第332話「第3回大会終了」
7月22日17時35分。
芸達者な文学少女と、人真似が得意な幼き竜は、共に死闘を繰り広げていた。
死闘と言っても、ヤエザキは思いっきり準備不足であり。圧倒的にスキルが足りなかった。
アビリティもあるにはあるのだが、実戦で使ったことがないのでしょせんはお飾り。使い方がいまいちピンと来ないのである。
対する蒼葉くんはヤエザキの持っていた過去の武器・スキル・道具を全て使えるので。何かしらの爆発音が聞こえてくる。
ヤエザキは急成長しながら、その場の即興でスキルを見つけて戦うスタイルだったので。劣勢で戦い事には全然慣れていなかった。
ついでに言うと、何故か1対1で戦う羽目になっていたので。どうしても負け戦の遜色が強い。
頼りのお姉ちゃんこと、農林水サンだが。
困ったことにアリス、桃花、リミッツ3人組対1人という猛攻を繰り広げていた。
1対1と1対3。明らかに不利。またもや負けの遜色が強い盤面となっている。
何の下準備もせず。ゆるく学者として世界観探索しようとゆるゆるな冒険設計を考えていた途端の超高難易度なクエスト。
確かに、面白そうだから参加したが。
今いるメンツの中ではどうしても戦力が足りなかった。
「これは救援要請を出す案件だぞサキ!」
「無理だー! 強いー! 勝てないー! でも2回も負けるなんて嫌だー!」
だが現実は非情である。戦いの盤面としてはB~Aランクの戦場と言った所だろうか。
決定的に準備も人数も数が合わない。
最初こそ、蒼葉くんを言いくるめて仲間にでも誘おうとか思っていたが。そう簡単ではなかった。
凪ノ唄蒼葉くんは天上院咲と遊びたいのである。
だから因縁のある蒼葉VSオーバーリミッツの対戦も視たかったと言えば視たかったが。
今回は運が転がってこなかった。ヤエザキ、不運続きである。
加えて、援軍を呼ぼうにも。蒼葉くんが〈煙幕〉という古典的な視界妨害工作を広範囲に展開したせいで視界が悪い。あたり一面煙でモクモクだった。何処に誰がいるのかまるでわからない。
3階建てほどある大きさのギルド中央広場をすっぽり包んで余りある煙幕は。救援信号用の赤い煙幕ごと見えなくさせてしまっていた。
「後から来ると思ってた援軍が来ない!? どうなってるのお姉ちゃん!?」
「チャットログを視る限り。Sランクは最果ての軍勢と夢中同盟がバトってるらしい! 恐らく手が回らないんだよ!」
「そんなー!?」
つまり、Sランク冒険者の援軍は期待できないと言うことだ。
「嫌だー! 2回も負けたくないー! 死にたくないー!? お姉ちゃん何とかしてー!?」
「無理だって! いくらわしが全部〈パリィ〉で防いだって。こいつら4人相手じゃさばききれない!」
なんと言うことでしょう。過去に咲のステータスオールMAXの攻撃を全部〈パリィ〉でHP1つも損傷しなかったお姉ちゃんでも。この4人相手じゃ無理だと言っている。
1人1人が本気で強い。
年期も、気合いも、根性も、経験も、装備も何もかもこちら側が劣っていた。
故にこの姉妹に与えられた選択肢は厳しい2択だった。
撤退か、死に戻りか。どちらか1つだ。
「どうするヤエザキ!?」
「死に戻りはイヤ! 撤退にします! 修行して出直してくる……!」
そうして、戦闘をしつつ徐々に後退したのちに。
間一髪のところでギリギリ逃げ切れた。
自陣を死守した金色の八咫烏と蒼葉くんの4人。
「どうする? 追う?」
「放っておきなさい、どうせ1時間後ぐらいにはまた再戦しに来るわよ」
「いいの? 今だったら確実に倒せたけど」
「あの姉妹には万全の準備の状態で戦いたいわね」
「あ~楽しかった! じゃ、僕は用事あるからログアウトするね~! ゲームは1日1時間って言われてるから~!」
《蒼葉くんがログアウトしました。》
ここで、プレイヤー全員にアナウンスが流れる。
《デュオ王国が2Cエリア、3Dエリア、4Bエリアの占拠しました! 残り時間は1時間です。楽しんで参りましょう!》
これでもはや、ダブル王国の敗戦が濃厚な盤面になってきた。
「これは……、そろそろマスターを誰にするか決める流れ?」
「この盤面で逆転されることはまず無いでしょう」
そしてデュオ王国陣営で候補に挙がる名前がちらほら出てきた。蒼葉くんはログアウトしてしまったので除外して……。
2代目マスター桃花の姉貴分、アリス。
吸血鬼大戦の主役、オーバーリミッツ。
中国のゲームマスター希一十。
そんな勝ち色が濃厚で、デュオ王国が浮かれている中。マスター候補の3人はまだ。最大限の警戒をし続けていた。これで終わるはずがない。
それは……アイツがまだ動いていないからだ。
『真の勇者、浮遊戦空がまだ動いていない』
そ、その時。1通のログが金色の八咫烏に届いた。
《Sランクバトル。浮遊戦空VS希一十の勝負は、戦空が勝利しました!》
《夢の国&中華同盟の全プレイヤーは死にも取りしました!》
流石に湘南桃花は戦慄する。
「は!? 確かあそこって原子力空母12艦隊持ってたわよね!? アレ全滅なの!?」
《1B、1C、1D、1E、2Dエリアがダブル王国エリアになりました!》
「げ!? デュオ王国エリアまで王手かけてきた!?」
《現在。デュオ王国14エリア、ダブル王国11エリアになりました》
「やばい! 速く王国に戻って陣形を立て直して」
――刹那、実際は現実世界で数分の出来事で。
神風がクエスト参加プレイヤーに、等しく平等に吹き荒れた。
――ドゴン! たった一つの右手の拳が豪快に全てを薙ぎ倒した。……あたりに静寂が場を満たし。
《デュオ王国がダブル王国に取られました。このゲームはダブル王国の勝利です!》
「うっそおおおおおおおんん!?!?」
「はんや!?」
《これにより、第3回エレメンタルマスター大会の国境線争いは終了となります。デュオ王国陣営のプレイヤーさんは脱落です。ダブル王国のプレイヤーはマスター選挙戦の準備を進めてください。》
ぽかんとする金色の八咫烏のメンバー達。
「勝負に勝って、試合に負けたって感じね……」
◆
四重奏が後半から破竹の勢いで敵国までのし上がってしまった。本当にワンパンで大手ギルドをなぎ倒していったシーンが目に浮かぶ……。
ヤエザキは「私何も出来なかった」とぼやいていたが。
良い囮にはなったんじゃないか? と農林水サンはなだめることしか出来なかった。
そしてマスター選挙戦である。
と言っても、MVP選手は1人しか居ないのだが。
最強のプレイヤー浮遊戦空。
有象無象が話し合う。
「この一択しかないな」
「ないね」
「ないだろ、常識」
「むしろ今までマスターじゃなかったのがおかしい」
と言うわけで、選挙も速攻で終わる。
戦空の一人勝ちだった。
※たいした問題ではないが。(マスターが決まる時点で大問題なのだが)この物語は天上院咲に重点を置いた話なのでそこまでクローズアップされなかった。
実際は戦空の中心で大々的な選挙合戦、実況、解説、表彰式、パレード。などが行われていたが、咲は不参加で、リアルタイムでは観測せずに終わった。
◆
運営管理室はフェーズ2の準備をしていたが、そこには阿鼻叫喚の嵐だった。
「終わっちゃった」
「終わったね」
「終わったよ」
「第3回大会終了?」
「だな、終了して。メンテしてバージョンアップだ」
「国境線もこれで固定?」
「これだけ大々的にやったんだ。よほどの事が無い限り、固定だろうさ」
「例の『LEVEL12』のセッティングは終わったのか? まともな改変だと、ちゃっちゃかプレイヤーにぶっ壊されるぞ?」
「ご安心ください。神道社総合委員会の決定です、最上位で強い権限を持つ数値にしました」
「じゃあイベント終了の告知流すね」
《選挙は終了しました。これにてイベントは終了です。それでは皆様、新しい地図とマスター誕生と共に。解散してください。お疲れ様でした》
こうして、第3回エレメンタルマスター大会のイベントは幕を下ろした。
◆
神道社、社長室。
アメリカ合衆国の政治家と、日本の現人神は、今回の騒動を話あっていた。
「ジョン、ちょっとだけいいか?」
「ああ、何だね」
「もしかして、本当に私に従うつもりで動いているのか? いや、もしかしなくてもそうなんだろうが。本当に良かったのか? 私は色々変えちゃうぞい?」
「今さらだよ。先代の社長とも20年来の付き合いもある。私は、神を信じてる。そして君も信じていて。しかも夢を追う同志だ、面倒事は私達に任せて好きにやればいい」
「おいおいマジかよ……。あ~でも全部の責任をアメリカに押しつけるのも悪い。そうだな、1割ぐらい日本も責任を被るとかでどうだ? 私はまだ、よくわかってない。責任感を慣らすと言う意味でも。0から1割りぐらいで、まずは責任感ちょうだい☆」
「ふふ、解ったよ。ただ、間違えないように。君の作品に対する責任感は君にある、ぐらいにしておくよ」
「おお、そうか。……ありがとうなのじゃ」
◆
そして翌日。
西暦2035年8月23日。
バージョンアップ内容が告知された。
◆世界樹『クロニクル』バージョン2の内容。
EWO2、世界観変更点。
・『ダブル王国』が地図内の実権を握り、『デュオ王国残党組』の2つの組織図が作られ。世界観が構築しなおされました。
プレイヤー変更点。
・浮遊戦空が第3回エレメンタルマスター大会に勝利し、マスター承認試験に合格。
5代目エレメンタルマスターに。神道社総合委員会での会議参加資格・発言権を得ることになりました。
【心のステータス】の実装予定の告知。
・心のステータスは通常のステータスの更に上位に存在する。これまで集めてきた能力を全て合成してひとまとめにしたもの。それが心のステータス。
掲げる『心』を設定して、その信念に反しなければかなり強化される。
実装理由はゲームとゲームをまたぐ事が多くなり。
ステータスがバラバラで、ぐちゃぐちゃになってしまっても対応できるように。
全てのゲームステータスの上位に来る。大事な基盤数値となるために生まれた。
◆
当然、ヤエザキは。「最後のアプデ内容はなんじゃこりゃ?」と、疑問文を浮かべる。
農林水サンは「それはまだダメじゃ」と返答が返ってきた。
「心のステータスはもっと寝かせた方が面白そうになるので。今回は先送りする方向でワシが決めた。まあLEVEL12は良い発想だと思ったんじゃがな。まだ熟考が足らないかなと」
「LEVEL12? 知らない単語ですね」
「またの機会に、て所じゃな。寝かせすぎるのもアレじゃが、最近は寝なさすぎたから」
睡眠時間の話はしてないのですが……。
そうして、姫はメモ裏をヤエザキに見せた。一瞬だけ。5秒ぐらいしか見せてくれなかった。
5秒後、パッと姉はメモを見せなくなってしまった。
「まだ変わるかもしれないし。下手は打てんからここまでじゃよ。続きはアトアト……な」
「なによケチいいいいいいいいいいいいいいいいい~!」
「楽しいネタは寝かせるほど実が熟して美味いんじゃよ。半生は美味くないしな。ものによるけど」
などなどの言い訳から、この話はお開きとなった。
どうやら、次のバージョンアップで面白そうなのが待っている事だけはわかった。
◆メモ裏◆
【心のステータス】
最長文学少女・ヤエザキ
LEVEL◇2(上限12)※1
全能力値◇7(上限99)※2
基礎数値◇78(上限9999)※3
制限時間◇3分間(上限30分間)※4
心のエレメンタル◇『最終決戦』
測定者◇天上院姫
※1 姫のおまけ。今までの功労賞。
※2 ログ70万文字を超えている。
※3 ログ78万文字なので。
※4 ウルトラマンぐらいは良いだろうと思う。
◆問題点◆
・〇〇は測定会の判定基準に入らないのか?
・何かボーナスとか付けるか?
・コレ、『売り上げ』が反映されていない……。
・〇〇だと『アクセス数』とか『ユニーク数』とか。
・測定できるのが1プレイヤーしか出来ない。
・文字数依存なので漫画のページ数や巻数。
・アシスタントと協力した場合どうなる?
・メディアミックスはどう表現する?
などなどもんだいがある。
・プロとアマを分けた方が良いというのもある。
◆
メモ裏なので、ゲーム内ではこれらの効力は発揮されていない。つまり、ただの数字だ。
ヤエザキは5秒間見せられたメモ裏に、疑問文しか浮かばなかった。
LEVELとはなんぞや?
全能力値とはなんぞや?
基礎数値とはなんぞや?
制限時間はわかるが、測定者って?
そもそも【心のステータス】とは……?
今はまだ、何の価値もない。
そう、今はまだ……。




