第653話「承・もう大丈夫リターンズ」★
「折れたっていい、ヘシ曲がってもいい、千切れ無ければ、俺達の勝ちだ!」
――そう、信条戦空は言った。光が言った。
◇
仮想世界、鈴の湯ガーデン。
スズ達使用人達は超大規模事後処理にアワアワしていた。
天上院咲は、今までの不遇も含めて、信条戦空と喧嘩していた。
可愛い喧嘩というか、もはやそんな次元を超えて、咲の不満は爆発していた。
……控えめに言って誠に遺憾だった。
「だから、月とか太陽とか風とか大地とかそんなのどうでもよくて! 大丈夫なら大丈夫ってちゃんと保証しなさいよ!」
「何でウチが決めて良い事になってるんだよ!」
「あんた以外に誰が決断するのよ!」
桜愛夜鈴はペロペロアイスキャンディーチョコレート味を堪能していた。
「終わった?」
「「終わらせるもんかー!」」
心の声をそのまま素直に代弁するように直球で言葉がハモった。共鳴意志が完全に合致していた。
「お前等が被るなや、妬ましい……」
夜鈴の心は素直に妬ましかった、両方に対して。
「もう無理! 精神的にも体力的には疲れた! 寝る!」
咲の本能的な休む欲求に、咲は横にバタンキューで倒れたが、夜鈴が猛烈にツッコミを入れる。
「寝るなぁあああああああああ!? VR世界で寝たらドリームウォークし初めて訳わかんなくなるぞおおおお!?」
本気でVR空間で夢幻の微睡みうたた寝をようとした咲を、はたき起こして静止させる夜鈴。
「……はい?」
咲はその事を、あんまり知らない。
「せめてログアウトしてから寝ろ! 現実世界で寝ろ! 絶対にVR世界で寝るな! いいか絶対だぞ! ヤバい事になるからな!?」
それはもう昔のトラウマが蘇るようで鬼気迫る感じだった、何かもう彼女は必死だ。
「……あーうん解った、ログアウトする」
素直に咲はログアウトボタンを押した。
《天上院咲はログアウトしました》
◇
現実世界、神奈川県。西暦2037年10月4日12時00分。
咲は、今回に限っては朝の午前9時00分ぐらいからログインしていた。
決闘時間はおよそ約3時間。本当なら約6時間や12時間、精神体感時間を喰らってた気がするが、何とかその時間内で収められたので善しとしよう……と思えるくらいには悠久の時を過ごしていた気がする、半ば永遠の仮想空間での生活、そんな雰囲気……に感じた。
天上院咲の黒髪は、そりゃあもう盛大に寝癖で大乱闘していた。
「ウッツ……、しまった、長く寝すぎた……」
頭痛はない、ただ寝すぎてボーとしている感覚だった。頭がクラクラする感覚だ。
もう、今が土日祝日なのか、学校はどうしたのか、とか考える余裕すらなかった。
それどころではない事象が、目の前に見えて広がっていたからだ。
それでもまずは、とりあえずわけもわからず深呼吸をする。
テクテク歩いて、ニ階のベランダに出て、本物の太陽を見上げる咲……。
「……眩しい……」
太陽の熱と光で肌を焼かれる感じがした、気がしただけだが……。
「はあ……疲れた……寝る」
咲は、VR機器の念の為に電源を完全にオフにしてから、現実の布団の上で、すやすやと休憩惰眠を貪るのだった……。
「スヤア……」
本当に長い旅の夢を見ていたように、その疲れを回復させるように、ここならもう大丈夫だと、安心して心落ち着かせ、安堵して、眠ることが出来た。
今度こそ本当に、バタンキューした。
隣りにいる天上院姫もVR世界からログアウトして、起きた。
「いやー、またやられたな咲、お前は本気の戦いは向いてないなw」
「……うるさい、今回の件に関しては本気で悔しい、エンジョイする間も無かった」
無自覚エンジョイ対戦じゃなく、自覚ありガチ対戦だった、それだけに悔しい。
頑張って勝つ事も出来た、その力は確かに咲の手の中にあった。
自分の手で勝つ事の出来るルートを作り出すことは可能だったはずだ。
真心もそれを許していたし「勝ってもいいよ」と語りかけていた。
だが、戦空の所に行くまでに、辿り着くまでに、体力も精神力も、超長期戦で疲れ果てていた。
それが現実だ、例え持続的に自然回復・再生力を使っていたとしてもだ。
単純に言うと、体力の限界点を超えていた。ただそれだけ。
思考停止せず、頭の中をフル回転させて、ようやく辿り着いたルート。
ここまで桃花先生とかの〈運命の糸〉と言うなの〈縁〉を千切れさせなかっただけでも褒めて欲しいくらいだ……。それくらいに、難解な道だった。
知ってる人から見たら、バカだアホだと言うかもしれないけれど、咲はその思考の過程全てを、無駄だとは思ってはいない。
勝負には負けたが、思考を停止させなかった事こそが、彼女にとっての完全勝利だったかもしれない。
「……だからこそ、もう大丈夫じゃ」
ゲームマスター姫が、負けはしたが咲にその言葉を口にする。
「……」
咲は返事をしないでふて寝する、無視を決め込む。
それでもGM姫は続ける。
「言葉では上手く表現出来ないが、お前の完全勝利だよ、知らんけど」
何故か自然と、そう時間の流れで口にできるほどには、姫は慈愛の微笑みを咲に向けていた。
その表情を、背を向けていて咲には見えない。
「ふふ、咲……お前の後ろには誰がいる?」
「……、姫お姉ちゃん……だけじゃない……」
「ふふ、それだけ解ってれば十分じゃ、今は休め」
「うん、もう寝るね、お休み」
「ああ、お休み……」
そうして、咲は微睡みの眠りの中へ落ちていった、いや、夢の中へ溶け込んでいった。
――今はただ、お休み、天上院咲――。




