第337話「小休止」
現実世界。西暦2035年9月3日、季節は秋。
〈家族の善神〉と成ってから2日目。
天上院咲は学校の教室に居た。
「えっと、こっちが2035年で中学2年生で……あっちが2040年で中学3年生で……。こっちがゲームだけの世界で、あっちが異世界ファンタジーで……」
自分で何を言っているのか解らなくなる。
これが、認知症ってやつなのかしら……? 頭が、痛い……。
「えっと、こっちが平塚市の学校で。あっちが長野県と岐阜県の狭間の大喰岳の山頂の宇宙戦艦アースゴスペルの中の運営管理部屋で……。今からやることは……」
誰だったかさえ覚えてないとある先生が、授業の一環で咲を指名して質問してきた。
「では咲さん、この 2003年頃まで印刷されていた日本の1万円で印刷されてい紙幣の人物はわかりますか?」
「へ? 2003年? ……リュウキ?」
「ん?」
「あ! あー! 2003年頃のお札の人物ですよね!?」
「もう、何を言ってるの? 教科書を見ても良いから答えてちょうだい」
えっと、今は2035年で、私は2022年生まれで、2003年は19年前だから……。
天上院咲はペラペラと歴史の教科書をめくって探す。
「ふ、福沢諭吉さんですね! 昔は諭吉が無くなるー!? とか騒いでましたけど。今は栄一が無くなるー! ってお父さんが騒いでいて……」
~ジジジ……。ノイズのような物が入り込む。~
まるでテレビのチャンネルを切り替えられたかのような錯覚だ。
当たり前の質問を、当たり前の答えで返したつもりだった。……しかし先生は言う。
「何言ってるの? 1万円札の自分人物は【凪ノ唄家】の人物じゃない。令和じゃ常識」
「へ……?」
そんなはず無い、今さっき教科書で確認して……。
すると、教科書には。凪ノ唄家の人物が、しっかりと印刷されていた。
「……、ここは異世界ファンタジーの世界……?」
教科書が書き換わってる……? 上書きされた……?
(いや、そんなはず無い。ちゃんと上書きをするときはお姉ちゃんが事前に言うはずだ……)
(お姉ちゃんは何も言ってこない、ということは……【それほど重要じゃ無いこと】なのだ。【今のこの現象は……】ッツ)
何かが、何かがおかしい……。
「しっかりしなさい咲ちゃん、そんな暗記力じゃ。今年の受験で良い成績残せないわよ」
「へ……は……? だって今中学2年生で」
「夏休みボケもたいがいにしなさい、今は中学3年生の2040年の4月7日よ?」
何が……。
どうなって……。
頭が……頭が……。
~ジジジ……。ノイズのような物が入り込む。~
まるでテレビのチャンネルを切り替えられたかのような錯覚だ。
ポンポン、と優しく肩を叩く女性が横にいた。
今度ははっきりと人物を特定できた。
湘南桃花先生が「大丈夫?」と優しく声をかけてくれた。
「は、はい。大丈夫です! ……あの桃花先生、今は西暦何年何月何日でしょうか?」
〈理解者〉桃花は、不自然にならないように。さらりと、言われた事だけに答える。逆に混乱しないようにするために。
「今は西暦2035年9月3日、季節は秋」
「私は……今何年生ですか?」
「今は中学2年生よ、咲ちゃんちょっと変な汗かいてるわね」
(変な汗? あ、本当だ汗をかいてる。まるで【どこかの次元でデスゲームの第1層をクリアしたような】、【あるいはプロの実力を凪ノ唄夜鈴が披露したときのような】……、時間がズレてる? 重なってる? 遅れて来た……??)
何が、どうなって……ッ。
桃花先生は状況を察した。
「具合悪そうだから、誰か彼女を保健室に」
立ち上がったのは、元凶。天上院姫だった。
「あ、あ私が行きます!」
◆
保健室で、優しい風に当たりながら。姫は言う。
「ま、つまりこういうことだ」
何がつまり、なのかさえもわからなくなってくる。要は神様になると「こうなる」、と言いたいのだろう。
「とにかく、今は何も考えずゆっくり横になってろ。難しく考えると【そうなる】」
自分が揺らいで、時空や次元が揺らいで。本人が今どこに居るのか、立ち位置がわからなくなる。つまり、自己という次元が歪む……。
などと言う余計な心配はさせまいと、姉である姫は気を使う。
お姉ちゃんが、人の名前を覚えられないと言うのも。こういう所で理由がちゃんと在るのかもしれない……などと考えて。
「わかった、何も考えずに寝てる」
再び、優しい風に当たりながら。天上院姫はコソリと持ってきていた小説を両手に持ち。静に看病を始めた。
「……たまには、こんな小休止もいいじゃろ?」
再びの間があってから……。
「お姉ちゃんは、こんなこと毎日あるの?」
「たまにある。そうじゃな、下手したら1日中横になってた。なんてこともあったな。今のところ過去4回ぐらい」
何も言い返せなかった……。お姉ちゃんのキツさを知る、ソレがこんな恐ろしい事だったとは。
「一応補足しておくと。お前が見た【それらは全部現実だ、違う時空のな。マボロシじゃない】……」
「は、何ソレ!? てことは全部真実ッ……!??!ッツ」
正常どころか逆に混乱した、混乱に混乱を上書きされたような感覚。
「気負うな気負うな、もっとリラ~ックス、リラ~ックスなのじゃ」
深呼吸をして、更にリラックスをする。
「スーハースーハースーハー……。」
今は西暦2035年9月3日、学校の保健室。
……それで良い。コレが神様になった権能。あるいは神様になった代償なのか。あるいは日常なのか……。
天上院咲は再び横になり。
更に更に更に、深いまどろみの中に入っていった……――。




