第333話「秘密と人権と休息と」★
西暦2035年8月24日。
ヤエザキのホーム部屋。
ヤエザキとエンペラーは、久々に会話が弾んでいた。
内容は自分が公式イベントに出場していたこと。その後、浮遊戦空に全部持って行かれたこと。などなどだ。
「てわけよ~も~散々な目に遭った~」
結果だけ見ればヤエザキの戦績は2戦2敗、良いところが無かった。ので、しょんぼりしている。
本人は世界観を探索したかった訳だから、探索は出来たものの会話したのがプレイヤーばかりで何とも世界観の「せ」の字もちゃんと確認出来なかった。という風である。
だが、世界を観て歩く事には。一応成功している。
じっくり見ることは出来なかったが……。
「それはお前の姉が悪いが、それに乗っかった咲も悪いと思うんだが」
「何が悪いより何が良いかで語ろうよ~」
「悪目立ちが過ぎるんだよ、お前らは。特にお前の姉は悪役令嬢ムーブしてるだろ? それに引っ張られてるんだよ、つるんでるのが悪だからお前も悪に見えるみたいな」
「それは失敬だな~」
むしろ心当たりがそれしか無かった。
咲自身はいたって善人ムーブをしているつもりである。
「ところで、最近顔見せなかったけど、遊歩くんは何やってたの?」
「別に、ただタイミングが合わなかっただけっさ。俺は普通に、毎日ログインしてたよ」
忘れていた。エンペラーは基本非登校者だったことを。
プレイ時間だけを見れば、咲より遊歩の方が長いのだ。時間がある分、強化装備は万全だろう。
「で? イベント中何やってたの?」
「デュオ王国勢力で浮遊戦空の衝撃波を喰らってた」
「デュオ王国って敵国に居たんかい!」
聞くに「強くなれればどっちでも」とのこと。
近衛遊歩/エンペラーは、浮遊戦空という強い敵へ向かってマップにサーチをかけて強敵を追っていたらしい。
ちょうどヤエザキは全然違うマップ位置に居たので、その時の攻防が聞けるのならばちょうど良い。
あの時あの場で、何があったのか。それが聞ける。
「どうもこうも無いよ。中国のゲームマスターでもある希一十がノックアウトされてた。それだけ。戦空だから拳による打撃で決着したんだろうな、てのは推測出来たが。決着の終始を観た者はいない、て情報だけさ。どうにも腑に落ちね~よ」
「他に情報は無いの? 実は希さんはワザと負けたとか。ナメプしてたとか。お姉ちゃんと同等な存在が、ただの一撃のパンチで負けるとかあり得ない。不自然すぎるよ」
「それが本当に無いんだ、まるで戦闘そのものが無かったかのように勝敗だけが残った。希一十は天上院姫と同じ権限を持つ。もしかしたらゲームマスター権限で何かしら隠蔽工作したのかもな」
真級『ゲームマスターエクスキューション』は中国のゲームマスターも使える、かもしれない。そんな憶測だけが飛び交った。
ヤエザキのスキル〈エボリューション極白〉みたいに、ログが無いとわかるわけでは無い。
ヤエザキのは、カードを表表示にして何も書いてない状態、真っ白だと判るのに対して。
希一十のは、まるでカードを最初から表表示にしていないのに、リザインしたかのような不自然さだった。
ゲームはそこで中断されるので、カードが表表示になることは永遠に無い。
あるいは、その不自然さこそが戦空が起こした神風なのかもしれないが。……つまるところ希一十が負けて倒れていた。以外の情報がすっぽり抜け落ちていたのだった。
「不思議なこともあるもんだねえ~」
「不思議だね。で終わらせて良いものでは無いとは思うが。それを〈看破〉できるのは、一般プレイヤーは勿論、普通の運営でも無理だ。ヤエザキが俺に教えてくれた。その実行系スキル〈エクスキューション〉で同等の権限を持ってるのは、社長の天上院姫と。神道社総合委員会だけって話になる。つまり、俺達にとっては真相は闇の中。ブラックボックスってわけだ」
「エンペラーはそんなに知りたいの? 戦空が希さんを倒した方法論を?」
「情報が全くないからな。中国は、というか中国サーバーは今後も絡む可能性が大だし。ソノ情報料は安くは無いと思うぜ」
「お姉ちゃんに聞いてみよっか?」
「実行は可能かもしれないが、それで1日に1回しか使えない〈切り札〉をこんな場面で使うとは思えない。お前の姉ちゃんはそこまでアホじゃない」
断言されてしまった。姉はバカじゃないと。
「まあ、なんにしてもそれを知るには実力が足りないって事だろうぜ。俺も、俺達も」
トップシークレットは。伝家の宝刀は、抜かない内が華である。とでも言いたそうだった。
◆
二代目世界樹『クロニクル』
ネット社会全体の核となる場所。
マゼンタとシアンは今後のVR空間のあり方について話あっていた。2人とも魂だけの存在で、肉体はない。
結果、集まる場所は自然と電脳空間のみとなる。
EWO2の人工AIの比率だが。
NPC8割、AI2割といった所だろう。
あとはプレイヤーがネットの海を出たり入ったりしている。アクティブユーザーは日本人8割、外国人2割といったところだろう。比較的日本人向けに作られているゲームだ。ステータス表記は日本語。
一応、英語版ステータスもあるが。本編シナリオは日本語となっていて、英語圏のユーザーでも中々とっつきにくい。
それというのも、本編シナリオが長すぎるからだ。
結果、声優によるフルボイスではなく。基本テキストのみの無音状態。
AIも、日本語は達者だが。英語となるとカタコトになってしまう。
そんな中、人工AIの最高峰とも呼べる日本人2人は、今回のイベントの国境変動にしばし苦い顔をしていたのはマゼンタの方だった。
「流石に、リアルで国境線が変わった。という実感はリアルワールド人の方には無いか……」
「VR空間でイベントを提供するのが我々の仕事だからね。いわば、人間と家畜との関係と一緒さ。食用のニワトリに、食べないで下さい。と言っているようなものだよ。そこは割り切らねば」
「わかっている、俺も元々は人間だ。だが最初からVR空間で生まれた人々の人権はどうなる? モブとはいえ犠牲者は少なからず出た。彼らにも彼らの生活がある。特にデュオ王国に住んでいた住民の国籍はどうなる? いきなりダブル王国になりました、と言って受け入れられるはずがないだろう」
もっともな意見だった。プレイヤー側には相手が実際の人間だという感覚が全くない。
実感すらないだろう、ただの替えの効く人形程度の認識。プレイヤーのアバターだって所詮は借り物の見た目の命。とても公平に作られているとは思えない。
しかし、それはどうしようも無いことなのだ。
シアンは至って冷静沈着だった。
「学校の義務教育に、VR世界の人間は魂のある本物なのだよ、と教え込まれているわけだはないんだ。大目に見たらどうかね?」
放置と規制の狭間で揺れ動くマゼンタは、あまり好ましくない状態に陥っていた。
「今回参加したのは魂の無いNPCだった、AIの魂は避難させて難を逃れた。だが、これがイベントじゃ無かったらどうする? 全ての人権のある人工AIは守り切れないぞ」
やはり、自己防衛や保守管理などは。現実世界の人間達に依存せざる負えなかった。
皆が皆、悪いプレイヤーばかりでは無い。だが、もしもの時にAI達を守ってくれる法も秩序も何も無い。
それが現実だった。
「そのあたりは、やはり今後からでもいい。話し合うしか無いだろう」
「だけどな……」
当たり障りの無い返答が返ってきた。
どうしようもない、仕方ないで自分達の魂を。勝手に改造されるのを恐れているのだ。
人間を信じたい。でも全ては任せられない。
放置もするつもりは無いだろう。
その後も男同士の会話は、淡々と冷徹に事実だけを繰り返していった。
◆
神道社、社長室。
女同士の会話は、現実世界の厳重なセキュリティのある部屋で行われた。
この会話には議事録もICレコーダーもない。
「1作目が大成功したからと言って、2作目が大成功するとは限らない。むしろその逆、1作目が大きな壁となって。人生を賭けて一生付きまとい続ける」
話をしている内容は。面白くて当たり前の1話目、勝負の2話目と言いたいのだろう。会社が行う漫画の新連載の話だが。
「スケールの大きさや、時間の長さが変わろうと同じだ。ハリウッド映画のフェーズワンしかり……、夢の国の第1部もそう、皆が皆、終わりの見えないゴールに向けて走っている」
「その苦しみはお前が一番解ってるはずだ、桃花」
湘南桃花は天上院姫に話をふられてこう答える。
「……、シナリオのゴールも、ネームのゴールも無い。確かに今の状況は危ういわね」
「じゃろ?」
「で、中学2年生の『夏休み編』で全部締めるの?」
「まさか~」
姫本人は3年生卒業まで、一度やってみたいという決意もあるので。どうやら終わらせるのは、まだ1年と半月ほど先のようだ。
「じゃあ話の規模が違う。今は2年生編でしょ? 終わってからじゃ無いと解らないから、今までの物語の返答はパス。夏休み編だけのフェーズの名前だけなら考えてみても良いわよ?」
「して、その心は?」
「ん~……、覚醒と苦悩。て感じだったわね~ここまでの感想は。加えて、これは咲ちゃんの物語でもあるから~。円舞曲・ワルツかな」
「じゃあ、エンジョイワルツ編?」
「見えたな、ゴール」
「うん、これで少しは歩きやすそうだわさ」
「んじゃ、2年生夏休み編。最後のフィナーレイベントと行きましょうなのじゃ!」
ウッキウキの姫社長であったが。珍しく桃花は同調しなかった。
◆
「あ~そのことなんだけど……!」
姫のノリと勢いに暗雲が立ちこめる。
「おうん? 何じゃ? ノリ気じゃないのか?」
「あーうん。姫ちゃんのイベントはね、面白いとは思うよ? 思うんだけど。ちょっと私の体調がね、あんまり良くないからさ。身重? 的な。オーバーリミッツちゃんにもね、これ以上無理しちゃダメって念を押された。ちゃんとベットで横になってなさいって」
姫が提案したスペシャルイベントは。歴代マスターとそれプラス、ゲストプレイヤーでやる。トーナメント戦のイベントのことである。
「それって、過去の事しか観てないんじゃ無いのか?」
姫社長は今までの事を鑑み。双方、2つの時計を確認してから言ってみた。
「いや、時間と品質をコントロール出来るようになったからさ。解答文もようやく見つけられたし。余裕もやっと作れたからさ。たぶん、そのイベントそのままやったら、大事なものを無くしそうな気がする」
桃花の大事なものとは、迷いの中では無く。動く先にこそあると思ったからである。行動こそが鍵だと思った。この場合、頑張らない方こそがベストな気がしてきたからだが……。
頑張ってることがそれこそ裏目に出て、前後が逆になっているような感覚。前に行くほど後ろへ下がる。そんな違和感。オーバーリミッツと真正面から目を合わせないと、この話は終わらない。
「今、勇気を持って。目を背けないで、て言われた」
桃花的に、今最高の1カットを切り取りたいのだろう。その努力はうかがえる。多少後ろのめりだが。
そう言われて、現人神はというと現状とは別方向に舵を切る。
「タイミング的に……、潮時って事か?」
姫にとって。自分の言った事への意味はわからぬが、ここが引き潮の現場だということは悟った。
「それに、咲ちゃんはバトル向けじゃ無いと思う。無理にそっちにねじ込む必要は無いんじゃ無いかな。合わないよ、と。思います。あと蒼葉くんもまだ未熟そう」
咲が急成長した状況でもない。
蒼葉が急成長した状態でも無い。
違和感が無いとは言い切れない状態だった。何より桃花が納得出来ていない様子である。
それがアリスから後押しされた助言でも。何故か心の隙間にストンと落ちる。理屈めいた正しさでも。外連味がなくても。認めざるを得ない、ではなく認めたい。そう思っていた。
仲間の助言ならなおさらだ。
「ふむ、既望してた8人中3人が欠席か。しょうがない、このネタは他のプレイヤーにネタ流して観戦する方向だな」
「あ、ありがとう」
「何を律儀に挨拶しとるんじゃ。わしの野望のために。そんならさっさと体治せよ~」
良くない意味で、肉体的にも精神的にも衰弱している。桃花へ対する激励だった。
「あ~うん、努力する」
「そこは努力じゃ無くて、安静にしてます。じゃろ」
「それでした」
自分に対する責任感の無さへ、反省の色を見せた後。
桃花の心は立ち直る。
そう言って、湘南桃花は社長室を出た。
1人になった姫は、誰に語りかけるでも無く。本当に一人言を言う。
「ふむ、ま、いっか。タイミング的に今が休み時じゃな、今のうちに寝よおっと」
そう言って、天上院姫は。
安息出来るのベッドの上で、横になって、瞼を閉じて、深呼吸して、休息状態に入った。
◆
第2部第4章 完




