第十二話 戦後処理
山賊達との夜戦の翌朝、兵士達は日の出直後から炊事の支度に追われていた。
何しろ捕虜を含めると、食事の分量が一気に4倍に増えてしまっていた。準備に時間がかかるのは勿論のこと、少しでも補給の負担を軽くすべく食材を求めて周囲の森に散開していった。
多数の人間を拘束する、というのは、本当に手間がかかるものだ。
一方、僕は今回の遠征団の幹部を集め、山賊達の処遇についてあらためて全員で話し合う場をもつ。
僕用の広い天幕に、エルフのフィリー、文官長のベックマン、騎士団副長のザルツァ、測量技術に長けたカルロと土木工事の専門家であるデニスの5名が揃った。
先ずは山賊達の様子について、ザルツァから報告してもらう。
「先日の二回の戦闘で捕縛した山賊は全部で105名です。最初の戦闘で捕縛した8名は簡易的な丸木小屋に、他97名は20人毎に分けて外堀に収監しています。
骨折や矢傷に関しての治療は一通り終えてますので、概ね健康状態に問題はなく大人しくしています。
ただし、現状の形での収監には衛生面で問題が有りすぎ、その点は一刻も早い改善が必要です」
「なるほど、ありがとう。
さて、その現状を踏まえてだけど、彼らの処遇を決めたいと思います」
僕はまず自分の意見を言う事にした。
「僕としては、即刻全員処刑というのは避けたいと思ってます。
山賊と言っても元は食い詰めた村人も多く、更生の余地が有るなら無益な殺生はしたくないと思うからです」
そこで言葉を切って皆の反応を伺うも、特に何も無さそうなので話を続けた。
「とはいえ、さっきのザルツァからの報告の通り、このままの状態で収監を続けるわけにも行きません。
さて、どうするか…」
僕は文官長のベックマンに視線を向けると、彼は軽く頷き話し始める。
「皆も承知の通り、従来の慣行に従えば、山賊の類は捕らえ次第全員即刻処刑が定石です」
痩せた、鋭い目つきのベックマン。
「とはいえ、我が君の恩情を慮れば、単に処刑するのも安易に是とは出来ず。ゆえに、全員一律の死罪ではなく、罪を減じて懲役刑として強制労働につかせるのは如何かと。
そのため、何かの労働に従事させることが必要と思われます」
僕はベックマンに礼を言うと、話を引き継いだ。
「まず、全員を就労させようと思っても、街道整備も今は予備調査段階で、実際の着工は幾分先のことです。
それまで彼らに何をさせるかが、一番最初の問題となります」
そこまで話すと、土木工事の専門家デニスが発言の許可を求めてきた。
「それに関しましては、私に考えが有ります」
どうぞ、と、僕は彼に話を続けてもらう。
「私は、我々がこの街道を使って侯都バーゼルへと向かう道すがら、この街道の地形をつぶさに観察しておりました。
現在、侯都から1/3ほどの地点に来ましたが、これ以降は距離が有るものの、基本は平坦で開けた地形が続くはずです。
つまり、現在私達がいるこの丘陵地帯が、一番保安上の懸念が高い場所であり、色々手を掛けるべき所だと考えています」
そこでデニスは、昨日までの測量でカルロが作成した周辺地図を広げながら、
「街道の安全確保には、幾つか必要な施設が有ります。
一つはこの地域の警備を担当する砦です。二つ目は遠方に素早く情報伝達するための狼煙台です。三つ目は通行者が安全に夜を越せる宿泊施設です。
これらは、街道の整備拡張の前にやっておくべきことかと思われます」
ここでベックマンが口を挟む。
「つまりは、山賊達にはそうした施設の建設に従事させれば良い、ということかな?」
デニスは我が意を得たと言わんばかりに力強く頷く。
「そうです。街道整備とは別個に出来るものですし、街道の保安のためにも最優先で着工すべき工事だと思います」
まぁ、確かにそうだろう。その他、その案の実行のために具体的な部分を話し合ったが、この件はこれで結論としよう。
次に、ザルツァが口を開いた。
「なるほど、これで彼等の仕事が決まったとして、ですが。
懲役ということは即ち、その刑罰が終わるまで、彼らを常に監視下において身体的な拘束を継続する、ということだと思います。
だとすれば、そのための人員や施設、拘束具や管理手法等今の我々には不足しているものばかりであり、早急に騎士団本隊からの人的・物的支援が必要と思われます」
ザルツァは、彼らしく警備上の懸念を口にする。
その発言に対して、ベックマンが敏感に反応する。
「ザルツァ副団長の指摘は、今回の件だけではなく、今後の治安維持活動の重大な問題点をも指摘していると思います。
考えてみれば、今回の100名程度の捕虜に関しては、或いはまだ現状の騎士団の人員で対応可能な範囲かもしれません。
しかし、今後我が侯国の各地で同様な山賊退治を行った場合、捕縛した山賊達を全て監視下に置くことは事実上不可能と思われます。
その意味では、恐れながら全員の即刻処刑が最も現実的な選択肢かも知れません」
ザルツァとベックマンの話を聞いて、僕も深く考えざるを得ない。
確かに僕らは、これからクレーヴィア全土で治安維持活動を行うつもりである。その過程で捕まえた山賊全員を刑務所に入れて管理できるか、と問われれば、それは出来ないと答えざるを得ない。
やはり従来のしきたり通り、全員の即時処刑が最も現実的な選択肢なんだろうか……。
「全員殺すのは嫌で、全員捕まえとくのが難しければ、もう全員許しちゃうしかないんじゃない?」
やや重苦しい沈黙を、誰かがなんの遠慮もなく破る。
それは、改めて確認するまでもなく、無邪気な笑顔を浮かべた白金髪の美少女だった。
「そりゃそうかも知れないけど、今まで殺人や強盗を繰り返してきた山賊たちを、いきなり無罪放免にしちゃうってのもどうなんだろう?」
僕はベックマンに何とか言ってくれと話を振るが、彼は意外にもフィリーの提案を真剣に検討しているようで、
「フィリオーネ殿、確かにそれは名案かも知れません」
あ、そんな事言うから、フィリーが可愛い鼻の穴をひくひくさせて、完全に得意げになっちゃったよ?
僕の微妙な表情に気がついたベックマンは、
「我が君、発言しても宜しいでしょうか?」
もちろん構わない、と僕は答える。
「今回の彼等への処遇は、この場限りの事ではなく、これから遭遇するであろう他の山賊達への対応の基準となるものだと考えます」
ベックマンはそこで一呼吸間をとると、
「先程のザルツァ殿からのご指摘の通り、全員を収監して懲役に処するのが現実的に不可能だとすれば、フィリオーネ殿のご提案の通り、敢えて幹部も含めて、彼等全員を一端助命して赦免するというのはとても現実的かつ効果的な対応かと思われます。
もちろん、再度違法行為を働けば即刻処刑という条件付きですが」
僕はベックマンに話を続けるよう促した。
「今回の事例を踏まえて、例えば他の山賊達に対して、自主的に解散すれば全員赦免する事を広く喧伝しては如何でしょうか?
それにより、今後の我々の治安維持活動が円滑になる効果が期待できます」
なるほど、言われてみれば、確かにそうかも知れない。
「更に言えば、彼らに対して帰郷か公共工事への参加かの選択肢を与え、希望者にはそれぞれ、帰郷費用や雇用手当を払い、自立するチャンスを与えるべきかと。
もちろん、万が一の際の暴動や反乱への最低限の備えは必要ですが、罪人として全員を収監し管理する事に比べれば、我が侯国の人的・財政的負担は遥かに軽いと思われます」
結局、そのベックマンの発言が、この会合での結論となった。
「ところで、フィリーは他に何か付け足すことある?」
僕は、すっかり見直した彼女の発言を促す。
フィリーは、『え?私?』って感じで自分を指差したあと、
「そうね、基本は許してあげるにしても、結局は彼等の態度次第じゃない?
どう考えても改心しない奴だって中には居るだろうし。そこんとこは、ユーキが判断すれば良いと思うな。
あっ、で、一つ気になるのは、彼等の根城があるはずなんだけど、そこはキチンと潰しておかないとね。
またヘンなのが勝手に住み着いても困るしさ」
おおっ、フィリーが更にマトモなこと言ったよ!
「フィリー、有り難う。
確かに根拠地の制圧も大事だよね。後で一緒に潰しに行ってくれるかな。
それにしても、何をするにしても、手元の兵力が少な過ぎるなぁ」
それに対してはザルツァが、
「バーゼルに使いを出し、直ぐに援軍を要請します」
と答える。
「そうして下さい。ついでに補給面での不安も有ります。大量の工具や食糧の手配もお願いします」
追加の指示を出したのち、その他細かいところを打ち合わせ終わった頃に、突然伝令の兵が、至急報告をしたいと入室を求めてきた。
何か山賊達との揉め事か、ないしはバーゼルで異変が有ったか?
とにかく、ザルツァが入室を許可すると、伝令のもたらした報告は全く予想外のものだった。
「報告します!
副団長のカール=トリアー様以下、援軍 100名が、 輜重車隊と共に到着しました」
もしこれが漫画の中の出来事なら、多分、僕ら全員の頭の上にハテナマークが浮かんでいたことだろう。
あまりにも都合の良いタイミングで、最も欲しいと思っていたものが勝手に向こうから到着してきたのだから……。
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