第255話「撤退も勇気だ」
~ステータス提示~
愛をもって成した者『湘南桃花』
《武器》
『速度の剣』……黄色い山羊の装飾を纏った剣。見つめる眼と共に、『偽の心の世界』を開く鍵にもなる。
『技術の剣』……赤色の山羊の装飾を纏った剣。見つめる眼と共に、『真の心の世界』を開く鍵にもなる。
《技名》
『黄金』……現金で出来ることは、何でもできる。
『真紅』……真実から出た誠の行動を具現化するもの、ガード不可。
『秘宝』……密室を作り出し弱い心を守る、トリックルームとなる。
《奥義》
『無償の愛』……観てくれただけで感謝する所作、特に意味はないが。念じて祈ると1秒攻撃。合掌して祈ると0.1秒の二段階攻撃。つまり【1ターンの1秒間で11回攻撃できる事となり】正直、道具や武器を持っていない時の方がツヨイ。更に直線・曲線どころか、熟練の攻撃技を型とし、型破りをしてくる。故に、理に叶った無限の攻撃パターンとなる。射程範囲は無限で、更に壁もすり抜け。ターゲットに必ず当たる。
《弱点》
一般成人女性並みの身体能力なので、弱点だらけ。サシの勝負なのでオーバーリミッツが居ない。
◆
前もって情報が手に入ってて良かったと思うヤエザキ。
「当たり前だけど、う わ め っ ち ゃ つ よ い !」
戦空は思った。
「前に戦った時よりも。弱 そ う」
「えーこのステータスでですか!?」
「だって装備品が山羊じゃん、なめプだろ?」
「そういうもんナンですかねえぇー????」
こと、湘南桃花という人物は。自分を弱く、過小評価する人物なのだ。とても弱くとても弱く自分を作り上げ。その上で強者に挑む事を喜びとしている。だが勝てるとは言ってない。
「ま、サシなんだから頑張れやヤエザキ」
「う、うん。おっし! ここが正念場だぞ! わたし!!」
ペチンと両手で頬を打つヤエザキ。「すう~……はあ~……」と深呼吸もする。湘南桃花が確認をするように言う。
「ヤエザキっちはこのゲームにケリをつけたいんだったわよね?」
「え? そ、そうね。回収できるフラグは全部」
「なら、そうね……」
一瞬考えてから。
「システムコール、西暦2035年から、西暦2024年に変更」
《ゲームシナリオの時系列を変更しました、現実世界の身体に影響はありません》
「?」
ヤエザキは不自然に思う、疑問に思う。
「ここは、ヤエザキちゃんにとっては11年前の過去。……またはこれから起こり、夢が実現するかもしれない可能性の世界線」
「……」
「今、この時この場所の75層でブロードは当時のゲームマスターと決闘をしている。第50層、真にこのゲームをクリアしたいのならば。【このデスゲームに勝ちなさい】勝って、生きて目覚めて。現実を生きなさい」
でも、それの意味することは。
「でも、それじゃあ! 桃花さん本当に死んじゃうじゃないですか!!」
桃花は今ある事実を淡々という。
「私にとっては、また胸がピクピクしてどっかに転生するだけよ。でも、軽くは無いわよ? 誰かの命を殺すということは……。これが第50層、マスター承認試験のルール。本当に『殺す生かす』をしたいのなら……来なさい!」
ビクっと全身が鳥肌立つヤエザキ、これが。あのデスゲームを。失踪ゲームを生き延びた者の気迫だった。
「私が死ねば、当時のゲームマスターと共に『一緒に死ねる』。私が勝てば、ゲームマスターが生きてる世界線になっちゃうけど……。まあラッキーよねそういう人生もあるってことで」
彼女の言ってる意味は解る。彼女は、死に場所を求めているのだ。ずっと、ずっと。そんな覚悟のある人に「死ね」と言って剣を突き付けられるほど……ヤエザキは……。
「無理です……、どんなに舞台や状況や感情を用意したって。理由を後付けしたって! そんな覚悟は私にはありません! だって! ゲームは楽しくやるものじゃないですか! 安全地帯で温かく遊ぶものじゃないんですか!? 家族団らんで幸せに暮らすのが! 豊かに暮らすのがゲームでしょ! なのに! ……勝手すぎますよ……ッ!」
ポロポロと、ボロボロと、涙を流すヤエザキは剣を落とし。膝をつく。それを見届けて、悟ったかのように桃花は言う。
「あんたは、のらりくらりと危険な道を避けてここまで来てしまった。今ならまだ間に合う《決闘をしない》をオススメするわ」
本当の人殺しの罪を犯す必要は彼女にはない、劇的で無くても。戻れる道があるのなら引き返すのも手だ。別に悪魔のシナリオに乗っかる必要はない。
「はい……《決闘はしません》……ぐす……。」
《ゲーム終了、第50層マスター承認試験。フロアボス『湘南桃花』、ヤエザキは『決闘をしない』を選択。マスター承認試験、脱落を確認しました。》
ヤエザキにそんな信念は無い、戦わずして桃花は勝ってしまった。桃花の圧倒的な覇気に負けた。
◆
――ログアウトします、お疲れさまでした。
「ぐす……ぐす……う、うえわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!」
頑張りたくても頑張れない、戦いたくても戦えない。覚悟しろと言われて覚悟できなかった、己の無力さを嘆いた。
今日、天上院咲は。初めて現実でも仮想でも。
泣いた。
人は覚悟が足りなかったもの。と言うかもしれない、でも。でも、殺す生かすをする前に、危機回避できた方がよっぽど賢いのだ。咲は『撤退も勇気だ』を地で行った。
それでも、やりきれなさだけが残った。
寝て起きたらゲームマスターの天上院姫が居た。姫が言う。
「誰も死なない道を選んだか。偉いな、苦しいな、辛いな……」
「う、う、う!」
決定的な一打が決められる。
「でも私と同じようにならなくてよかった……」
「うわあああああああああああああああああああああ!!!!」
「よしよし」
「お姉ちゃん、言ったよね? 覚悟なきものは去れって。私、無理だった。その場に立つと、足がすくんで。やっぱり無理だった……」
「まあ桃花は、正真正銘。愚直に突き破っちゃうからなあ~。いいんだよ、これで、これが正しい」
泣くことしか、悲しむことしか彼女には出来なかった。
◆
――ログアウトします、お疲れさまでした。
湘南桃花は現実世界で目を覚ました。オーバーリミッツが声をかける。
「終わったね」
「うん、でもやっぱり。私関係の犠牲者が出るのは、……やっぱり嫌だな……」
「でも、前に進める」
「うん、進める」
「まだ歩ける」
「うん、歩こう。一緒に」
「うん」
今回の結果はハッピーエンドこそならなかったが、バットエンドは避けられたという風だった。




