第60話「リスクVSスズ」
子守歌を歌うように、赤ん坊の瞳が重くゆっくりと閉じようとしている夕焼け空の中。豪華客船ミルヴォワールは北を目指す。
咲の知らないところで別のイベントが盛り上がり、クライマックスに転じていた。
第2回EMOジュニアカップ 決勝戦 リスクVSスズ
船の甲板、地面はゴム上の運動場。卍型に人々は流れ集まってくる、サキ、ヒメ、エンペラーの放課後クラブから観て、バトルフィールドの真正面に湘南桃花と秘十席群が並び座る。桃花から観たら咲は北にみえてしまうのだろう。
咲はことの状況を全く知らないが、それでも何か解らぬ高揚感はあった。因縁の対決であることは知らない、知らないが固唾を飲んで見守る。
夕焼け空の風が心地良い。髪が暖かい海の塩風になびく。
「…………」
スズは右から左へ流れてバトルフィールドの正面に立つ。位置は東。
リスクは左から右へ流れてバトルフィールドの正面に立つ。位置は西。
その動きに意味はない、あるとしたらただの様式美だった。
「リスク、始まる前に言っておきたい事とか無いの?」
スズは、ここまで来たことを褒めてやるぞ。と言わんばかりの笑みでリスクに語る。
だが彼は何の迷いもなくキッパリと、雑念を振り払うように渇を入れて言い切る。
「ない!」
一瞬の気迫にふーんとなるスズであったが。
「この戦いでは私が勝利することは確定している」
「うるせえ! こい!」
言っても無駄かと今度はため息になるが、スズはいつものことかと開き直る。
「ルールは、時間なし、特殊装備なし、アイテムなし、空を飛ぶのなし、光速移動なし、特殊能力なし、膝をつくか四角形の場外に出たら負けね」
「ああ! うちはグローブ! スズは木刀だな!」
咲は純粋な格闘勝負なんだなと今知った。姫が咲に補足する。
「恐らく、全部ありにすると大変なことになるんだろう」
「大変なこと?」
「ん~、このゲームが処理落ちするぐらいに」
「え、このゲームってたった二人の戦闘で高負荷が出ちゃうぐらいヤワだったっけ?」
「ヤワじゃないよ、ただ。あの二人が喧嘩するとハード機が悲鳴を上げる、それだけさ」
「えぇ……」
「まあ多分、観てれば解るよ」
咲は姫の言いたいことは大方察し、対戦する二人の方向に顔を向けなおす。
3・二人が戦闘態勢になり構える。
2・観客が固唾を飲んで見守る。
1・瞬間静寂の間が発生する。
GO!・静止が流転に切り替わる。
流れは終点に到達し、戦いのゴングが鳴った。
観客も選手もまるで血管が流れるように脈動し始めた。
咲は選手でもないのにこう呟く。
「選手でもないのにこっちが緊張するなぁ」




