第644話「起・具なしピザトースト」★
咲は〈新時代〉が始まった感動を覚えたが。別件のゲームとは思っていなかった場外乱闘で信条戦空にコテンパンに敗北したで中々に不機嫌だった。
解った時には負けていた、そんな感じ。エンドゲームだった。
自分のほうが賢いのに、真面目にバカに負けたので中々に不機嫌だった。
階梯を上がった後の〈素晴らしい景色〉を見たあと、一悶着あったがここでは省略しておく、そして階梯を下り、地面に足を付けてから、仮想世界をログアウト。
その日1日が終了した。
◇
現実世界、西暦2037年10月4日、日本国、神奈川県。早朝8時。
そこには、3時のおやつ用の、お菓子であるポテチは無かった。
天上院咲と姫の朝食。
眼の前に有ったのは、四角形の食パン二片と値段の安い手のひらサイズの小さなマヨネーズ、そして枝豆だけが置かれていた。
そこには生卵もスライスチーズもコーンも無かった、ピーマンも牛肉もその他香辛料も一切無かった。
冷蔵庫の中には有ったが手に取らなかった。選ばなかった。
あとはトースターで焼くだけ――。
何を持って、誰に対して言っているのか意味不明な言葉を咲は姫に対して言う、姫は理解者なのでその意味や意図や理由は解った。
「私の新時代より、【具なしピザトースト】の方が大事」
「……それってタダのパンとマヨネーズを焼くだけだろ? そんなにその料理、食事が大事なのか?」
「うん、大事。豪華な蟹や牛料理よりも、養豚所で育てられた豚汁よりも、謎解きゲームで出された鶏肉パスタ料理よりも、天ぷらお月見うどんよりも、隣町で作られたチェーン店のカレーよりも、怒りのカツ丼よりも、お祖母ちゃんの為に作ったチャーハンよりも、迷い散歩しながらの自転車運送の海老寿司よりも、生まれてきてありがとうなハッピーバースデーケーキよりも、お吸い物のすっぽん缶汁やおでんよりも。ましてや三色団子よりも、……大事」
「……そっか、もっと料理は自由でいいと思うんだけどな。別にメロンパンや鯛焼から朝の朝食を、始めてもいいと思うんじゃが……」
「……そうだけど、コレ食べてからじゃないと始まらないの」
まるで終わらせちゃいけないと言っているようにも聞こえた。質素・貧相な食事、まるで懺悔にも視えなくもない。朝日差し込むその光、しかしその領域は神聖にも感じ視えた。
そう言って、具なしピザトーストをかじる咲。この初心を忘れちゃいけない。
「ううん、初めちゃいけない気がするの……」
そこには何故か後悔と哀愁が漂っていた。咲にとっては関係ないが、何故か懐かしい、咲の父親から教わったピザトーストの作り方……。ただ、今は食材が有っても使わず、具が手元に無いからトーストとマヨネーズだけで食べる。それでもこんがりと焼かれるマヨネーズの香りだけでも食欲をそそられた。
「……、やっぱり美味しいや、これ……」
「……そっか、そりゃ何よりだ」
含みのある言い方、予想通り、予測通りと言った意味合いが込められていた。
姫も一緒にその料理を2人で食べる。食卓にありつける。
――何はともあれ、天上院咲の新時代はココから始まった。
とりあえず、咲の空腹と心は、これで満たされた。
「こうでなくてはならぬ」という言葉を反魂のように内に秘め響かせながら。
何故か悲しい食卓に耐えられなくなった天上院姫は、過去ではなく未来を見据える。
「あぁもう湿ったい! せめて枝豆ぐらい食え! 枝豆! 野菜食え野菜!」
ハッと過去ばかり想う咲は未来を見つけ、我に返る。食感柔らかな優しい枝豆がそこにはあった。
「あ、うん。ゴメン……」
言って、咲は枝豆をポリポリと食べた。それこそ落ち着いて、秦然と食べた。
彼女は未来に生きなくてはならない。
その生まれてきた宿命を背負いながら。
皆に構わず前に進まなくてはならない。
ので、眼の前の矢先、前を見据えて皆を導く為に、前進した――。




