第580話「罪と罰を矢に~マルチ・エンド~①」
絶対障壁は、本当に何をやっても壊れない。
攻略方法はただ1点、動画を見終われば良い。ただそれだけ、たったそれだけなのだ、なのに……。
「……、やっぱりね」
オーバーリミッツは、察して、ただ待つ。
戦闘も、攻撃も、防御もせずに、ただ上下左右前後、円形の360度守られている〈カーディナルの絶対防御19枚〉の向こう側から、それを眺めている……。
それは、その行為は。
恐怖かと言われれば怖くなく。
勇気が居るかと言われれば安心して見れるのに。
面白くないかと言われれば確実に面白い分類に入るだろう。
なのに……。
何故か真相を知りたくないという意味で、動画の決定意志を押せない咲が居た。
美味しいものを、美味しいまま、美味しいように食べれば良いのに。
優しい手なのに……。
咲には何故か、その19個分の動画を観る決定ボタンが押せない……。
「審判」
オーバーリミッツは、咲の真相心を見透かす……。
【観たくない、知りたくない、猫箱は開かないままが美しい、答えを知ってしまったら、想像する余地が無くなるから。でもこれは、桃花先生のためだし……】
「……」
大丈夫だと解っていても、汝は選べる、我らは知っている。という観点からも。
【私は選べる、……私は既にもう知っている、だけど……】
……そう、つまり。
「思い出したくないのね……」
オーバーリミッツが真実を告げる、
「「……」」
生命のある剣、抜かれない剣。真昼ノ剣と真夜ノ剣の2人の魂は沈黙を保つ……。〈カーディナルの絶対防御19枚〉を破れば、恐らく。システムコマンド、武装完全支配術や、記憶解放術は使えるだろう。
それどころか、元の元となった上限解放も可能となるはず……。
理解と時間が進めば、応用技も開放されるはずだ。
でも、どうしても。咲はこの約19個の動画を押したく無いのだ……。
自分でも解らない無自覚に……。
手が、微妙に、小刻みに震える……。動画を再生できない……。
咲は、その優しい動画のクリックボタンを選択出来ない……。
「……」
オーバーリミッツはただ粛々と突っ立って、何も言わない。
と、そこへ、戦闘をしないのならばと。未防備に姫は咲に手を重ねて添える。
「いいか、わしを信じろとは言わん、わしは悪神だからな。だがな、信じろ。咲自身の心を、皆の心を、他人の心を。表と裏の心、過去と未来の心、2つの世界を信じてこそ、真の王……いや、真の花嫁だ……!」
「お姉ちゃん……」
「難しいことは言わん、ただその動画を……信じろ……!」
「……、うん、わかった、信じる……」
そして咲は、まだ観ていない動画を、記憶の断片を、思い出したくないけど、皆を信じて、その1クリックを、押した。
まるで、会話を切った、友情を切った、生活を切った、切って切って切って切って、心を削って削って削って擦り減らして。その果てに掴み取った栄光と結果を台無しにするかのように……。
喜びと、怒りと、悲しみと、楽しさを、呼び覚ます作業が指先1つで始まった。
――カチ。




