第232話「運営したっぱA」
「ふう、今日の分終わりっと」
日が赤くなる夕焼け頃。深夜じゃないだけまだ奇跡だった。
ハイファンタジー・オンライン運営管理室。
仕事を片づけた運営Aが一息ついていた、深呼吸して周りの席を観る。観ると、どこもかしこも慌ただしいというか。いつも通りな日常が続いていた。ブラックかホワイトかで言えばブラックなのだが、ここの所少しお金周りが安定してきたので。どちらかと言えば「少しブラック」といった立ち位置だった。
「神道社社長が変わってから。メインシナリオの質は格段に上がったんだが、いかんせんシナリオ以外の所がなあ……」
運営Bがツッコミを入れる。
「でもシナリオの次にテコ入れしたのが、お金廻りで俺らは助かったよな」
「だよなあ、金が廻って来ないんじゃ。窒息死しちまうもん」
「技術のある奴しか生き残れない職場なんだよ! を貫いてたら。今頃うちの会社はブラック&ブラック、最後にはリアルデスゲームを初めてオシマイ。だったと思うぜ」
「最後には優秀な職員をAI化して社畜にしてやるのじゃ! のルートだったら終わってたぜ。デットエンドだよ」
そっちのルートに行かなくてよかったと、安堵する運営だった。プレイヤーの突拍子のないプレイは「あーまたやってるよー」程度で、もはや慣れてしまったが。お金が回ってこないと、本気で運営がリアルで死んでしまうので。結局そっちの方が死活問題だった。
極論、ゲーム画面がバグろうが。プレイヤーがバグろうが。メインPCがバグろうが。運営は直接的には死なないので、時間があれば何とかなる。
アカウントの死はプレイヤーにとっては死活問題だが、運営にとってはバックアップのデータがポンした時の方が死活問題なのだ。ミラーサーバーは常に作動している。停電しようが終電しようが、データが残ってれば何とかなる。しかし空腹やお金の枯渇はどうにもならない。
職をやめる、という選択肢もある。しかしそれは、ゲーム好きが憧れて。会社に就いたのに、長居できなくなるも同義だったので。できれば最終手段にしておきたい。そんな本音の会話だった。
「で、社長はまたメインシナリオに力入れるってさ」
「またかよ、もっと他に力入れる所ないんか? たとえばゲームシステムとか」
「まあ、シナリオが元だし。原初の神様とか好きだからな、そこは譲れないんだろうさ」
「最近じゃ、1人でシナリオを考えるのもやめたらしい。最低でも1人、サポーターという名の対戦相手が出来たとか。なんとか」
「サポーターねえ、まあ他社のデスゲーム事件なんかにならないようにブレーキ踏んでくれれば俺は何も言うことはないよ」
「ただ、1人でシナリオ作ってた時の方が。面白かったらしいぜ? 本人談だと」
「まじで? あれだけ書けて?」
「最近の奴、若者は。紅蓮のシナリオ知らないのか。……、今でも泣けて面白いってことで評判だぜ。プレイヤー絶賛だよ。本人はアレを超られないってことで困ってたけどな」
「金回り下げたらシナリオの質が上がって、金上げたらシナリオ下がるのか」
「本人は、金を上げた状態でシナリオの質上げるので必死ってことだぜ」
「まあ、崖っぷちの作家は最高なシナリオは書けるだろうが。俺は真似したくないね」
「言えてる。まさに天才の一品物、てことだろうぜ」
「うーん。世知辛い」
「俺らは、社長の心が折れた時に。いかにして回復まで持ってこさせるか、そこにかかってると思うぜ」
「社長の心の回復かぁー、簡単じゃなさそうだな」
「仮にだが。妹さん死んだらヤバそうだな、心の傷」
「あ、それはヤバそう。心の差さえなくなって、また天才の一品物ルート行きそう」
「それだけは、何としても阻止しないとな!」
「あぁ、それだけはフラグじゃなく阻止しないと。リアルがヤバくなる、マジで!」
「壊すのは簡単。積み上げるのは日々の行いって事なのかもな」
そんな運営ABCあたりの雑談のあと、定時の時間になり。会社をなんとか、普通に、退社出来たのだった。
会社での仕事を終えた運営Aは自宅へ帰り着く。家には猫が一匹いた。
「こいつのためにも頑張って稼がないとな」
そして、運営Aは自宅で。プレイヤーの掲示板を観る。
「あーまたこいつら好き勝手書き込んでるよ、無責任だなぁ」
仮に、責任を持って。使命感を持って書き込んでいても、そこには金銭は発生しない。無傷。どうあがいても無傷なのだ。
精神的なソレを除いても、だ。
「ま、俺らは俺らで頑張って。いい作品を作らないとな! それが結果的にプレイヤーへの恩返しになるんだ」
やられたらやり返す! 恩返しだ!
運営Aの好きな言葉だった。
西暦2035年4月22日。
今日の夜は何事もなくふけてゆく。




