第401話「黒山羊八式と二刀流」
「信ルート教? なにそれ?」
「ま、この話は。ワシと絡んでる以上避けては通れない話題だろうな」
「ん? どういうこと?」
「ちょっとギア1段ぐらい上げるぞ。速度が出る代わりに重くなるって意味だ」
「……、ん~……。1段ぐらいだったら良いけど。自転車のギアを3段ぐらい上げないでよ? お姉ちゃんがギア上げると本気で動きにくくなるんだから……」
低い声のトーンでそう言った。
「ん~。ココ、現実世界じゃ何だしゲームしながら話すか。今回は普通のクエストしてさ」
「お、やった! 普通のクエストだね、最近お姉ちゃん重いのばっかりクエスト受注するしさ~」
「ま~ま~ま~。今回倒すのは何にする? 紅の豚? それとも黒山羊? 白山羊は可愛いから別として……」
「え、何その二択問題……。じゃあ……黒山羊?」
「OK、難易度Cに設定して……。んじゃ。リンクスタート……はおかしいか……。フルダイブで」
「おk、んじゃ……フルダイブ!」
《EWO3へようこそ!》
VR仮想空間では、小気味よいステータス音が鳴り響く。
《カルテットタウン、ギルド中央広場へアクセスします》
《クエスト受注エピソードをスキップ。そのままダンジョン部屋へ移動します》
《クエスト、『ある黒山羊の末路』を選択。フロアボスモンスター前の扉へ移動します》
そうして2人は、いつもの魔法剣士と忍者の格好で。ボス部屋前へ転移してやってきた。
「うわーい! 久しぶりにお姉ちゃんと共闘クエストだー! んじゃ、ドアの向こうへ行こうか!」
「ちょいまち! 行く前に黒山羊のエピソード読んで」
「え~ちゃちゃと倒そうよお~」
「まーまーそう言わずに……」
「はいはい。読めば良いんでしょ、読めばぁ~~……」
そうして、咲は『ある黒山羊の末路』のエピソードシナリオを読み始めた……。
が、内容がお腹パンパンで読むのを辞めた。
「お姉ちゃん、このお話。内容が濃くて重いんですけど……」
最近こんなのばっかりだよな~。とか、もっとスカッと読み味のスッキリ爽快なものを期待した咲にとっては。まっこと文体としては読みやすかったものの惨劇に続く惨劇を経験した黒山羊さん劇場で。イヤだった……。
「もうお涙ちょうだいは飽きたよ……」
「今、咲はそのエピソードを視て何を考えてる……?」
「2、0、1、7、8、3、4、1、2、3、10ボツ。ひと、まる、……今。つまり数学。否、数字」
数式を解いているワケでは無い、この世の理を、学習しているのだ……。
「並ぶ足並みには、遅れも乱れも無い。少なくともお姉ちゃんとは、同じ時を共に歩んでいる……」
2人には虚構も実像も何の意味も無い。ことを知った後で……。今度こそそのドアを開ける。
「難易度どうする?」
真面目な顔をしたあとに、短く一言。緊張から脱力に入った。
「正直……簡単にして……今は信ルート教の話でしょ? 並列思考とか疲れる……」
「……ふむ。それもそうか。んじゃ、それはそれ、これはこれとして。ゆる~く行きますか!」
「ギャオオオオオオオオ」
知性の無い巨大な人間型の黒山羊がゲーム的なポップで出現した。
モンスターの名前は『思考停止者』、……数字は入っていなかった。
「今を生き、それでもなお! 思考を停止してる者ってことなら。完全にこのゲームを作った人達への冒涜だわ!」
「算数のゲームにしたつもりは無いんじゃがの……!」
言って、2人はモンスターに向かって駆け出した。
数分後、『思考停止者』は当然のごとく。あっさりと、負けてポリゴンとして散った。
《武器、黒山羊二式と黒山羊八式を手に入れました!》
「お、アイテムドロップ来た」
咲は嬉しいんだか、さっきの重いエピソードの武器かと。嬉しいトーンを一段下げての苦笑いを浮かべる……。
「ふむ、私が二式を持っても。0から1を生む程度の能力で2の武器使っても面白味に欠けるなあ~。咲は今どんな状況?」
姫は、状況そっちのけで咲の知らない状況と共に弁論する。
「私の今持ってる武器は、星剣『朝過夕改』なんだけど。私は二刀流ってガラでもないしなぁ~。かと言って八式を持っても……星剣より名前負けしてるような……」
「別に武器の名前で戦ってるわけじゃ無いしな。用は腕じゃよ。腕」
「ん~」
「ここまで来ると、〈誰に勝ちたいか〉で。武器変わってくるよな。仮想敵だよ仮想敵」
「ん~じゃあ。その世界1位さんと相性の良い武器はどっち?」
「ま、このステータスを見る限り。八式だと互角の力、二式だとカウンターで勝てる。って感じの内容だな。一回攻撃を食らって、後手覚悟のカウンターが二式って感じか……」
「つまり二式の方が重くて威力があるってこと?」
「ま、素材ははそうだってだけで。あとは工房でカスタマイズすればどうとでもなりそうだけどな~」
黒山羊八式は軽くて扱いやすいが攻撃が弱い。黒山羊二式は重くて扱いにくいが攻撃が強い。簡単に言うとそんな感じだ。
「ん~」
「どうする? まだ悩むんだったら〈鑑定〉スキル使ってもうちょっと調べるか?」
「悩んじゃってるからもうちょっと情報お願い」
「おk」
《姫は〈鑑定〉スキルを発動しました》
《黒山羊八式は軽くて扱いやすいが攻撃が弱い。特性は〈フィールドリセット〉、相手の場の壁や全体の設置技、フィールドを解除する。》
《黒山羊二式は重くて扱いにくいが攻撃が強い。特性は〈影真似の術〉、相手の場を影状態にし、体も心も動きが取れなくなり、交換と逃げることができない状態にする。》
咲は結構まともに〈鑑定〉が効いた事に驚く。
「へえ、フィールドリセット型と、影踏み・影真似の術系か~……」
「影の方は、その言い方で話が通じる奴何人居るだろうな……? マンガ好きな奴にしか伝わらんぞ……」
数秒悩んでから……。
「うん! 二式も魅力的だけど。私は単純明快、八式のほうが合ってるかな!」
「うん。咲らしいし動きやすそうだな。逆にワシは何となく職業忍者にしてたが……いよいよ忍者っぽくなってきたぞ……」
「まあ、お姉ちゃんはろくに武器集めて無かったけど。私はなあ~。朝過夕改と黒山羊八式か~……悩むなあぁ~~~~二刀流は私の趣味じゃ無いし~……」
あくまで一刀流にこだわる咲。というか左手で上手く武器が扱える気がしない。
「ゲームなんだから気持ちで両手持ち出来るんじゃね?」
「そうだけどぉ~さぁ~……」
「何で二刀流に成ることをそんなに拒否する? もうお前の熟練度だったら成れるだろ? 二刀流。それとも何か? 条件を提示しないとダメか? まさかオーバーリミッツに勝てないから二刀流を持つ資格が無いとか思ってるのか????」
「いや、確かにオーバーリミッツさんに勝てないのはそうだけどさぁ~」
「いやいや! ちょっと待て。確かにステータスの振り方が違うだけで、負けてるのはそうだが。別のステータスは明らかにプレイ時間勝ってるだろ!? まさか! まだプレイ時間足らないとか言わないだろうな~!? 最長文学少女、もうすぐ100万文字のログ数って言う大台を超えそうなんだぞ!? お前が取らなくて誰が取れるって言うんだよ!? いい加減、二刀流取れ!!」
「えぇ~……でも、扱えるかなあ~~~~~~~~」
何でこんなに鍛えてるのに自信が無いのか、皆目見当がつかないのに。自信が無さそうに姫から目をそらす咲。
一応断っておくが。二刀流を使えないのでは無く。使わないのである。天上院咲は……。
「とりあえず2本持っとけ! その方が絵的にも映えるぞ!」
「えぇえ、え絵は今関係ないと思うんだけどぉ~~~~」
「頑張れ! 出来るできる! やれる気持ちの問題だって! もう少し頑張ってみろよ! 山羊さんだって頑張ったんだ!」
「えぇ……じゃあ持つだけね。持つだけ……ね? ちなみに持つ手は~……」
「よし!!!!」
《姫は、右手に黒山羊二式を装備した!》
《咲は、黒山羊八式を手に入れた! 二刀流、を習得した!》
《右手に朝過夕改、左手に黒山羊八式を装備した!》
正直、新しい武器うんぬんよりも。二刀流習得の方が大事件かもしれない……。




