第244話「地ならしとスズの話」
現実世界。西暦2035年4月26日、放課後。
ハイファンタジー・オンライン『A1エリア』、運営管理会社神道社ネット支部。位置的にはA1エリアの東部にあたる。
ゲームマスターヒメとギルド受付嬢湘南桃花は、何もない。真っ白なトランプを並べていた。絵も何もない状態で、形だけの意味のないババ抜きを。
桃花が言う。
「あー、そっか第3層は【平成最後の大乱闘】の歴史があるわけだ」
ヒメが言う。
「そゆこと。狼に鷲、白と黒、エルフにゴーレム。あと森と温泉。そんな感じで構成されているエリアじゃ、今は」
「スズちゃんの関係だから私が呼ばれたと……」
「スズちゃんは被害者だからなあ~。お前はその時の保護者、だから第3層のステージ構成をどうしよっかなーと相談に呼んだ訳だ」
「テレビで見たけど……、大統領がここ数日が勝負だって言ってるから、なんかあるんでしょうね~……原因は解んないけど」
「で、このルート。なぞるか、それるか、飛ぶか、潜るか。……どうする?」
トランプを握る手が止まる。
「う~ん……むむむ」
考えて考える。
「ここをしっかり掃除すれば、綺麗に【令和最初の大乱闘】に持っていけるのよね? どうせこの感じだと、10日以内に終わるでしょ? 第3層」
「私の想像は適当だからどうでも良いけど。【皆の布陣】を観る限りそうみえる……」
「第3層と、概念系の第3階層って別物でしょ? ……誤字じゃん……」
「いや、わかってるけど。皆それで今まで動いちゃってるし……」
「ふーむなるほどねー」
「確か、決着がついた後。東西南北から【電車型の山羊を一頭】倒す。……で終わったわよね?」
「うぬ」
「ふむ。じゃあ自動車か電車か飛行機か選んで、姫っち」
「え?」
「えじゃないわよ、あんたのゲームでしょ?」
「えっと……、で。電車かな~」
「じゃあ第3層は『電車スタンプラリーゲーム』で良いと思います」
「……エルフどこいった?」
「乗せれば良いじゃない。電車に」
「お、おう……」
「んじゃ、あとはあんたの仕事でしょ? ルール作り頑張んなさいゲームマスター」
「なんか釈然としないが……、わかった。相談にのってくれてありがとう……」
「ファイト♪」
少し苦笑しながら返事をするヒメ。
「お、おうなのじゃ!」
こうして、第3層のマスター承認試験の大本は決まった。
◆
現実世界。西暦2035年4月26日、放課後。
ハイファンタジー・オンライン『A1エリア』、西区プレイヤー街。
スズは戦空を呼び出した。
「どうした」
「……、話がある。じゃないか、話を聞いてて」
直感と本能で察する戦空。
「また悲劇のヒロインか?」
「違う」
ここで風が来る。
「【私の話をするの】」
単的に短く、短すぎて主語が無かった。
「……、あんたは関係ないし関わってないから。本当は喧嘩したいし反発も起こった方が劇的なんでしょうけど……」
戦空は無言で聞く、聞く専門に徹した。むしろそれしか彼に選択肢はなかった。
「ノーリアクションを貫いてて。これが私なりのマスター承認試験よ」
「……わかった、でも始める前に言わせてくれ」
「……なに?」
「うちは助けない。お前が勝手に乗り越えろ」
「!……、言われるまでも無いわ」
「……。」
「じゃあ始めるわよ」
「あぁ」
冷たい風が来た。
「……私の中の私なのか。私以外の私なのかは知らないけれど、ピンクや赤や青、偽物にはちゃんと彼女たちの人生があった」
「……」
「でも、不思議な事に。そいつら全員、他の人と恋をした。私だけが、お前とは1%ぐらいしか恋愛対象にならなかった」
「……」
「それは私が、お前のことを……いや、勝つためとかライバルとか、喧嘩対象とかじゃなくて。ただ等しく平等に、お前は平等にただの子供のように。殴った、殴られた。それだけよ」
「……」
「やがて世間を知り。それは女性に対して失礼だとか。男じゃないとか、そんな世間体を学んでいった。そう、そんなことは知らないのよ。そんな常識……子供には」
「……」
「でも、今の私達は中学生。小学生じゃない、思春期に入り。体の構造が変わり、世間一般常識が身につく。だからもうあの頃のようにはいかない……。それが【普通の理詰め】、定かしら?」
「……」
「その後、外の世界を知り。鈴がどうとかリスクが危険とか石油とか、平和とか不可逆的だとか。理屈をこねた世界が広がってた。それが、世界を見たわたしの眼。ま、鏡は相変わらず私しか映さなかったけど」
「……」
「そうして帰って来た私は。……そうね、憧れていたころの私を着飾ってた。認識した私の想像を超えていた。だからそこには【背伸びした私しかいなくなってた】」
「……」
「等身大の私がいない……それが今の私なのよ」
「……」
「お前に話さなければ、そのことすらわからなかった」
「……」
「戦空」
「……」
「ごめん、……そして。ありがとう」
「……」
冷たい風がやんだ。
「もう話していいわよ」
「お、そうか。ふーん……色々あったんだな」
「うん、だから。改めて言わせて」
「うん?」
「【ひさしぶり】」
「……うん。おお、そうだなひさしぶりだな」
「……あーあ。齟齬とか時差とか空間の差異でわけわかんなかったけど、やっと戦空に会えた気がする」
「そっかー。……言葉って難しいんだな」
「戦空もちょっとは言葉を選べ、1ミリぐらい成長しろ」
「うん。そうする」
「無心・反射・直感じゃ。あんたの感想とか聞けないんだもん」
「感想言っていいか?」
「どうぞ」
「弱い」
「……、だから直感で言うなって。わかってるわ……」
その時、風がまた来た。
「でも何だろうな。あったかい」
「……。そっか、あったかいか。うん、悪くない返事だわね。こういうのなんだっけ? 下げて上げる?」
「知らん、そう思っただけだ」
「ふ~ん、そう言うことにしておくわ。で、試験の結果は~……」
「お」
「99点」
「……? 残り1点は?」
「秘密」
「……うん、わかった」
「へへっ」
「以上で、私からの試験は合格です。お疲れさまでした」
「過去最高に楽だった気がする」
「そりゃどうも」
太陽の光が照らされる。二人は、互いの齟齬を温め合った。




