第642話「転・戦空と桃花と激情と」
信条戦空と湘南桃花サイド。
2人は〈人生相談〉の真っ最中だった。
「戦空の場合、心氣のコントロールは出来たから。あとは、後から追随してくる『影術』の情報を知っとかないと……」
「影術……?」
戦空に対して、桃花先生はそう言った。
「まあ、私も勉強しなきゃだけどね」
◇
ユーニークスキル『影術』
特徴としては、指定した〝もの〟に対して、相手と同等の存在になる事である。大体は光や太陽に依存する。自身に影術を定着させた場合、自身が光属性ならば、正義感や夢や希望に満ち溢れているほど、影はマイナス方向により濃く深く強くなる。
『真似影』……文字通り身体能力を丸々真似する。使い勝手が悪い。
『鏡影』……マジックミラーを設置し、その壁の範囲内であらゆる事象が真似される。防御面でかなり優秀で、相手の攻撃は全て相殺されるのに、自分の攻撃は当たる。原理はアイシールド。
『論影』……無形無機質な論理を視覚化し、相手に合わせてその形状が真似される。そしてその真似した物質を自分のコントロール下に置く。
『写影』……相手の能力をコピーして自身の身体能力に上積みする。また何度も複写することも出来る。模写とも言う。
『無影』……幻想、影なき影を作り出す。光や太陽が無くても使え、視覚できない概念系能力でさえも真似する。
『集影』……複数の集団の影を一挙に集めて自分のコントロール下に置けるし、集団の力を1個人の力とする事が出来る。切り離し可能。
『追跡影』……指定したものを基準点とし、離されても強力な引力で勝手に戻って来る。そして影の中に潜み、色んな『影術』を執行できる。
『変質影』……見た目の姿形は全く異なるのだが、本質的には全く同じもの・存在に成る影。
『討影』……影をのばして相手の背後から攻撃する。必ず先制攻撃できる。
◇
「それをウチが知って何になるんだ?」
「情報だけ知ってればいいわ、どうせあんたアンチフォームしか使わないだろうし」
「?」
戦空はわからないが、解ったような口を利く。
――それが爆弾発言だった。
「まあ、使った覚えはないが、体は使った気がする」
これぞまさしく〝脳筋〟だなあ……、と桃花は軽く思う。
桜愛夜鈴ちゃん、これは本当、相当に苦労してそうだ、恋愛的な意味で……。
ここまでは良かったが、桃花の妄想癖が炸裂して、何だか無性に腹が立ってきた。
この時、桃花は戦空に対して大変失礼な妄想ツッコミが頭をよぎった。
(あんた「先っちょだけ」とか言って花を無自覚受粉させるタイプでしょ!?)
もはやただの低俗ヤンキーじゃないか! と、もうどうしようもなくその一言でブチギレツッコミを入れたくなる。
あまりにも夜鈴ちゃんに対して失礼な内容なので、戦空に対してもこのツッコミだけは胸の奥に厳重に仕舞う事にして、言うのを思い留まった。
「はぁ……愛がねぇ……」
と、ため息……。
決して戦空のためではない、夜鈴ちゃんが可哀想過ぎるためだ。
「ん? ウチ、何かやったか?」
「むしろ具体的に何もやってないのが悪い!」
生徒のよくわからない数千年の恋愛事情に対してまで、首を突っ込んで頭を悩ませる理解者の先生がそこには居た。
全てを知った先生は、笑えばいいのか怒ればいいのかの狭間の感情になる。が、もはや決して笑い事ではない。
遅れてきた救世主どころではない、遅すぎた王子様って感じだった。
(救いは無いんですか!? 夜鈴ちゃんに救いの手は無いんですか!?)
困ったことに無いのだ、救いの手は。
だが「無ければ作ればいいじゃない!」を自流で、自分の流儀で切り開いてきた湘南桃花だ。
例え〈後回しにされた夜鈴の気持ち〉が用意されていたとしてもだ。してもだ。
……ここまで来たらもはや自分が恋のキューピットに成るしかない!
と、今硬く誓った先生だった。
「……やるか」
「ん、何を?」
「絶対の魔女を」
子供の戦空は無自覚にとぼける。
「それはひょっとしてギャグで言ってるのか?」
「すう……はあ……~~……」
もはや内情を知っているので怒りしか湧き上がってこない。
(本当、もう、この子、どうしてくれようか……)
そもそもこの子に恋愛感情はあるのか? どこから探りを入れて、皆に〝燃料〟をあげようか……。もうそれしか考えられない思考回路に桃花先生はなっていた。
戦空の爆弾発言一つで、桃花の〝何か〟に火を付けてしまったらしい。こうなるともう遅かれ早かれ、大河という名の流れは決まったも同然だろう。
今、桃花は猛烈に恋愛攻略脳になっていた……。
「何でも無い」
今はその一言を振り絞るのが精一杯だった。
桃花先生の心の中、感情の激流・激情と言う名の防波堤が決壊寸前だった。




