第204話「エボリューション・白」★
かたき討ち。
勿論、天上院姫は天上院咲にそんなことは望んでいない。
「やめろ咲! お前が戦ったって! 過去は戻らない! これは【私達】が倒すべき敵だ! 咲じゃない!!」
「そんなこと無い! 私はこいつにお姉ちゃんをやられたんだ!! ぶん殴らないと気が済まない!!!!」
この思考に、この存在に、この愉快犯に、そして起こってしまった結末がどうしても許せなかった。
「咲! お前はここに見守りに来たんだ! 戦うことじゃない!」
「じゃあ! おしゃぶりでもして見てろって言うの! 親のかたき! いや! 家族のかたきに!!」
目の前にそういう存在が、魂が出現してしまったのならそうなのだろう。でもこれは、自分で自分を殴る行為だ。
戦いたい気持ちも解る。でも【今は】このイベントは、戦っちゃいけない気持ちも解る。
自分独りだったら、自己解決でそう言うことにすればいいのだろう。でも、そうじゃない。
解るから、賢くなったから。そうそうさせるのだ。
「お前の意思は、受け継がれて。【皆で倒す!】 だから咲! お前は止まってくれ!!!!」
「ふざけんな! 私がやらないで誰がやるんだ! 私じゃなきゃ! 私じゃなきゃダメだんだ!!」
泣きながら気持ちの激流を抑える。理性と本能がぶつかり合って、どうしようもない【弱さ】が露呈する。
そんな妹を……。全力でもって両腕で止める。
「ダメじゃない!!!! せめて1日待て!!」
アナザーヤエザキはそれをじっと見つめて待つ。
何の言葉もかけずその内容を【無視する】ことに決めた。それが【強さ】なんだと言い聞かせて。
「来ないならこっちから行くよ」
一歩、近づいてくるアナザーヤエザキ。
「!? システムコール! ID 天上院姫!」
「お姉ちゃん!? なにすr」
「【ヤエザキを強制ログアウト!!】」
「お――」
ギュン!
《ヤエザキはログアウトしました》
「…………」
アナザーヤエザキはそれを無言で見送る。その意味を理解する。それが【強さ】なんだと信じて。農林水サンはアナザーヤエザキに告げる。
「お前なら解るだろ? 待てるよな?」
「あぁ、待てるよ。待つよ」
それが【強さ】なんだと信じて。
「そのうえで潰す」
それが【強さ】なんだと信じて。
◆
現実世界。
天上院咲は考える。
再ログインは出来る。でも姉にあそこまで言われて入るわけにはいかない。せめて1日待てと。何かあるんだろう、超常的な能力がない私には理解できない。そして私の役目は見守ること。
今ログインをしたらまた冷静さを欠いて、……暴走する。なら。
「パソコン開いて見守るしかないか……」
せめて状況だけでも遠くから見ていよう。
「せめて今出来る事……、地図。……地図作り……」
鉛筆を手に持つ、しかし力が入らない。震えて鉛筆が転がる。挫けないで、折れないように。しなやかに……。
「……。」
ログインも出来ない、手足も動かない。ただ、観ることしかできない。イヤ、目でさえも瞑ってしまいたい……。
「何も残せない……。いや、まだだ!」
まだだ、もひとつ有る。
「祈るんだ、心の瞳で視ろ」
私はPCを消して、ベットに横になる。VRゲームはつけない。室内の電機はなるべくオフにする。
「……」
そして私は瞑想する。声にならない声で、小さく呟く。
《環る審判》
◆
仮想世界。
「お、やった。入れた」
ヤエザキが仮想世界に入って来たので、農林水サンはログを観る。しかし、咲のログが無かった。
「は? サキお前何やった。私のログには何にもないぞ!?」
「ちょっと魔法を」
アナザーヤエザキは驚かない。
『ステータス、オールゼロ……ですか。やりますね』
そして2人の剣が交差する。
キィイン!
互角、全くの互角。
「よかった、当たった!」
『なるほど、ログが無ければ。アップデートも出来ませんね』
「いやー自然の偶然よ偶然~」
『あなたがソレをお望みならば。私は【ガチ両手】で、あんたは【ガチ無手】でお相手しましょう』
「望むところよ!」
「さ、咲……」
ヤエザキは農林水サンに言う。
「お姉ちゃん、これが。今の私の全力よ!」
『では戦闘開始です』
とりあえず、色をイメージしなければならないなと思ったヤエザキ。だから決める。
色は『背景が黒くなるほどの白氷』だった。
ここに、『白い輪郭のヤエザキ』と『黒い輪郭のヤエザキ』の図式となった。
本物の白ヤエザキは笑う。
アナザーの黒ヤエザキも笑う。
「状態名は……『エボリューション・白』ッツ!!」
『エボリューション・極み……は、もう私使ってるんですけどね』
ギュン!
――――瞬間――――瞬動――――。
光速で動いたアナザーヤエザキだったが、まず速いのは良いがロックオン出来ない。ログが無いからだ。結果、目視で確認しようとするが。そもそも【イナイ】ので攻撃が当たらない。
なのに向こうは当たれと念じれば当たる。不平等に観えなくもないが、たぶん今はアナザーヤエザキのターンなのだろう。
ギイン!
剣と剣は一応当たる。
で、あるならば。
『手数・軽さ・ロックオン不可ですか。では【アップデートします】』
剣を交えながらアップデートするしかない。
手数は、戦闘時の念じた時の手数の多さ、多分。白ヤエザキは日夜攻撃の手を緩めることは無い状態にある。極端な話、寝てても攻撃できる。
軽さは、通常よりも視野が広く。重力の圧迫が無いに等しい。
ロックオン不可、は単にログが無いため。
これらを学習したので、その上限まで数値が上がる。彼女の上限アップは、例えばHPのMAXが9999だとすると。彼女が認識した上限のMAXになるので、想像の範囲の限界。今だったら仏教の数字。9999無量大数が今の彼女のMAXだ。【その数字を超えることは無い】、とは言うものの白ヤエザキのステータスは0なので。勝てる、のだが物資が無く透明なので当たらないのだ。つまり幽霊。
電気に幽霊を体当たりさせると。どっちが勝つか。とか、黒ヤエザキは知らないので。とりあえず念じれば白ヤエザキの攻撃は当たる。
つまり、黒ヤエザキにとっては。白ヤエザキの念じて具現化した瞬間が当て時なのだ。
学習した黒ヤエザキは剣を当てられた瞬間。9999無量大数の攻撃力と、9999無量大数の素早さで反撃する。
が、その神速の手の動きより速く。白ヤエザキは霊化し、素通りする。黒ヤエザキの攻撃が当たらない。
具体的に、物理的に言うと。手の動きより、念じた頭の動きの方が速いので。素早さはどうしようもなく白ヤエザキの圧勝という形で軍配が上がる。
『いくら素早く動けようとも、あなたの攻撃は私には効かないのではありませんか?』
黒ヤエザキがそう言うと、白ヤエザキはニヤリと笑う。
「私は攻撃はしない、出来ないからね。私は攻撃を【させる】のよ」
なるほどね。と感づいた黒ヤエザキは剣を収める。
『もういいわ。決着は最後に取っておく、今は賊3人組をターゲットに遊ばせてもらうわ』
「おーう、いいの? まじで? ありがとう!」
『メインディッシュは最後にとって置かないとね』
「私はデザートだけ食べに来たんだけどなあ~」
あはははは、と誤魔化す白ヤエザキ。何せ自分でも上手くコントロールできていない。
すると、黒ヤエザキは歩み寄って。手を差し伸べて来た。
『んじゃ、これからよろしく』
まさか2・3撃戦っただけで仲良くなったつもりなのだろうかと、怒りをにじませる。
「何のつもり?」
『私もエンジョイ勢よ、あなただったら善も悪も、光も闇も。全て受け入れられる。だから、仲直りのしるしの握手』
自分が自分に握手を求める。……そこには、誰か私の手を取って。という明確な自己表現にも感じられた。
「この結論も予測ずみだったの?」
『まさか』
微笑みを返すアナザーヤエザキ。
「まあ、出された手を掴まない手は無いわな……」
そう言って、渋々ながら手と手を取った。
『じゃ、私も【遊んでくる】よ~』
急に大らかになったアナザーヤエザキは、賊3人衆。カイ兄貴の居る最前線までジャンプした。
「あ”~~~~~~~~感情が震える……!」
アナザーヤエザキが居なくなったので、急に脱力する白ヤエザキだった。
農林水サンもこの状況には困る。
「う~ん、目新しさはあるけど。……この状況、他のプレイヤーには何て言ったものか……」
攻略組ガチ勢の動向が気になるところである。




