第330話「7月21日SGE」
西暦2035年7月21日12時00分。
第3回エレメンタルマスター大会が始まる前日。
湘南桃花やその他、重要な重鎮は呼び出されていた。
何故呼ばれたかというと。『スーパーラティブ・ゲームマスター・エクセキューション』をするためである。
直訳すると『最上級ゲームマスター実行』。
略して、SGEとはいったい何か? 説明しよう。
神道社総合委員会が、多数決でお互いに合意の上で発動・決定する優先順位最高権限の実行行動である。
GMが1人でミスった時か。主に大型アップデートの時に実行に移す。
天上院姫は「フフン」と得意げに、しかし上機嫌に桃花に自慢話をする。
「ま、今回は私がミスったわけで無く。大型アップデートのための多数決なんじゃがな!」
運営陣には、ゲームプレイヤーと同じように。強力な権力執行にはそれ相応の重い回数制限が成されている。これは、運営陣でも何回もポコポコ勝手にシステム改変を行えないようにするための処置である。
とはいえ、回数制限と言っても。1日の午前6時で自動回復するように出来ている。
ゲームと現実。スキル技には階級があり。
初級、中級、上級、極級、神級、真級。と優先順位が上位に上がってゆく。
中でも今回関係があるのは。『エクスキューション』と名前のついた実行系スキルだ。
プレイヤーにとっては最高位のスキル。
神級、『クリエイトエクスキューション』はゲームプレイヤーでも使える管理者権限のことであり。設定改変が可能となる。当然、それ相応に条件が重く。回数制限は普通の運営と同等。1日3回しか使えない。
運営にとっては当たり前のスキル。
神級、『システムエクスキューション』は運営陣しか使えず。運営自身も何回も使えるわけでは無く。1日3回のみ。プレイヤーと同じ改変系であっても、そこはやはり運営の方が優先順位という名の権力は大きい。
で、今回の本題はここからだ。
真級、『ゲームマスターエクスキューション』は社長しか使えず、社長であっても何回も使えるわけでは無く。1日1回のみ。
本来、1番優先順位が高い実行機能だ。だがこの天上院姫社長。何回もミスをするのである。そして独裁者とも呼べる1人に最高権力を集中させるのも良くないと思い。
社長と同等の権力を執行できる機関を作った。
それが。
真級、『スーパーラティブ・ゲームマスター・エクスキューション』で。これが運営陣の最高位の権限である。
これも社長と同様1日1回しか使えず。神道社総合委員会が会議の末。多数決で合意の上で実行する。
目的はGMのミスのカバー。そして、大型アップデート時に実行するためにある。
今回はそんな、SGEの話である。
◆
β世界、旧世界、1号人類、などと呼ばれている世界がある。それは旧エレメンタルマスター・オンラインの事だが。別に失敗したから2作品目に移ったわけでは無い。全ては成り行き。自然の中の偶然だった。
そのEMOで起こった吸血鬼大戦やデート戦争こそ今では過去のもの。本当は旧世界や新世界と呼ぶのが正しいのかもしれないが。この先、同じ事が起こらないとも限らない。
よって、EMO2の惑星の事を戒めの意味も込めて『第2世界』と呼称することにする。
何でこのような話をするかというと。神道社にその各世界の歴代マスターを新たに招集したからである。
しかし、ここでちょっと問題が起きた。
世界が元の状態にリセット、やり直し。リピートや巡廻していたと知ったのは今さっきで。運営陣はともかく、GMである社長は把握していなかった。だから誤解の無いように順番に羅列すると。このようになる。
『第0世界』のマスターは無秩序な戦争回。
不動武は1代目エレメンタルマスター。
湘南桃花は2代目エレメンタルマスター。
(ちなみに桃花はマスターだと、今聞かされた)
『第1世界』のマスターからは大会形式で、既に2回目の大会が行われた。
将護三ッ矢は3代目エレメンタルマスター。
凪ノ唄夜鈴は4代目エレメンタルマスター。
そして『第2世界』のマスターは不在。という形で。
その上で、第3回エレメンタルマスター大会が今回行われるという形である。
『第1世界』は大会によりマスターの称号を決定していたが。『第0世界』はれっきとした戦争だったので。大会の貞操をしていない。
そんなこんなで、湘南桃花は神道社の運営会議室へ嫌々と、訳もわからず招かれていた。
前回はトッププレイヤーという肩書きだったが。今回は歴史の修正上。『第0世界』のマスターらしい。
「いや、知らんし!?」と桃花は言うが。称号というものはそもそも皆から認められなければ成立しないので。ある意味正しいマスターだった。
「要するに、大型アップデートのために神道社総合委員会のメンバーの他に。新たに歴代マスターも会議に参席して欲しいってことでしょ?」
話が長くなったが。桃花がまとめた要に、つまりそういうことである。
今回新しく招かれたのは『第1世界』のマスター。
三ツ矢と夜鈴。共にギルド『四重奏』の2名である。
『第0世界』の武と桃花は、肩書きが変わっただけで参加対象である。ちなみに、セミプロである天上院咲や、ただ強いだけの浮遊戦空には。参加資格は無い。
「今後、マスターの称号を得たらSGEの参加資格を得られるって事で良いのか?」
「その認識で呼んだのじゃ」
三ッ矢の質問に、姫社長が答える。
エレメンタルマスターの肩書きは一朝一夕で手に入る生半可なものではない。
それぞれの歴史や時代の頂点。そう受け取った方が良い。ポ〇モンで言うと、それぞれの作品。現実世界の公式プレイヤーチャンピオンの座と遜色は無い、
さらに、もう一つ変更点を言うと。最高人工知能の座に変化があった。
最高人工知能に。天命アリス=スズとヒルドを置いていたが。会議内で「この2人には荷が重すぎる」と判断され。実質の降板の形を取った。これは両2名にとっては良いことである。
代わりに相応しいと判断されたのが。この両2名。
人工フラクトライトの星王マゼンタ。
人工フラクトライトの初代運営長シアン。
現実世界に肉体が無い、魂だけの存在にも人権が与えられているのは、他のゲームと比べて珍しい。
こうして、大型メンテナンスを最終決定するためのメンバーが決まった。
ゲーム運営長、猿山坂尾。
業務運営長、舞姫。
日本国の政治家、今泉善次郎。
アメリカ国の政治家、ジョン・サーガ。
最高人工知能、マゼンタ。
最高人工知能、シアン。
1代目マスター、不動武。
2代目マスター、湘南桃花。
3代目マスター、将護三ッ矢。
4代目マスター、凪ノ唄夜鈴。
神道社社長、天上院姫。
以上11名を持って、『神道社総合委員会』の正式メンバーとなる。
「さて。ではこれから、SGEの話をするための会議を開こうと思う。合否は平等に多数決だ、皆気をつけるように発言・決定してくれ」
姫社長の挨拶と共に、大会議が始まった。
◆
「さて、何から話そうか」「話すことが多すぎるな」
「お茶とか用意します?」と、一通りの素振り。雑談を終えた後に、発したのは星王マゼンタだった。
「俺から良いか? 姫、加速世界についての論文を読ませてもらったが。アレについてはどうなってる? 実行するのか? 俺はお前の口から聞きたい」
と言うことだったので、姫社長は色々と悩みながら言葉を選ぶ。『同意制魂初期化時空の論文』は確かに画期的ではあったが、机上の空論を出ない。
「様子見、というか。まだ速いかな。私達姉妹は中学2年生目の夏休み後半戦に差し掛かってきた状態じゃ。このままVR世界を等倍速度で中学を卒業もアリかな、とも思ってる。そういう始まりと終わりを一度等倍で体験した後に。加速世界の実装。それでも良いと思っている。ま、意思はまだ弱いが」
星王は続ける。
「その、等倍で過ごしたいという根拠は?」
「咲と、妹と一緒に歳をとり過ごしたいから」
姫にとっても桃花にとっても。他の委員会員を納得させるのにも十分な動機だった。
加速世界を使用したら、現実世界との魂やら命やらの寿命はどうやったって差異が生じる。
それだったら、愛すべき家族と同じ時間を共有して生涯を過ごしたい。
マゼンタにも、それは痛いほどに判ることだった。
事の原因たる桃花も右手を上げる。
「賛成。ことの発端はどうあれ、仮想世界で200年の差異とかいうものが有って。歴史の一部として残る、なんてのは。無かったら無かった方が良いと思う」
過去の過ちは直せないとしても。やっぱりそう考えてしまう。1人の意見としてはもっともだった。
姫社長がその流れで多数決を取る。
「じゃあ1つ目。EWO2は現実世界と同等に『等倍速度』で時間進行する。これの多数決」
神道社総合委員会のメンバーは、目の前にある。
〈賛成・反対〉どちらかのボタンを押す。
単純に作られた機械が、11人分の多数決によるジャッジを下した。
《賛成10人、反対1人。仮想世界EWO2は『等倍速度』で可決されました》
これには。全員賛成だと思っていたので、姫社長は「ん?」とアメリカ合衆国代表。ジョン・サーガに疑問を投げかける。
「ジョン、というかアメリカは何か不満があるのか」
ジョン・サーガは発言権を得たので改めて回答する姿勢を取る。
「非人道的だという意見は初めから考慮するが。その加速世界は本来軍事転用だったはずだ。加速世界なら金になるが、等倍速だと金にならない。というのが単純な反対意見だ。金になれば、結果的に運営が長期的に保証される。自分の家庭も安定する。長く運営できれば長く仮想世界もリアル時間で存続できる。そういう意味での反対だ」
等倍速度ということは、1人のアメリカ軍人の熟練度を下げることとなる。即ち、命がかかっている。
安易な等倍速度だと、運営する家族が長続きしない。という意見だった。その上で「だが私は賛成派を否定しない」とも付け加える。
「道徳的に、それが正しいのはもっともだからだ」
アメリカは常に戦争国家だ。世界的に見て治安の良い日本とは違う。そこが大きな隔たりだった。
「ふむ、反対意見も把握した。それらを考慮した上で。次の議題に行くぞ」
姫社長が進行を別の議題へ移し、続行する。
議題はどれもコレも責任のある題材で。中々一筋縄でいきそうには無かった。
「次はいよいよゲームのシステム的バージョンアップ。レベルキャップ、上限開放についての議題だ」
◆
ところで、プレイヤー。または読者の方々は『レベルキャップ』という言葉をご存じだろうか?
プレイヤーキャラクターやペットなどが、レベルアップできる上限のレベルのことであり。アップデートで上限が引き上げられることがある。
レベルキャップに到達してしまったキャラクターも、引上げ後は更なる高レベルを目指すことが出来る。
今回のバージョンアップによる『地図エリア拡張4』の時に。EWO2の全ての職業レベルのレベルキャプは。
今までレベル100が上限だった所を。
職業レベル130まで引き上げた。
ついでと言っては何だが。
VRMMOのゲームとゲームをまたぐシステム。
二代目世界樹『クロニクル』が管理している。
全てのゲームのプレイヤーレベルキャップは。
レベルキャップ50で統一されている。
これは、プロでもアマチュアでも初心者でも関係ない。守るべき絶対のルールとして機能している。
ルールなのでこのルールを破れば、ルール違反として取り締まる絶対ラインだ。
もちろん、このルールをあえて破ってゲームをプレイするのは自由である。
数字は嘘をつかないし、ここを誤魔化すと重大なロジックエラーを犯し。運営陣は修正することになる。
1+1=2と数字で書いたら。この式は何年経とうと1+1=2で、それ以上にも以下にもならない。
ノイズが一切混じらないからだ。
つまり、何が言いたいかというと。
エレメンタルマスター・オンラインも。
クリスタルウォーズも。
ファンタジア・リアリティオンラインも。
エレメンタルマスター・オンライン2も。
その他、数多に繋がる全てのゲームも。
少なくとも今現在。
全ての職業レベルキャップ130。
全てのプレイヤーレベルキャップ50。
この数字を間違えると虚偽表記になる。
今まで散々観てきたプレイヤーや運営なら解るだろう、その数字を扱う難しさ。
だから今まで数字を表記することをしなかった。
しかし、今は違う。
アリスという存在を理解し、ゲーム上の盤面に出した時点で。クロニクルは操作出来ると判断した。
よって、これから先のゲームではそこの数字に乗っ取ってシステムが動くので。プレイヤーの皆様方は十分に、十分に注意されたし。
(何でここまで厳重注意するかというと、ゲームマスターである天上院姫の方が失敗しそうで気が気じゃ無いから。むしろ成功した試しすらない。)
例えば、0から1000までが。このゲーム世界の最高数値だと明記すれば。本物の学者や数学者は。
そこから、3000回愛してる。
と螺旋を使ったりして、数字を叩き出す事だって可能にしてしまう。
解決法は2つ。
1つは全く数字を使わず物語を表現するか。
もう1つはずっと数字とにらめっこすることだ。
ルール1・2・3など。数字に意味を持たせる行為も、結局は数字に計算式を編み込んでいる行為なので。いつかどこかで、必ず数学の式とぶつかる。
姫社長が、委員会に次の議題を出す。
「ズバリ。職業レベルの上限130、プレイヤーレベルの上限50。これでいいかの議論に入る」




