第659話「結・この世界は解けるように出来ている」
「えー、桃花先生の事は置いておいて~……」
「ダメだよ! 置き去りにしちゃ! 少なくとも神奈川県に入ってもらわないと目がないじゃん!」
「……随分場外乱闘に咲も慣れたな」
「ずっと考えてるので、だいたいお姉ちゃんのせいで慣れました!」
姫の放置グセを咲が静止させて思考を回転させる。
で、咲は思考を回転させた末にまた出した答えが。
「……もしかして、0と1は、専門と大学で回ってませんか? 専門のクロッキー帳と大学で描いたクロッキー帳で……」
「アッタリー! さっすがバカでもアホでもない自称賢い咲ちゃんだ!」
「ふっざけんなー! その論法で行くなら、今やってるVRゲームのサーバー名とか使用中のPCの型番覚えとかないと後で判らなくなるだろうがー! あと漫画のコマ割りが駒だし! A4コピー用紙とかB4プロ用原稿用紙とか! 証券用インクとか! 内容が関係無いやんけー!」
「ちゃんと元には戻してるじゃないか~」
「そうだけど! 初心者に優しくないよこの世界! そういうのあげ足取りって言うんですよ!」
だからサーバー本体は何処だ? とかの声が所々で聞こえてきたのか。というかサーバーの居場所より、サーバーの名前の方が重要そうだ……、今の今まで適当に名前付けてたし……。
「じゃあ、これから先の未来では解るようにちゃんとPC製造して作るから、教えて~、テヘペロ」
流石本物の創造神、やることが規格外過ぎる……。
呆れてものも言えない咲は、更に考える……。
「えぇ~……、じゃあ、最初のエレメンタルマスター・オンラインのメインサーバー名と、最新のエレメンタルワールド・オンラインのサーバー名教えて」
「それって、ソフト機やハード機じゃなくて、本社にあるメインサーバーの名前だよな?」
「たぶんそれ、エレメンタルワールドのマップを形作っている機械本体の名前」
簡単に言うと〈世界の本体の名前〉なわけだ。
「……漢字がいい? 英語がいい? 数字は入れますけども」
「ん~どっちも欲しい……」
「両方か……、というか、習字の文鎮だけでもここまで面倒な事になってるし、簡単で短い名前のほうがいいよね?」
「たぶん……」
「じゃあ始まりは、『初南01M型』で~、最新は『転手8S型』かな……」
「感じ的に?」
「気分や程度的に……」
結局、天上院姫の気分で決めました、としか言いようがない。
「じゃあ、今は『転手8S型』の中で遊んでるって認識で良いのね?」
「うん……」
「自信ないの?」
「ま~、自信はないけど、助けたい一心なのは変わりないかな……でも信念や愛を入れるのも違うと思うしなあ~……」
「まあ私達のキャラじゃないもんね」
とりあえず、無いよりはマシ、という事でこの話は決着した。
◇
西暦2010年6月14日、群馬県。オーバーリミッツはとてもとても心配していた。
「とりあえず前に進める? 歩ける? 立てる? 起きれる? 息ある? 脈ある? てか生きてる?」
「人を殺す流れに誘導するな!」
とりあえず黄泉帰った事だけは自覚できる湘南桃花。
念の為にゼーハーゼーハー息をする、生き還った刹那で終わるのだけはもうゴメンだ。人並みに生きたい……。
よくわからないが、アリスと行った運命の糸の線が途切れていないので、処置事態は上手く行ったようだ。
あとは桃花自身が薬を飲めば良いだけである。
お水とお薬をごくごくごっくん……。
「……、……ふう……。てか私、毒か病気持ちだったの……?」
湘南桃花には解らない上に、3話目でPCのペンタブレットを止められたのでさっぱり解らない。
この状況下ではまだ桃花はやるべきことを終わらせていないし……。
で、そこへ秘十席群が部屋の扉を開けて中へ入ってきた。そして扉を閉める。
「そこから先の流転の運命は俺がやろう、湘南桃花に罪はない」
『……』
全員沈黙、皆思うところがあるのだろう。
湘南桃花と秘十席群は性別が男女で違うだけの同じ存在なので、お互いに意味は解る……。
今までの記憶が運命の糸を伝って遅れて到達する湘南桃花。
「カッコツケですか? てか、その先は相当辛い運命になるはずよ……?」
「いいんだ、第一女を盾にしてやって良い運命じゃない」
「むう……」
「この部屋から逃げろ、桃花」
その言葉に、超・猛烈な拒否感を覚える女性が1人。
「……嫌だ! また逃げろっていうの!? 外にも居場所がない! 内にも居場所がない! 足も諦めたのに手も諦めろっての!? ふっざけんじゃないわよ!」
その心に、隠しきれない大粒の涙が溢れ、流れた……止まらなかった。その涙には、またしても嘘は無かった。
今なら解る、彼女は単に前に進んで立ち向かいたかっただけなのだ。
助けたかったのに救われて、良かれと思って拒否されて、大勢の人に迷惑をかけて、その上でまた逃げるのだけは嫌だった。
それは誰にも止められなかった。
「お父さんが許さない」
「そのお父さんはもういない」
「はあ!? 解ってて言ってる!? だったら尚更退けない! 逃げれないでしょ! だったら罪を一緒に背負ってでもさ!」
「桃花!」
オーバーリミッツは感情の激流を静止させき止める。
「皆、あなたを助けたいと思ってやってるんだよ?」
「……!」
もう、彼女には悔しさしか無い。
オーバーリミッツは彼女に対して、言葉だけのトドメを言う。
「罪はないけど、これがあなたにとっての罰です」
もう、彼女には泣き崩れることしか出来なかった。恋文を途中で書くなと言われて挙句の果てに逃げろと言われているのだ、屈辱でしかない。
助けたいのに助けられた、それだけ。
「……やりきれない……諦めきれない、せっかく、せっかくここまでやって来たのに……、何のために大学を出たのかさえ、わからなくなる、にげ……逃げたくない……! ……ぐす……」
その感情を、桃花が呟き、秘十席群が続きを言う。
「でもこれ以上の被害を出すわけにはいかない、あとは俺の、男の役目だ」
信条戦空とオーバーリミッツの決意は一致した。
「外へ無理矢理にでも連れ出そう」
「だね、このままじゃ無理にでも描き始める」
秘十席群が、最後の別れを告げる、独りぼっちの部屋になる前に。
「さよならだ、湘南桃花」
湘南桃花は苦悶の表情を浮かべ涙が溢れ、怒りの感情に身を委ねる。
「嫌だ……! ちょ! ヤメロ! フザ! うわ! わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!」
そうして、湘南桃花を無理やり外へ連れ出し、秘十席群だけを残してあとは全員外へ、そうして、群は、ドアを閉じて、内側からしっかりと、魔法の部屋の鍵をかけた……。
湘南桃花は幻想郷ではなく、現実世界で泣き崩れる。
「守られた、助けられた、愛された、救われた、退かされた、……逃された……」
撤退も勇気だとは言うが、彼女にそれを言うのは酷だろう……。オーバーリミッツは背中をさすさすとさする……。
「助かったんだよ、桃花……」
「ぐす……、そうだね……うん、解ってる……」
彼女はまた、泣いた、今度は救われ返されて……また泣いた――。
守りたかった、のにまた守られた。
◇
秘十席群という男は、因果が孤立された空間にただ独り、今はただ、うさぎ小屋にしか思えないその部屋こそが彼にとっての全てだった。
――独り、何の幻想も無いただの部屋の中、秘十席群に声なき声が届く。
『自信を持て、覚悟をしろ、でもそれだけじゃダメだ、正義、お前にはただ1つ、勇気が試される。お前はヒーローだ、勇敢なる者の1人となれ、過去・現在・未来のヒーロー、そこにお前も居る――』
「うん、そうだね、父さん」
そして、心の中の雨が、止んだ。
男は、決意をまた新たにして、迷わずに描き続けることを決めた。
本物の、力を持つ強者として――。そう、ただ迷わす、迷わず、迷わず。
両手を使い、黒色の線が、黒色の文字が、ただ止まらず、描き続けられる――。
その先に、あとになってから2人になり愚直さを手に入れる事を信じて――。
――信じぬけるかどうかが、男にとっての本当の試練だった。
そうして、西暦2010年6月14日から先の時間が再び動き出す。
その先に待っている過酷な運命も知らぬまま……。
ただ、ゆっくり、確実に、一歩づつ進むだけの心を胸の内に宿して。
――この世界は、解けるように出来ている。




