第45話「灼眼のシャナン」
咲は『幻聖剣物語』という名の小説をゲームのアイテムとして持っていたが、今回の海賊船長によりドロップしたアイテムは。『灼眼のシャナン』というミニシナリオという体を取った小説だ。
「これ、面白いの?」
知っているのか、知らないのか。半ば半々な答えしか出せない天上院姫は、難しい顔をしながら答える。
「知ってるが知らない。真正直に言うと胸を張れるほどは知らない、だが滅茶苦茶長い事だけは知ってる」
「……へ~面白くて長いんだ」
「はっきり言って超レアな本だ、肌身離さず持ってればそれでいい」
機械的なディティールを取っているが、全巻分入っている片手間な本だった。
「どんな効果があるの?」
「不思議な力で、道に迷わなくなる」
「?」
「多分」
「たぶん?」
「きっと」
「きっと?」
「だから半分しか知らないんだって私は」
「オチは知ってるのよね?」
言うと、半ば条件反射のようにネタバレを言う姫。
「キスしてハッピーエンドで終わる、壮大だろ?」
「オイコラ運営ネタバレすんなや」
姫は参ったと言わんばかりにお手上げで事を話す。
「とりあえず持ってて損はないからもっとけ!」
「も~いい加減なんだからお姉ちゃんは~……!」
そう言って、咲は豪華客船ミルヴォワールの『239号室』の個室へと入って行った。行動を追うように姫が話かけてくる。
「今回の旅は過程や行程が重要な意味を持つ、『地中海北方面』へ着くまでの道のりを楽しんでくれ」
「はいはい解った解った」
そう言って、部屋のドアを閉める。
「今までは結果が全てだった、今度は、過程か……」
学校のテストの結果、点数ではなくて、『どうやって勉強したか』が評価される。これまでにない事象だった。とは言え、やることは変わらない。一ヵ月という期日まで船旅を遊びつくす。ただそれだけなのだ、そう。ただそれだけ……。そして彼女は、彼女らしい答えを叩き出す。
「ま、ゆっくり読むか」
例え一ヵ月過ぎても本は持ってるから、船を降りても本は読める。そういう楽観視だった。
239号室にはシャワートイレ別の快適な部屋だった、ちょっと気持ち狭いような気がするが。一戸建ての家の間取りと比べたら可哀想だった。というか、なぜそんな所をデジタル世界、電脳空間でも表現してるのかがはなはだ謎だが。変な所にリアリティを追求した結果なのだろうか?
「豪華客船なのに個室は豪華じゃないなんて、ナンセンスよね」
壁には世界地図とお化粧用の三面鏡が並ぶ、あまり咲自身には必要なものではないが。あって損は無いものだろうととは思う。
冷蔵庫の中には、冷えた飲み物が並んでいる。お金払ってないけどこれも料金に入ってるのだろうか? など頭をもたげたが、そもそもゲーム自体基本プレイ無料だった。課金は課金でディスプレイ欄から出来るし、凝ったディティールと思った方が良いだろうと、そう思うことにした。
この部屋じたいには、目を輝かせるような。心踊るようなものは何もない。至って平凡な、形がちょっと違うだけの自分家のような風景だった。他人の家に入って行ったときのような。微妙に落ち着かない雰囲気。これも1ヶ月後には慣れるのだろうか?
なんか慣れそう。そんな予感と共に、とりあえず咲はアップルジュースの缶を一つ。プシュッと鍵を開けて飲むのであった。