第33話「我が可愛い妹」
「ふむ、話方からして貴様ら冒険者だな…お前らに恨みはないがヒルドとフェイに加担する以上は私の障害だ、安らかに消えてもらおう」
「くッ!」
「古文書の事を話したのはその方がヒルドが無力化できると判断したからだ、それが理由…!」
サキとエンペラーは武器を構える。
「やるぞ! サキ!」
「わかったよ! エンペラー!」
言葉の感じからして相手も人口AIだろう、変な事を喋ればそれによって色々変化する…なら敵なら敵らしく無言のまま倒してしまっても良い…、良いのだがそれは相手が話しても何も返してくれない無言のNPCの場合だ。この人口AIは思考があり会話が出来る、ならスタンプのありかを知ってるかもしれないという心理が働く。
「それはそうとケンタ!」
「ケンチャだ!」
「君はスタンプのありかを知らないかい?」
「スタンプ? なんのことだ?」
(知らぬ存ぜぬか……)
「何でもねえよ!」
サキが臨戦態勢に入りエンペラーが一歩前に出て地面を振り切ろうとしたその時!一つのベルが鳴り響く。体をゆするか、耳元で話しかけられた時に〈シンクロギア〉のほうで自動的に警告がメールとして届く、その時のサイレンだった。全く間が悪い事この上ないが咲はおどおどした状態でエンペラーを見る、エンペラーはその状態がどういうことかはっきりわかっていた。咲は自分の意志とは無関係に強制的にログアウトした。
電源をブツリと切られたわけではないがそれに似た衝撃を咲は感じた、例えるなら自転車で移動中に突然猫が飛び出してきた衝撃に似ている、心臓が破裂しそうなくらいドクンドクンと脈を打ち、呼吸が荒くなり、冷や汗がでる。がばっとヘルメット型ゲーム機〈シンクロギアをつけたまま咲はベットから上体を起こした。落ち着くのに数秒かかった「ゼイッハアッ」と声が自然と出てしまう。天上院咲をおこしたのは咲の母親である天上院幸だ。
「咲、そろそろ寝なさい。寝てる恰好だけど寝てないんでしょう?」
咲の母幸は咲に急かすように言う、現在深夜の0時、もう明日になってしまった。
そうだった、明日は学校でテストがあるのだったと咲は思い出した、と同時に現実に引き戻された。
「ああ……うん」
そうとしか言いようが無かった、「何するのよ今いい所だったのに!」と言うわけにもいかない。天上院姫は何も言わず、ただそれを見つめることしか出来なかった。ゲーム内では画面に時刻表はしっかりついている、その状態で0時まで遊んでいたと言う事はゲームにどっぷりハマり、集中していたことを指すのだろう。咲はそれしか言えなかった、反論する気もないし仕方のない事だとも思った、若干混乱している中、母、幸はドアを閉めて居なくなる。ちなみにいつも母幸は寝る前に娘達二人の顔を見に来る、そしておやすみなさいの挨拶をしてから寝るのだ、だから幸にとってはいつも通りの行動をとったに過ぎない。異常だったのは咲の方なのだ、突然フェイの死の理由を聞き、家が火事になり、これから「最終決戦のつもりで行くよ!」といつものキメ台詞を言う前にアラームがなる。
そして何事かと思ったら「もう0時だから寝なさい」である。全くもって理不尽な状態に半ば放心状態になりつつ思考を変える。
(そうだ、エンペラーにログアウトの理由を行ってない、突然ログアウトして何事かと思ってるかもしれないしもう一度ログインしよう)
そう思い立ち咲はすぐさまもう一度ログインする。
エンペラーは防戦一方だった、ヒルドはフェイを護っていて加勢は出来ない、少し離れた所でエンペラーとケンチャの戦いを見守っている。それはそうとしてこのケンチャ、エレメンタルと言う不思議な力を持ってるせいもあってか恐ろしく強いのである。まず早い、次に重さのこもったパンチを放つ、ついでに遠距離攻撃のかまいたちを放ってくるので街がまるでキャベツみたいにザクザク切られている。そんな中での咲ログインである。
「エンペラー!」
「おうよ!」
「ご……ごめん親にもう寝なさいって言われちゃって…」
「大体察しはつく、じゃあ寝ろ、こいつは俺が倒す!」
街が燃えている、飛空艇ノアの火が移って街全体に広がっている、消防隊が消火に取り掛かろうとしているがケンチャが邪魔をしてうまく作業が進まない、このまま咲が寝たら火が燃え広がるのは考えればすぐわかることだ。そんな中での「寝ます」宣言、なんとも情けないと咲は思う。
「で……でも……」
「平気だ、イフリート戦の時も一人だったし寝なくても3日は持つ、何も食べなくても3日はもつ、排出物も3日までは我慢できる」
その言葉に一瞬廃人のすごさを垣間見た咲であった、というかエンペラー/遊歩にはこれしか取り柄が無いのだろう。良い子は絶対にやってはいけません。悪い子も絶対にやってはいけません。
「わ……わかった、が……頑張ってね!」
「ああ……頑張る」
実際にはエンペラーにも学校はあって同じクラスで同じようにテストはあるのだが本人は行く気が無いらしい。咲はそのことを言いたかったしツッコミたかったがぐっと言葉を摘むんだ。そうして咲はログアウトして寝る事とにした。先の事が気になりすぎて全く寝付けなかったがとにかく根性で寝た、とにかく学校優先、それは絶対優先、そう心に念じながら。
「お姉ちゃん……」
「ん? なんじゃ我が可愛い妹よ」
「普通の日常をおくるって難しい」
翌日、登校中に姫に愚痴をこぼす咲、咲は今EMOの状況がどうなってるのか全力で気にしていた。別の世界とはいえ今までフェイが大切にしていた街が今も燃えている異常、その中で普通に登校しなければならない日常。はっきり言って当たり前な日常をおくることが異常とさえ感じでしまう。姫は咲が今どういう状況か知っている、ばっちり運営と言う名のモニターで監視しているのだ。
「まー……はじめはそんな風に感じるさ、念を押して言っとくぞ?「遊びじゃねえんだよ!」状態にはなるなよ?」
「うん……わかってる……わかってるけど……」
道を歩く咲の歩幅は重い…。テストは何とか無事終了した、しかし悪夢はこれだけでは終わらない、なんとテストは明日も、明後日もあるのだ。勉強しなければ学校の成績が落ちる、そう思いながらもログインするとそこにはぼろぼろのエンペラーとヒルドの姿があった。
何とか加勢するがこのケンチャ、恐ろしく強い、本来なら6人や12人で戦う相手なのだろう、それをたった一人で善戦していた。加勢に入ったのが16時~0時まで、今度は姫にゲームをやめるよう言い渡されるが咲は頑固としてゲームをやめようとしない、結局ゲームをやめず朝5時までプレイし続けた。
2日目。7時に学校へ登校、結果2時間しか寝てない咲、だがエンペラーは一日目も二日目も寝ていなかった、それを起爆剤にし頑張って登校した咲だったが、テストの時間に集中が途切れてテスト中にも関わらず寝てしまう。
3日目、やっとの事でケンチャを倒すことが出来た。エンペラーにとっては激戦だっただろう、攻撃を当ててもHPはほとんど減らずただ回避に専念するのみ。街が燃えていたがそこは他のNPCに頼るしかなかった、エンペラーから目を離せば街の人達に被害が及ぶ、ゲームみたいに一定の場所で戦い続けると言うわけにはいかなかった。そして人口AIとはいえケンチャも人間、3日も寝ずに戦い続ける事は不可能だった、人外が人間に負ける、フェイにとっては信じられないことだった。
(これが……冒険者……すごい…私じゃとてもなれない……)
そう思わせるほどだった。その後サキが到着し一緒にケンチャを倒した形となる。これによりフェイとの友情が芽生えた、咲はフェイとの友情を取ったのだ。ケンチャを倒したらスタンプが突然出現した、そしてスタンプを押す。目標達成だ、もうこの国でやることは何もない、これで終わり……。終わったんだ…。サキとエンペラーはそう思った。だが…本当の問題はここからだった……。反転してまた家族会議が行われる、咲の成績が良くなかったからだ。
「咲、何故呼ばれたかわかっているな?」
「………」
父親天上院大吾の声のみが部屋中に響く、場は重たい空気に包まれていた。
「まあ大体察しはつく、姫が作ったゲームが面白かったんだろう。だが学生は学業が本分、なのにこんな成績じゃ遊ばせるわけにはいかない」
「………」
父親は見てもいないのに大体的は得ている、この前姫の作っているゲームを一緒に遊んでいた『らしい』それで大体察しはつく。咲にとっては寝不足でこうしてる時間も惜しい、自分はフェイを救った、街を救った、エンペラーと比べたら微力だが役にたったはずだ、今の自分が出来る持てる全てをつぎ込んで達成した。それなのに…それなのに…、あんまりないじゃないかと眠気と理不尽さと相まって咲はキレた。
「何よ!お父さんなんか何にも知らないくせに!私がどんな思いであの子に会ってたのか!どんな思いで学校に通ったのか!どんな思いで勉強してたか!何にも知らないくせに!わかったようなこと言わないで!」
そういって咲は家族会議から抜け出した。
「………」
「………」
そして父はポツリと残った姫の方に話を持ち掛ける。
「咲は姫が作ったゲームにはまっている、その認識でいいか?」
「うん」
「ゲームを作ったのは姫だ、その結果咲は勉強を怠った、その認識でいいか?」
「うん」




