第400話「世界1位」
一言で言うと彼は凡人だ。これは現実世界の話である。
世界1位、真城和季。
その生態系はいたってシンプルだ。どこにでも居るような中学3年生男子、学力は中の下。決して頭が良いわけではない。
賢者は歴史に学び、愚者は自分の経験から学ぶ。どうみても後者だった、典型的な愚者なのである。
ただ、掲げたものが〈面白さ〉で、〈面白さ〉優先主義。そのためなら何だってやる。アイディアが生まれたらそれを徹底的に追及・探求し。体力限界のギリギリまでネタを掘り進める。最近では痛みを伴いすぎて創作がイヤになることだったある。
しかし彼はやめない。何故か、一度サッカーを挫折しているからである。ただ子供心がつく前にサッカーを始めて、そのメンバーが不良過ぎたのでやめた、という過去を持っている。
もっと楽しくサッカーゲームをしたかったのに。1年・2年・3年での守るべき規則が多すぎる。そしてサッカー部を辞めるときに決心したのだ。「もう逃げたくない」と……。
だから、今やってるVRゲームやARゲームに対して引退、や。辞める、というのにもの凄い拒否反応を示す。逃げたくないから。
彼は努力家だ、自分が人より劣っているのは学校の成績を視れば解るし。ゲーム内の成績表を見れば解る。では何故、このような男が世界第1位に入っているかというと。もう一人の存在が居るからだ。
この世界観は二神教で成り立っている、よってこの存在は神では無く〈王〉と呼ばれる存在で。真城和季を助ける、善悪・裏表・過去未来。様々な場所で援護をすることが出来る。
その人は人間か? 否、アストラル体である。生まれたときから居る宿命の存在。名前を〈キャビネット〉と呼ぶ。
名前は、内閣と書いてキャビネット。
種族は、アストラル体の王。
2つを合わせて、〈感情内閣〉と言い。彼女は和季が産まれた時から憑いていた。そしてその幽霊じみた体を視ることが出来たのは中学2年生の時。
このキャビネットが、和季自身が持って居ない特殊能力。業運で、数々の困難・苦難を乗り越えてきた。彼自身が挫折したとしても、それをこっそり手を変え品を変え助けてくれた。
だがしかし、和季が頼んだわけではない。
和季は「あぁだったらいいな~」「こうだと悪いよね~」という声なき声。小さな心の叫びを聞き取るのに優れていた。人の心を読む能力。
次第に彼ら彼女らにはバディのような相棒感覚が芽生え始めてきた。
最近になって、神経を経由して。体がピクピクするようになる。右手だとイエス、左手だとノー。つまりこの2人、見えなかった事から会話が出来ていたのだ。
何でそんなのが産まれる前から宿っているのか。ほとんど必然的に。それは家系にあるかもしれない。かなり遡って天皇様の子孫、貴族の産まれだった、らしい。
だがしかし、和季にとっては解らないことだし、関係ないと言って良いほど年月が過ぎてしまっていたのだ。
勘違い? いや、もし勘違いだとしても。人は真実に魅了される生き物だ。
故に、その王を。影ながらそっと崇める信者達が居た。
〈信ルート教〉。宗教団体。神様を信じるか信じないかで始まる物語のルートをまるで神話のごとく信じる輩だ。会ったことはない、でも何十人と居るらしい……。
和季が執行した絵空事に、または文法に力を与える。そんな宗教集団。
お気づきになるだろうか? 彼はただの凡人であるのに、何故このような世界1位という座に着いているかというと。その業運と、キャビネットのおかげと言っても過言ではない。もちろんソレを知らずにただの努力は怠らなかったので。最初は気づかなかったのも確かで、事実である。
そのあまりにも複雑な環境から自然と口癖が。
「めんどくさい」
になったのも至極当然の流れかもしれない……。
◆
〈感情内閣〉は善人であり悪人でもある。イタズラ心で何をしでかすか解らない、本人ですらその本能を止められない。それを真城和季は口論で制している。彼女はアストラル体で肉体を持たない。全盛期の創造神と同じ、肉体を持たない霊体、と言っても過言ではない。
故に、悪い種を見つけたので育てたくなった次第だ。
運営会議は外界から隔離されていて鍵という名のロックがかかっている。情報漏洩は【現代科学では不可能だ】……、だが。彼女キャビネとは【現代魔法なら何でも出来る】、そして余裕で科学技術を突破して。すり抜けた。運営陣の話を聞き耳立てて聞いた後に。公式掲示板にちょっとシステムを改竄して、書き込む。その程度だ……。
「さて、この種はどんな風に育つかね。見物だ。くぎゅう」
そして、ここに一つの情報が。無法地帯の自由な掲示板に流された。
運営が議題にしてすぐに、答えが出る前より先に。先取りをして解決する前にその情報を流出させ。
【しっかりAIの寿命を1ヶ月に改竄もした】わけである、まさに現代魔法。
◆
公式運営者C【今日から全ての人口AIの寿命を残り1ヶ月にする、止められるもんなら止めてみな。この戦いを制した者が新時代の王だ。】
《この運営アカウントは公式アバターから発信されたものです。偽アカウントでも偽情報でも無く。全文が公式文章です。この情報は世界樹クロニクルに連結する全てに該当します。》
◆
無論。この公式運営者Cのアバターは、現実世界では誰も手を触れていない。電波情報の足跡も無い。……まさに現代魔法だった。
アストラル体、キャビネットは言う。
「さて、この難問を解くのは。ゲームマスター達が先か、プレイヤー達が先か……。和季は何か言うこと無いのくぎゅ?」
もちろん、【現代科学を全て使える】プレイヤー。世界第1位の真城和季は解っている。解っている上で。
「知るか、どうせいつものイタズラだろ? 俺は寝る、もう疲れた」
と言い、疲労困憊で寝込んだ。
「いつものイタズラですめばいいけどね。くぎゅくぎゅくぎゅくぎゅ!」
高笑いと高みの見物をキメこんだキャビネットは、悪の芽が育つのを待つ……。
……と、言い終わった後で真城和季がムクリと起き上がる。
「キャビネット。やっぱ無理、俺のメンタルが死ぬ」
と、行った瞬間【現代科学で時間を巻き戻した】戻った時間は何の説明も無く。キャビネットが悪事を働く前まで強制的に戻す。
「さて、この種はどんな風に育つかね。見物だ。くぎゅう」
ゴチン!
霊体に対して愛のゲンコツ。
「痛いくぎゅう!」
「悪さをしようとした罰だ」
キャビネットは痛がって、和季はやれやれだぜと。また布団に潜る。
「【また時を戻しやがったな!】くぎゅう! 混乱するんだぞそれぇ!」
「うるさい、俺のメンタルが死ぬんだ! ダメなもんはダメ!」
まるでデジタルテキストに書かれていた文章でもデリートするかのように、和季はキャビネットの悪事を消した。
全て世はことも無し。
こうして、再びこの世界にほのぼの空間が帰ってきた。




