第310話「愛情」
西暦2035年7月20日、放課後。神道社、社長室。エレメンタルワールド・オンライン2、仮想世界、運営管理ホーム。
ゲームマスター天上院姫はそこに居た。
今回のログイン状況は神道社の運営、全社員が見届けている。1対1の密談では無く社員全員が観ているという体だ。一番重要なのは重場ヤイバという重要存在を、神道社運営全員に認知してもらうことだ。だからこの映像はライブ中継であり、録画もしているし、ログも残る体にしている。
「システムコマンド、ID、重場ヤイバ」
デジタル世界で、姫は誰かを呼び出した。それは、他の人から見たら初めての顔だった。デジタル世界という広大な大河の中、1人の残留思念を探す。
《システムコマンド、管理者権限。並びに最高ゲームマスター天上院姫の権限で重場ヤイバ様とコンタクトをとります》
そしてその男はデジタル世界から現れる、この男に肉体は無い。もうすでに肉体は滅び、死んでいるからだ。
『久しいな、こうやって面と向かって話すのは初めてか……』
密談で会話したのは2回あったが、こうやって運営全員に認知されて話すのは初めてという話である。
「ざっくりお前の経歴を調べたが……。お前が死んだ時、私は2歳だったからな。まともに会うのはコレが初めてだ」
『そうか……』
「いきなりで悪いが今回のログは残させてもらう。プレイヤーの方はどうだか知らんが、少なくとも神道社の社員には認知してもらいたくてな。今後明るみに出ることも考慮して喋ってくれ」
『責任感のある君らしいな、やっと本来の自分を取り戻したか』
「差異はあるが……。独り言で喋るのと、面と向かって喋るのでは別物というわけさ」
運営社員は置いてきぼりの会話にただただ一字一句聞き逃さないようにかたずをのんで見守る。
「おい、あれが重場ヤイバって男なのか?」
「ああ、13年前。大量の人間を虐殺したフルダイブVRで、デスゲームを発生させた張本人。首謀者……」
「それが13年間ネットの海の中を彷徨ってた話なのか?」
「姫社長となにか関係があるのか? まさか当時のデスゲーム事件に関わってたとか……」
「バカいえ、当時2歳だぞ? いくら天才児とはいえ2歳じゃ何もできないだろ……」
ざわざわ……、ざわざわ……。運営社員の戸惑いが聞こえる。
姫社長は、ヤイバに質問を投げかける。とてもとても重要な質問だ。
「今回、重場ヤイバを呼び出したのは他でもない。『動機』だ……あのデスゲーム事件をひき起こした動機を、ここに居る社員全員と共有したい」
『つまり、白状しろと。そういうことかね』
「すでにプレイヤーにも被害者が出てる。……運営陣が知らないわけにはいかない。そういうことだ」
『なるほど、では。長~い話になるが。それでも良いかい?』
「知りうる限り、全部話せ。その上で、お前の屍を超えてゆく」
『ふむ、君らしいな。では話そう……昔々あるところに……』
その後は淡々と物語が進んで行った。
◆
西暦2035年7月、エレメンタルワールド・オンライン2仮想空間内部。
「無理しないでね。【何でも言って、ちゃんと聞くから】」
「リミッツ……、うん十分に気をつける。頑張る!」
「だから、頑張り過ぎないでって言ってるの!」
「あ~そっかそっか、オッケー。了解」
湘南桃花とオーバーリミッツとの小気味よい会話がされたあと。こうして、ギルド中央広場の受付嬢として、足を向けて歩いて行った。ゆっくり確実に一歩ずつ……。
と、そこで。ふと、足が止まった。
「あ~しまった……」
リミッツに教わり、自分の頭で考えて回転させて。ようやく理解する。
「過去の自分が殺人へ導いちゃったから、他の人も真似て殺人をする。それをヨシとしてまた殺す……。そして今、私は過去の殺すという行為を何とかしようとして過去へ。その繰り返し、悪循環になってる。つられてしまう。だから私がやらなきゃいけない事は、例えば蒼葉くんを良い子に育てる……とかかな」
「よかった、戻って来てくれて」
自分で言うのも何だが、過去にロクなものがないな。と思う桃花。
殺す倒す滅する。この悪循環から抜け出さなきゃダメだ。
「止めるという行為は、間違ってなかったんだ。私は、毒は。殺意という善意は、あちゃいけない。それだけは解る……」
自分に言い聞かせるように言う。
オーバーリミッツはにこりと微笑むように寄り添う。
「良かれと思って殺したなんてことは、あっちゃいけない」
そう想い、改めた。長く間をとって、改めた。長く深呼吸して、そして今度は空を見上げる。
「……、久しぶりに空を飛ぶ練習でもしようかしらね」
長く忘れていた、空を飛ぶ自由度を求めた。空を、長く、長く、見つめた。
◆
運営管理ホーム。重場ヤイバの答弁は終わった。
「なるほど、良かれと思って殺した。か、お前らしい。いや……変わらないな。動機が2週ぐらいしてる」
天上院姫は目を細めた。
『キミに言われたくないな』
「言えてる、ま。私は元から人間をアリンコと思ってるからまだ良い方さ」
良いも悪いも無さそうな例えである。どっちも悪には変わりない。
ゲームマスター姫は全運営に号令を出す。
「ということだ全運営の諸君! 今後はそれこそが倒すべき敵だと! プレイヤーにも! 自分達にも言い聞かせろ! 以上だ! 解散!」
運営社員に倒すべき敵の指針を指し示し、そして動き出した。
「これで、治まってくれればいいんだが……」
『それで過去が帳消しになるわけでもあるまい、だが言わせてもらうぞ。ゲームマスター』
「?」
『君は君の人生を歩みたまえ、天上院姫くん』




