第九話 山賊街道
初夏の瑞々しい日差しを受けて、隊列を組んで進む兵士達の甲冑が鈍い輝きを放っている。
僕ら一行は、まずはバーゼルから東に向かう道を辿っていた。
この街道は、僕らが王都からバーゼルに来る時にも使った道で、クレーヴィア地方の交通路の中でも、最も重要なものだった。
この道の先には、フラヴィア王国南部の要衝であるバルディア大公国の公都、大都市バルダーレがあり、人々はそこで必需品を買うために、農閑期に作った織物等の様々な手芸品をこの道を使って運んでいた。
人や物、金が通る道は当然山賊にも目をつけられ安いので、普通は通行する側もそれに備え、自ら武装したり、または裕福な商人なら傭兵を雇って道中の安全を確保するものだ。
しかしながら、貧しいこの地方の人々は満足に武装することも、ましてや人を雇う余裕もない。
狼を恐れる羊の群れ同様、なるべく集団で移動して自らが襲われる確率を下げる程度のことしか出来なかった。
結果、この道は『山賊街道』という不名誉な二つ名を持つ程、山賊が横行する危険な道となっていた。
今回の治安回復の旅程を選ぶにあたって、当然ながら僕らはこの街道を最初に選んだ。
ところで、今回の巡行には他にも幾つか目的が有った。
一つは、領内の正確な地図の作成と、もう一つは街道整備に必要な人員や費用の見積りだ。
そのために、測量技術と土木工事に長けた官僚を二名選んで連れてきていた。
カルロとデニスだ。
彼らには、目端の効く兵士を数名づつ助手として配し、彼等の持つ専門知識を、実地指導でその助手役の兵士達に教えることも依頼していた。
これから街道整備をクレーヴィア地方全域で展開することも視野に入れて、土木や測量の専門知識を持つ人材は幾らでも必要となる事だろう。
バーゼル出発から一週間、俗称『山賊街道』を1/3ほど踏破したところで、フィリーが異変を感知した。
時刻は夕暮れ時に近く、全員で夜営の支度を始めたところで、彼女は「この先から風が匂ってくる」と言い始めたのだ。
「フィリー、風が匂うってどういうこと?」
僕が促すと、彼女は微かにかぶりを振りながら、
「詳しいことは分かんないけど、多分、何かが焼ける匂い。それと、うーん、良くない感じ」
今一つハッキリとはしない話だが、今までの経験上から、彼女のこうした勘はあてにしても良いものだ。
僕は今回の遠征部隊の指揮官である副団長のへルマン=ザルツァを呼んだ。
「只今参りました」
精悍な印象を与える浅黒い肌のザルツァが、胸に手を当て戦地での略式礼をする。
「この先で少し気になる気配を感じるので、偵察を行いたい。
ただ、そのまま戦闘になる可能性も有るので、ある程度の戦力を連れて行きたいんだけど?」
ザルツァは少し考え、
「分かりました、取り敢えずは私も含めた騎兵5名がお供します。騎兵だけなら、現地で兵力に不足があれば、すぐに援軍を呼ぶことも出来ましょう」
と、彼は手早く部下のなかから4騎を選び出した。
そこで、僕とザルツァ以下5騎で、フィリーの先導により夕暮れの街道を先行することとなった。
馬で駆けること暫くして、僕でさえ何かが焼ける匂いを感じ始めた。
フィリーの速度が上がり、やがて僕らの目の前に、凄惨な光景が飛び込んできた。
それは、二台の荷馬車を山賊達が襲っている現場だった。
その内一台の荷馬車は既に略奪が終わったのか火を掛けられ、残る一台も山賊らしき風体の男達により、荷台から人や荷物が引きずり出されている所だ。
周囲を見ると、既に複数の人が切り殺されている様だ。
ビュンッ!!
と空気を切り裂く音と共に、馬上からフィリーの放った矢が夕闇を切り裂き、馬車の荷台に取りついていた男の背中に突き刺さった。
そしてその音は立て続けに鳴り響き、その度に次々と襲撃者に矢が突き立っていく。
それは、無言の戦闘開始の合図でもあった。
僕は馬上攻撃が得意ではないので、馬を捨てて現場に走り込んだ。
武器を持って最も手前にいた男を剣の平で殴り飛ばして気絶させると、慌てて武器を構える男達に対して切っ先を向け、
「我が名はユーキ=ローデンシウス!召喚勇者なり!
山賊共、直ちに武器を捨てて降参しろ!」
大音声で威圧をかけた。
正直、問答無用で全て切り捨てる方がはるかに簡単だったけど、少しは無駄な血が流れなくて済むかも知れない。
すると、明らかに動揺した目の前の男数人が、素直に武器を地面に落とした。
が、馬車の物陰にいた山賊の一人は僕の名を知らなかったか、或いは必中させる自信が有ったのか。
僕に向け、至近距離から躊躇うことなく矢を放った。
一瞬、狙撃者の勝ち誇った笑いが目に入るが、僕は最小限の動きでその矢をかわして懐に飛び込み、未だ薄ら笑いを浮かべたままの彼の額から顎先までを、深く切り割った。
その射手の奥には武器を手にした男が更に二人ほど潜んでいたが、僕が血濡れた切っ先を向けると大人しく武器を捨て降参した。
ほか、何人か逃亡を図ろうとした様だが、遅れて到着したザルツァ達にあっさりと捕まえられていた。
現場到着から間もなく、山賊全員の制圧が完了した。
フィリーに周囲の警戒を任せつつ、ザルツァ達が手早く山賊達を後ろ手にして数珠繋ぎに縛りつける。
その一方で僕は、襲われていた人々を一ヶ所に集め、事情を聞くことにした。
彼らはこの辺りの村から来た一行で、他の村の売り物やら人やらを預かりながらバルダーレを目指す途中だった。
そろそろ夕刻も迫り、僕ら同様夜営の準備を始めようとしたところを突如山賊に襲われ、総勢10人のうち既に半数が殺されていた。
僕は、彼らの中でも比較的受け答えがしっかりしていた中年の男性に、もう少し詳しく話を聞くことにした。
彼の話によると、ここの辺りは特に頻繁に山賊が出没するらしい。見渡せば、小高い丘の谷間を縫うように道が曲がりくねっているので、先の見通しがほとんど利かない。
また街道近くまで木立が迫っているため、襲撃者にとっては待ち伏せしやすい地形だと言える。
僕らも王都から侯都へ向かうときにこの道を使ったが、その時襲われなかったのは、単に僕らが300名以上の完全武装の軍隊を連れていたからだろう。
本来なら他村と合わせて馬車の台数はもっと多いとの事だが、今回は薬草を中心にどうしても買付が必要なものが発生し、急遽予定外のキャラバンを組んだ、とのことだった。
この先どうするつもりか尋ねると、人的被害の大きさからこれ以上進むことは諦め、他村へ今回の出来事を報告したり預かりものを返却したりするため、もときた道を帰るとのこと。
多分、彼らの村は予定していた物資が得られずに、この先苦しい生活を強いられることになるだろう。
その貧しさの呪縛から逃れようと、彼らの中から、また新たな山賊が出るかも知れない。
まさしく負の連鎖だった。
僕は話を聞いた男に礼を言ってそれなりの見舞金を握らせると、ザルツァの所に戻った。
捕縛された山賊は地面に座らされ、皆一様に下を向き、観念した様子だった。
まぁ、一人だけ敵意の籠った眼差しで睨み付けて来る奴が居たが、よく見ると、彼の顔面の左半分が大きく腫れ上がっていた。
多分僕が、現地に着いて早々剣の平で殴り付けた相手かも知れない。
僕の姿に気付いたザルツァが近づいてきて報告してくる。
「捕まえた山賊は全部で8人です。
慣例では、この場で切り捨てることも出来ますが、如何致しますか?」
普通なら、見せしめの意味もあり、山賊や海賊は捕まえ次第その場で処刑する事が多かった。
だが、実際の彼らを目にし、その痩せ細った姿を前にすると、『そんなに簡単に殺してよいものか?』と僕のなかに迷いが生じる。
どんなに長くこの世界に暮らしていようとも、僕は現代日本で生まれ育った頃の常識や感覚を完全に忘れ去ることが出来かった。
「出来ればベックマン達とも相談して決めたいので、取り敢えず本隊に連行しましょう。
襲われた人達も今夜は僕らと一緒に宿営してもらえばいい」
「畏まりました、犠牲者の埋葬が済み次第移動します。その間、本隊から歩兵を半分連れて参りましょう」
「分かりました、そうして下さい。
……あぁ、それと、少し気になることが有るんですが」
何でしょう?と、ザルツァが改まる。
「ここら辺は、頻繁に山賊が出るそうです。地形的に襲いやすい場所だからかも知れませんが、もしかしたら、近くに山賊の根城でも有るんでしょうか?」
「それは、充分有り得るかも知れません。
捕らえた山賊を尋問にかけて根城を吐かせ、逆にこちらから強襲するのも手ですが……」
「そうですね、ただ、僕らだけならまだしも、村人の安全を最優先に考えれば、彼らを抱えたまま兵を動かしたくないですね」
「畏まりました。
まずは本体への合流と、山賊からの夜襲への備えを最優先にします」
そう言うと、ザルツァは踵を返し、部下に的確な指示を出し始めた。
その後暫くのち、追加の歩兵も到着したため、僕は周辺を見回しフィリーの姿を探した。そろそろこの場から撤収するのを伝えようと思ったからだ。
彼女は道端の地面にしゃがみこみ、何かの痕跡を調べている所だった。
既に日は落ちて辺りは暗くなっていたが、彼女の白金髪は夜目にも良く目立っていた。
「フィリー、そろそろ本隊の夜営地に戻ろうと思うんだけど?」
そう話し掛けると、フィリーは地面を見詰めて何やら調べ続けながら、
「どうも変なんだよねぇ?」と呟く。
僕はなるべくフィリーを邪魔しないように、少し離れた位置から、
「何が変なの?」
「ハッキリとはしないんだけど、木立の中の様子から判断すると、多分もっと大勢で待ち伏せしてた可能性が有るんだよねぇ……」
「やはりそうなんだ。」
「えっ?やはりってどういうこと?」
僕は、先程ザルツァと話した、近くに山賊の根城がある可能性の話をした。
するとフィリーも、状況証拠的にその可能性が高いとの見立てだった。
「けど、根城探しは後回しだ。
今は村人達の安全を考え、本隊への合流を優先しよう」
フィリーは立ち上がり、少し考え込む。
「あくまで私の勘みたいなもんなんだけど、山賊は全部でかなりの数が居そうなんだよね。
まともに戦うだけだと、もしかしたらこっちにも怪我人が出ちゃうかもね」
僕とフィリーだけなら如何なる大群に囲まれたとしても、山賊相手に遅れを取ることはないという自信があった。
しかし、兵士を含めて誰一人として怪我人も出さない為には、色々と備えは必要だろう。
「分かった。本隊合流後に、簡易的な砦を作ることとしよう。
悪いけど、フィリーには沢山働いて貰うよ?」
「うふっ、お安い御用よ♪」
ニコッと笑う彼女の笑顔は、薄暗い森のなかで場違いな程に可愛かった。
次回掲載は、2/15 0時を予定しております。
宜しくお願い致します。
※少しでも良いと思って頂けた方、是非ブックマークをお願いします!励みになりますので!
※ストーリー、文章の評価もお願いします!参考にさせて頂きます。