィリーは頬杖をつきながら、
「ふーん、分かったような、分からないような。
ま、ユーキはこれから生きたいように生きるってことよね。
良いんじゃない?応援するよ」
フィリーの笑顔は、見慣れているはずの僕でさえ、たまにハッとするほど美しい。
僕は照れ隠しに勢い良く立ち上がると、
「さて、まずは虎髭団の根城を潰しに行きますか!」
「そうね、私も行くわ」
僕らは揃って、天幕から外に出た。
元山賊団の作業を監督しているザルツァも、引率してきた兵士の訓練を指揮しているトリアーも、とにかく忙しそうだった。
僕らはなるべく彼等の邪魔をしないように、行き先だけ告げて砦を後にした。
僕らの武勇を十二分に知っている彼らは特に心配する様子もなく、『お早いお帰りを』と型通りの挨拶を返してきただけだった。
フィリーは優秀なレンジャーなので、根城への道探しは完全に彼女にお任せする。僕はただ、彼女の後ろに付いて回っているだけだった。
今回の追跡調査は彼女にとって簡単過ぎるミッションのようで、森のなかを迷いも見せずにかなりの速度で進んで行く。
途中、丘を幾つか越えたようだが、それほど遠くないところに、彼等が根城としていた洞窟を発見した。
「多分、ここで間違いないわ」
フィリーは洞窟の入り口から中を窺う。
そして何かの呪文を呟き、その場に跪いた。
暫く時間が流れたあとで、彼女は僕を振り返り、
「風の聖霊を使って中を調べたけど、この洞窟はかなりの大きさみたいね。人の気配がしないから、入っても大丈夫そうだけど?」
「そうだね、一応なかに入ってあらためようか?」
僕らはそれぞれの持つ剣と弓に《ライト》の呪文を掛けると、洞窟への侵入を開始した。
洞窟の内部は、天然の洞窟を加工した作りになっていて、元々あった天然の本道の壁に人工的に掘ったと思われる幾つかの枝道があり、そのすぐ先に部屋状の広場が多数作られていた。
また、洞窟の中にも関わらず、壁一面がぼんやりとした光に覆われ、目が慣れればライト無しでも過ごせそうだった。
実際、僕より遥かに夜目が効くフィリーは、途中からライトを消してしまった。
「何でこんなに明るいのかな?」
壁に手を触れても、特に熱を持っている様子は無かった。
フィリーも壁に触れながら、
「もしかしたら、これ《夜光石》かもね」
「夜光石?僕は初めて見るものだけど、それって珍しいモノなの?」
「詳しくは知らないけど、古代遺跡の地下空間の灯りに使われていたみたい。
でも、この石が本当に夜光石かどうかは私には分かんないよ?
鉱石のことなら、ドワーフに聞くべきね」
「たしかにそうだね」
僕は光る石壁を眺めながら、『これって何かの商売にならないかな?』と漠然と考えていた。
領主になってこのかた、常に金儲けのことが頭から離れなくなっている。
入り口から一番奥に、今まで見た広場の中で、最も広い空間が現れた。
その奥の壁に嵌められていた扉を開けると、そこには武器類の他に、それなりの量の貨幣や宝石の類いが見つかる。
恐らく山賊達に奪われたものだろうが、今となっては本来の持ち主に返す術もない。とりあえず、『夜光石』のサンプルと一緒に外に持って出ることにした。
「まぁ、大体これで全部ね」
「そうだね、これ以上特にこれといったものも無いので、このまま入り口を封鎖してしまおう」
僕らは入口に戻り、土の魔法で開口部を完全に塞いだ。
「夜光石のことは、機会が有れば詳しく調べたいんだけどなぁ」
僕の独り言に、
「今後、ドワーフと接触することがあれば、その時聞いてみたら?」
「そうだね、そうしよう。それと、砦に帰ったら皆にも聞いてみよう」
こうして、山賊の根城の封鎖を完了し、僕らは砦に戻ることにした。
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