第36話「第1次姉妹喧嘩2034◆3」
ガードが効かないのなら避けるしかない、咲は全力で歪む3D空間を避けた。
「ちなみに他の念波を使った時はそれしか使えない、今なら攻撃が効くぞ我が妹よ」
わざわざ今は攻撃が通るぞと教えてくれる姫、完全に余裕の表れであるが姉妹に隠し事は何一つ許されないという信頼の証でもあるのかもしえない。
「言われなくても!」
「ちなみに童はレベル1だから一発でも食らったら即終わりだっよっと!」
今度こそ姫は自分の忍び刀で咲の剣をガードする。そのまま2撃3撃と刀を撃ち合う。相打ち相打ち相打ち咲の負け、相打ち相打ち相打ち咲の負け。そのまま咲のHPゲージを半分まで削り取る、流石にレベル1だったので時間はかかったが圧倒的な、実力差が姫を支えていた。レベル10対レベル1の戦いだが観る人が観たら素人VSベテランの図式が色濃く分かる試合になっているだろう、片方は無闇やたらと攻撃を振るい、片方は無駄なく攻撃の隙を突いてくる、ガードの仕方も上手い。通常攻撃もガード、フェイントもガード、攻撃をした後の隙を回避でガード、全く綺麗な流動を観ているかのような錯覚に陥る。エボリューション2を発動中でこれなのだ、一分すればこの戦いは終わる、そうすれば更に圧倒的な実力差が待っているだろう。〈エボリューション3〉を発動する手もある、だが禁断の秘奥義を考える時間が必要だった咲、秘奥義を一度やってしまったら24時間経たないと使用はできない、だから〈エボリューション3〉を使うわけにはいかなかった。使えなかった、もっと別の新しい可能性にカスタムするために。そして1分が経過する。青色のオーラは減少しシュウウ…と音を立てて減速した。
「ハアハアハア……」
「ふう……どうした?手頭まりか? なんだったら秘奥義を使ってもいいんだぞ?」
(わかってる…ここで秘奥義をカスタマイズしなおして二度とゲームをできなくなってもいいとか規制をすれば勝てるかもしれない…それ以外にいい案が思いつかないし半端な秘奥義じゃお姉ちゃんには届かない…エボリューション2の状態で圧倒的実力差があるんだ、念波とか使わなくてそれ程までに実力差があるんだ。恐らくエボリューション3になっても結果は変わらないだろう……。半端じゃ勝てない、勝てなきゃフェイは救えない、彼女から笑顔が戻らない。最終決戦のつもりで……最終決戦のつもりで…最終決戦なら私はどうする…?ここで使わなきゃ……一生悔いが残る。でも……それで起こる代償は……。わかってる、わかってるつもりだ、それで起こる代償はとても払いきれるものではないけど、でも今やらなきゃ…!あの子を…フェイを助けられない……!)
咲は秘奥義のカスタム欄に画面を移す、そして能力と規制の欄がプレイヤーの前に現れる、当然戦闘中だったので姫にも見えているのだが咲の悪あがきを見届けるため、全力を見るため、その動作を見届ける。
「おいおい今更秘奥義をカスタムするのか? 何かいい案でも見つかったのか?」
制約はバネ、規制をきつくすればするほどその威力は増す。咲は秘奥義の能力を単純明快なものにする、そして規制は……、どれぐらい規制するのかの欄に入った。24時間、1週間、一ヵ月の規制欄を超えたあたりで姫の余裕はなくなり顔面蒼白になっていった。
「おい、咲……一体何をやっているのだ…?」
ピピピピピピ! と増えてゆくクールタイムの時間数値。
「や……やめろ咲! お前……一体何をやっているのかわかっているのか!」
1年、10年、50年と増え続けるクールタイムの規制。
「秘奥義の名前は……〈エボリューション極〉」
「お、お前……それほどなのか……それほどまでに、フェイの事を……」
「そう、つまりこれは……二度とゲームをできなくなってもいいということ……」
「私より……フェイの方が大事なのか……」
「お姉ちゃん、言ったよね…最終決戦のつもりで行くよ……!」
咲は秘奥義のカスタム変更欄にOKを押した、もう後戻りは出来ない。咲はすぐさま秘奥義を発動する。
『溢れ出る魔力よ、限界を超える! はぁー!! エボリューション極!』
オレンジ色だったオーラは青色に変わり、それから金色に輝く黄金のオーラを纏って姫の前に忽然と現れる。そこには凛とした花型のドレスを纏った姫騎士、天上院咲の姿があった。どこかの豪華なダンスパーティーに出席する時のような、人が一生のうち一度しか着れるか着れないかわからないウエディングドレスを身にまとってるような。服のデザイナーがあまりの衣装の細かさに「もうこれ以上の衣装は二度と作れない」っと賽を投げるような。力いっぱいこれ以上の衣装はあり得ないというほどの【花型の姫騎士のドレス】を纏っていた。
――ステータスは全て9999だった。HPも9999だった。MPも9999だった。
――数字上もうこれ以上は無いと言うほどの攻撃だった。
――物理上その攻撃は今後二度とないと言うほどの咆哮を上げた。
――その力は誰も見た事が無いと言うほどの圧倒的な力だけがそこにはあった。
――その脚力はもはや誰も追いつけないほどの唯一無二の速度を持っていた。
――その命中率は1km先の標的を射止めるほどの命中率を持っていた。
――その魔力は大魔術師が一生を賭けても到底及ばないほどの圧倒的な魔力が備わっていた。
――その体力はマラソンのように惑星アナクシマンドロスを何十、何百、何万週走ってもしても疲れないほどの無尽蔵の体力を持っていた。
――その知力はEMOの全ての専門用語を正確に理解できるほどの完全記憶能力を持っていた。
――その運は0.001%の砂金を見つけられるほどの豪運を持っていた。
――剣を一振りすれば地面が割れ、真空波が飛ぶ。
――走れば光を追い越し。
――必殺技を放てば隙が大きくなるのでもはや通常攻撃の方が強いという領域に達し。
――魔法は上級技を打ち放題、演唱時間も0.1秒、威力もすべて9999ダメージのマックス。
――自然回復も1秒でHP9999回復するので実質死なない無敵状態。
――宝箱を開ければ全て一つしか手に入らないレアアイテムを手に入れてしまいそうな気がした。
――神に祝福されたような天性の才能を持ったような。
――全ての重りを外されたような。
――ゲーム上許された最大級の富を得たような。そんな感覚に包まれる。スペックは最大級。
だが、これはゲームである、理論上全てのステータスがマックスでも元の咲は普通の人間。
その力は男以下。その脚力は犬以下。その命中率はたかが知れてるし。その魔力はそもそもない。その体力は学校のグラウンドを3週すれば息が上がるし。
その知力は学校の授業の内容をほとんど覚えられない。
その運はおみくじで小吉を引くほどの運のなさ。
その名声は全くと言っていいほど無名である。
体で走ったと実感した時にはすでに光を追い越し惑星アナクシマンドロスを1秒間に7回半回ることができる速さで咲自身は混乱したが、驚異的な感と運と視力で「あっちにピュリアがあるな」と理解しすぐさま戻りそのまま姫に文字通り電光石火の攻撃を与える。
それだけでもでたらめな強さを発揮している咲だが姫の方も負けてない。
その極限状態の咲の攻撃を〈見ないでガードした〉ガードすれば全ての攻撃は0になる、ピュリアまで戻って来た咲は魔法を発動する。
「テラ・ファイアバード」
具現化した火の鳥は姫に向かって追撃を行う、逃げても追われるだけだと判っている姫は通常攻撃でこれをさも当たり前のように相殺する、相打ちにする。
魔法は点検する時に、チャックするために何度も見た、だからパターンも軌道も読みやすい、でも問題は通常攻撃。慣れてるのならまだ軌道は読みやすいがめちゃくちゃな操作をしているせいでどういう攻撃をしてくるか読みにくい、ベテランプレイヤーを相手にする方が読みやすいという格闘ゲームをやりこんでる同士のアレだ。
今の咲と姫の戦いはスペック最強の咲はどう操作すればいいのかわからずコントローラーを滅茶苦茶にボタンを押してるような状態であり。
方や姫は一発食らえば即死亡、コントローラーを滅茶苦茶に押してる咲の攻撃をなんとかして全部耐えきるというどっちがボスでどっちが悪役でどっちが正義なのかわからないような状態だった。姫は咲の決意に嘆いた、もう一生EMOというゲーム出来なくなってしまったという事を知ってしまったからだ。咲の為に作ったゲーム、まだ5個も次のステージがあるのに、まだ全然遊んでないのに、遊び足りないのに、これが最後のゲームで最後の遊びになるなんて信じられなかった。だからこそ姫は戸惑いの中気持ちを切り替えた、他のエボリューションの規制と違い3分や1分で切れる能力じゃなくこの試合の間、発動中ずっとその効果が続くことに安堵した。できれば永遠に、永久に戦っていたいがそれも叶わぬ望…、ならば今を全力で楽しもう、全力で挑もう、咲の覚悟を無駄にしないために全力で遊ぼう。
――そう誓った。
場は刹那の陣を咲は乱暴に力の限り暴れ、姫は綺麗な演舞を踊っているような流麗さで戦っている。目にも留まらぬ早業で攻撃を避け、受け、いなし、反撃し、魔法が踊り、剣が舞い、足がステップを踏む。互いに全力、後にも先にも二度とない、未来永劫存在しない、この時を逃したら二度とない、一生ない。人が火事場のバカ力や、今を全力で生きなければ後で死にたくなるような、この戦争で負けたら家族が死ぬ時のような、今が人生の絶頂期なんだと自覚できる時のような。そんな表現する言葉が見つからないような、まさに必死、一生懸命、死にものぐるい。これが終わったら死んでも良い、真っ白な灰になっても良い、だから神様どうかこの刹那の世界0.1秒という戦場を全力で味あわせてくださいと懇願するような。
そんな……、殺陣。
本来ならば咲の滅茶苦茶なプレイの隙をついて冷静に、間合いを見計らって隙を待ち、相手の失敗を待つのがセオリーだろう、だが姫は〈全くその逆の事〉を考えていた。
天上院姫の思考はこうだ、0.1秒刹那の殺陣の中で姫のアドレナリンは上昇し思考は高速回転を続けていた。咲が本気を出してくれた。咲が私を見てくれた。咲が全力を出してくれた。咲が飛んだ。咲が攻撃した。咲が混乱した。咲が怒った。咲の全力に答えなきゃ。咲の為にこの戦闘は最高の思い出にしなくちゃならない。咲の為にフェイ以上の思い出を。咲の為に手加減なんて論外。咲の為に隙を待つなんて失礼。咲の為に今を生きる生きてる。咲の為にしゃがまなきゃ。咲の為に避けなきゃ。咲に助言とかしたいけど戦闘中に喋るのは失礼。咲の為に攻撃しなきゃ。咲の為にここは煽っておこう。咲に踊らされるなんて最高。咲が踊ってる所を特等席で見てるのは私だけ。咲は私のためだけに。咲の為にこの戦闘は二度とゲームをやれなくたって構わないそれほどの強い思いで挑んでくれているそれに答えなきゃ。咲の為。咲の為。咲の為。
姫は咲に聞こえるように大声で叫ぶ。今まで隠していた隠し玉。
「それで勝ったつもりか! 念波!」
全力には全力を、そうしなければ相手に失礼だ。何より二度とゲームをできなくなっても構わないほどの代償と力を得ている咲に、こちらはなんのリスクも覚悟も力も示してないと来たら末代にまで笑われてしまう。
姫は正々堂々〈最終決戦のつもりで〉全てを出し切ることを誓った。




