第303話「運命時計2035」
中国のゲームマスター。希一十はゲーム内で、時計型の機械を天上院姉妹にそっと置いて見せる。
「ん? この時計は何ですか?」
「げぇ!? 『運命時計』じゃないか!? 完成したのか!?」
「いや、まだだ。まだ実験中の段階の代物ダ」
一十はそう言ってその『運命時計』をの説明をする。
「これはルールとか制限を取っ払った状態の完全なる【タイムマシン】のつもりで置いていル」
だいたいわかった姫社長が、過程をふっ飛ばして話す。
「過去にって、……何をどうする気なのじゃ? わしは今のこの状況で十分満足しているが?」
「ん?」
疑問視する咲に、一十は続ける。
「本来は1日限定ループで遊ぶような代物だ。そしてわかった事がいくつかあル」
「というとなんじゃ?」
「情報、つまりログを多く持っていないプレイヤーに使っても。効果は薄いということダ。今の設定上では、1万文字のログを蓄積して、1回。好きな時間と場所にタイムトラベル出来るようになっていル」
「え!? それって大丈夫なの!?」
「今のところ失敗続きだが、理論上は大丈夫なはずだ」
「はずだって……成功してないんでしょ?」
「ああ、成功してないし。量産も不可能だった。だが、今回は失敗を前提で動く」
「ん? なんか嫌な予感がして来た」
希一十は単的に、短く。結論だけを言う。
「最長文学少女ヤエザキ、君には並行世界を作ってもらいたい」
長い沈黙の後にヤエザキは理由を聞く。
「えっと、……何で私?」
「君は湘南桃花以上の、膨大な時間とログというデータを蓄積している。しかも、失敗してもなお歩き続ける図太さも桃花以上だ。完結に言う、今の君なら。2009年から2035年の26年間を。71回タイムトラベル出来る。間接的に、湘南桃花の因果関係に触れて来た君ならイケるはずだ」
咲は自分の物語を歩みたかったのに、桃花の物語に深く影響された。それを逆手にとったタイムトラベル、という話だ。
「こんどはこっちから彼女の世界に入り込む。そういう算段ヨ」
現状に満足している姫社長は、なぜ【いまさら】と疑問に思う。
「何でタイムトラベルで戻る必要がある? 全部終わったんじゃなかったのか? 希一十」
そう、桃花の物語は終わったのだ。その蓋を開けるということは。傷口をえぐるのと同じことだ。
「無理やり理由を付けるなら。この天上院咲の世界線は【桃花が世界のことを何も知らない世界線】だということダ、だがもう咲は知っている。これを【咲が桃花を導いた世界線だったら?】」
なるほど、と。姫社長はうなずく。
「原作者でありゲームマスターでもある私が【解ってる】のなら、桃花を正しく導ける……! 原作者の了承を得て、ゲームを進行できる」
でももし、2009年で時間をいじくったら。今の2035年は無い。あるかもしれないが、それはもう別の世界線だ。
「でもそれじゃあ時間に矛盾が生じるんじゃ?」
「だから並行世界を作ってほしいと言ったんだヨ。なに、気軽に冒険してみるといイ」
姫と一十はゲームマスター、だいたい知ってる。彼らは物語に関与するべきではないことを解っている。だから2人は阿吽の呼吸で互いに頷く。
「咲、簡単なことだ。今まで自分の物語を桃花に捻じ曲げられた歴史を。ちょっと仕返しに行ってこい」
責任重大な感じがするが、姫はこれまた軽やかに言う。
「なに、背中がちょっとチクっとするだけだ。問題ない」
代償は、背中がチクッとすることだけらしい。
で、ゲーム的な演唱呪文はそのままに。そのままゲームを続行することとなった。
「じゃ、行ってらっしゃい咲。ちょっと暴れ返してこい!」
「お、おう……!」
「あ、でも一つだけ。注意事項がある」
「ん? なに?」
それは一番厄介な思想だ。
「湘南桃花が一番強かった頃だ、要注意な!」
そして、咲は演唱呪文を唱え始める!
【祝え! 時空を超え、過去と未来を指し示す時の王へ命ずる! 我と汝が力もて、等しく正しく導くことを! ここに誓う! 極大魔法『運命時計』!】
――そして。
――2035年、神奈川県。咲は2009年の群馬県へ飛んだ。
運命時計、本来は1日限定ループをするために作られた代物。1万文字のログデータを蓄積して1回タイムトラベル出来る。成功したことは1度もない。




