第716話「転・オバケと日銀副総裁」
現実世界、西暦2037年11月14日16時55分。
多想世界、亜空間歴6分05秒、暦時空艦ヘリオ・ソル内部、ゲームセンター。
出発しようと思ったがまたイレギュラーの所へ戻ってきた。
まだその場に行ってもいないのに、意識して想像するだけで嫌な震えを体が覚えて、挙動不審になる天上院姫。
こればっかりは負の方向で心が命じた事なので、誰にも止められない。落ち着かせるには薬ぐらいしか方法がない。
「解った、虚裏闇歴は〈お化け屋敷〉なんだ」
「……はあ。でも金色の王の眷属が守護する時間軸なら結局大丈夫なんじゃないの?」
統治する王が王なので、何も恐れる事はないんじゃないかと言う咲。だが姫は夢を夢のままに受け止められないでいた。
夢みたいなできごとを怖がる人はいない、だが現実だと思ってる今の姫にとっては恐怖の対象でしかなかった。
「いくら南無阿弥陀仏と唱えたって、提供されてる時間と空間がお化け屋敷の中じゃ、怖いものは怖い訳じゃん?」
「なるほど、それで心が行きたくないと……」
何なら心も魂も精神も肉体も行きたがっていない、完全解釈一致だった。
姫はもうガクガクと震えが止まらなかった。闇に屈してるというか、それとこれとは話が別だと言わんばかりの恐怖っぷりだ。
「自分の闇も怖さも知ってるわけだからさ。好き好んで行くような場所じゃない」
「なるほど、あっても良いけど観たくないものは見たくないと……住み分けって大事だもんね~……」
どうやら姫は絶叫マシンやホラーやグロ系のゲームは大の苦手らしい。
「とはいえ、亜空間歴は時間の流れが遅いとはいえ、不可逆性だから前言撤回は出来ない待ったナシの空間。なので訂正するしか方法は無いんだよなあ~……」
咲は今後の展開を姫に言う。
「これ以上は無理です、6以外出るまでもう一回ダイス振らせて下さいとなるわけですね」
とにかく、一刻も速く脱出し、このお化け屋敷に行く流れを切り替えたい姫。
イレギュラーは言う。
「訂正を許可するよ、想定外だったなら仕方ない」
もう姫の苦手なものの項目に〈自分の闇〉を入れても良いんじゃないかと思うくらいのビビリっぷりである。夢がラスボスの魔王なのに……。
てわけでダイスロール。
《姫が恐怖状態でゲーム続行不可能。ゲームマスター権限で、再度ダイスロール! ……2! 最古来歴600年、第2の街雲の王国ピュリアに訂正します!》
というわけで、訂正が通った。
「ほ、……」
たったこれだけのことだが、これで姫は安眠出来そうである……。
「んで、現実世界の方でもう一つ用事があるんだ。咲も来てくれ」
「ん……?」
咲は言われるがままに、姫と共に多想世界からログアウトした。
◇
現実世界、西暦2037年11月14日17時00分。
天上院家。
「始めまして、日本銀行副総裁の内田金蔵でございます、どうぞお見知りおきを……」
咲と姫は名刺を渡される……。
内田金蔵、西暦1962年8月22日生まれ、何の特殊能力もないただの日本人、現在75歳。日本銀行副総裁を努めている。デジタルマネーに強く、政治家とのコネもある。今回天上院家に来たのは、天上院姫が、内閣総理大臣、今泉善次郎に頼んでの〈仕事の依頼〉だった。
つまり話の流れは、神道社の社長、天上院姫が内閣総理大臣に頼んで、日本銀行副総裁を放課後クラブの新メンバーに加えたいという姫の提案だった。
何故政府側の人間なのに財務省じゃないかと言うと、政府・政治に近すぎるからである。要するに政治の思惑に振り回されない、お金の専門家に仕事を依頼したかったからである。日銀総裁、トップは日本銀行で手一杯だろうし、なら副総裁に頼もう、という流れになって総理にお願いした。
放課後クラブ17番目のメンバーーである。
「え!? 75歳の人間を放課後クラブのメンバーに!?」
まあ咲はそのギルドのリーダーなのでその反応はもっともだった。身内の中で一番の歳上なのは人間だと湘南桃花の30代である。だがこれには理由がある。
「えっと、ワケを教えてお姉ちゃん」
「まあ簡単に言うと、私達だけだとお金関係が壊滅的だという点だな」
この日銀副総裁に頼むお仕事の目的は大きく2つ。
1つ、現実世界と多想世界の銀行管理健全化の持続的な継続。
2つ、行政政府へ議論のためのまともな数字の提供。
どちらも主に現実世界での業務である。ので給料は日本政府が払う。
姫は総理と話はもうつけていた。
「とりあえず総理には、デジタルマネーに強い人をよこしてって頼んどいた」
「ふぉふぉふぉ、私で良ければ知力の限り働きますぞ、もう定年ですし」
などと内田は言うが、姫から頂いた報告書と言う名の資料に困り顔だった。
「現状、まず暦が6個あって、メインが仮想通貨、各国為替通貨もグチャグチャ、基本物々交換の世界観で、トドメに現実世界が近未来ですか、フフフ腕が鳴りますね~~……」
嬉々として挑戦者の表情で笑顔に振る舞うが、姫の懸念は他にもある。
「いや、マジで頼りにしてるぞ。世界各国の政府とのホウレンソウが壊滅的なんじゃよ」
多想世界の通貨事情も壊滅的だが、現実世界の外交問題も壊滅的だった。現在の日本政府に至っては、昔、悪魔の証明を多様してたり、存在Xとか使って何もかもうやむやにしていた歴史がある。
そんな事知らなかったGM天上院姫は今回、そこにメスを入れた。
「なので、虚偽でも真実でもどっちでも良いから、多想世界の虚数と実数をなるべく数値化して政府に報告して欲しい。それが嘘か本当かは政府が国会で議論する。内田にはただ、この世界の数字を報告して欲しい。そして何より、多想世界の銀行の設立、その〈長〉として放課後クラブに入って欲しい。たぶん、ギルド本部受付嬢の湘南桃花先生と話すことが多くなると思うからそんな感じでよろしく」
「ふぉっふぉっふぉ、解りましたよゲームマスターどの。さて、まずは何処から手を入れますかね~、やはりドル円の為替からかのう……?」
こうして、放課後クラブのメンバー17番目は日本銀行副総裁、内田金蔵になった。
名前◇天上院姫の苦手なもの
希少◇N
分類◇グロ&ホラー_虚裏闇暦_R15
解説◇お化け屋敷に行こうと心が意識するだけで挙動不審になる。心と体が強張って何も出来なくなる。本当に無理、駄目で、何も出来なくなる。怖くなって布団の中に引き籠もって精神と体力を回復させようとする。自分で作った悪戯心の悪い面も眼に入れたくない、無理。




