第70話「飛ぶうみねこも落とす遅さ」
真夏のような太陽の光が彼女たちを照らしていた。
「そういえば私たちってめんどくさいってよく言うよね」
「ん? ああ~、そうだな」
「めんどくさいの反対ってなんだっけ?」
「ん? 対義語のことか、だったら簡単、やさしい、おもしろい。だな」
「へ~」
「なんだ、それがどうした?」
「ううん、別に何となくそう思っただけ」
「なんじゃそりゃ、くだらない」
「良いじゃんさ~、別に急ぐ旅でも無いんだし~」
「それもそうじゃな~」
長い間が出来る、海風気まかせ波まかせ。ゆっくりゆっくり止まってる亀のように、遅い船は海を撫でるように進んでゆく。
豪華客船ミルヴォワール、天上院姉妹は甲板の上に居た。二人の間に緊張感や圧力は無く、不可逆的な不自由さもない。何もかも気の抜けた炭酸飲料のように適当だった。
どれくらい遅いかというと、ライトノベルを平均1日1P進めるくらいに遅かった。1巻進むのに1年かかりそうなとんでもない遅さだ。しかし数年間この船は全く変わらず動かなかったゲーム的な設定を考えると、まあまあ進んでいることになる。
ゆっくり確実に一歩ずつ、でもやっぱり遅く感じるほどには前に進んでいた。待たされる身にも成ってみたらたまったものじゃない。たまにブーストして速くなるが、それでも速読うさぎさんから観たら、ブーストしてもやっぱり遅いと思われるだろう遅さだった。
そんな眠くなる遅さを、水平線とうみねこを観ながら。何処で作ったのか解らない氷入りのオレンジジュース片手に眺めていた二人に対して。まるで、りくいぬが通るような速度でエンペラーがやってきた。
「お前ら何やってんだ?」
「「ダレてる」」
よく解らない間がまた発生し。
「前のモモカのだるさが電波したのか?」
「「そうかもしれない」」
姉妹特有の訓練してる訳でもない声で、ハモった。
自衛隊が観たら「何処で訓練したんだ?」とか言われるかもしれないハモり具合だったが、多分彼女たちは「コモってた」とか不思議な感じで言うのかもしれない。
「エンペラーも何か飲む? 取ってくるよ」
サキが滅多にない優しさで話をふってきたので、彼はカンを頼りに烏龍茶を氷なしで。と言うに止めた。
「それよりヒメ、この先の地図は無いのか?」
ヒメはエンペラーの方をちょっと動揺して観る、観るが視線を海に戻してだらりと水平線を観ながら言う。
「ない」
どう答えれば良いか悩んだ後。エンペラーとしては似つかわしくない、というか珍しい言葉を発する。うみねこを何故か可愛いと感じながら。
「まぁ、いいか」
船旅は続く、人々の想いを乗せながら。




