第22話「私は妹が好きだ。」
近衛遊歩は咲のために武器強化のための素材集めでもやろうかと思ったがやめた、一度ログアウトして学校の宿題を見る…やっぱりわからなかった。学校の授業に追いつけないのは絶望的に明らか…、さらにいじめっ子達も居る…そのことが遊歩の足を更に重くする。
外には咲が強引に引っ張り出した、次は学校、そこに咲は待っている、一度ならず2度までも、彼女は僕のことを待っている。僕は弱い…勝てない…全てに…何もかも…、そんなことは自分が良く分かってる、いや…わかっていないのかもしれない…でもこれが僕の限界なんだ、限界、天上、超えられない壁。勇気の一歩が…どうしても…出ない…。
「ちくしょう……ちくしょう……」
ゲームでは咲に勝てたのに、現実では全く咲に勝てた気がしない。その夜、近衛遊歩はしとしとと小粒の雨を降らせて、泣いた。
ここ桜ヶ丘中学校の中では一応携帯の所持は一応OKと言う事になっている、ただし授業中は電源をオフにしておかないと授業中に着信音が鳴ったら没収される。咲は授業の合間にゲームのチャットをやっていた、EMOは携帯版にも対応しており一応大雑把なプレイなら出来る、チャット程度だったら携帯で入力できるので咲はログインしつつチャットを一時的にやっていると言うわけだ。
◆掲示板◆
サキ【マリーさん今どの辺なんですか?】
マリー【え? 私? ん~と…うっぴーの所らへん?】
夜鈴【それって一歩も進んでないのと変わらないじゃないですか…】
サキ【じゃあ……双矢さん達は?】
双矢【俺達はピュリアの近くの村まで来た…だが村人の様子がおかしい】
サキ【? と言うと?】
戦空【あんな! バーってするとガバーってするんだ!】
アレキサンダー【戦空殿、それだと全く伝わってませんよ】
文美【えっと……盗賊が人質を取るんですけど、そのあとすぐに両方とも死んじゃうんです……】
サキ【?】
双矢【そのあとすぐに隕石が降ってきてゲームオーバー、初見じゃ何をどう対処すればいいのかさっぱりわからん】
ミュウ【サキは今どの辺なんだ?】
サキ【えっと……ピュリアにつきました】
夜鈴【!? なんで!? どうやって!?】
サキ【えっと……トンボに乗って来ました】
双矢【そういやあの村にもトンボはあったな……何とかあのトンボに乗れればいいのか】
マリー【サキはどうやってそのトンボに乗ったの? 相当苦労したんじゃない?】
サキ【どうって……エンペラーさんが乗って来てそのまま】
次の瞬間ガラララと物音が聞こえた、この場合は先生が来たのだと思い途端に携帯を隠す咲、しかし現れたのは違う男性だった。
マリー【エンペラー? だれ?】
ミュウ【サキの霊圧が……消えた……!】
双矢【肝心の所が聴けなかったな、どうやってトンボを手に入れたか…】
教室内は緊張の糸が張り巡らされていた、あの…あの…近衛遊歩が学校に舞い戻って来たからである、ただし、舞い戻って来たというには余りに不完全で歪な再開だった。
「…………ッ…………ッ…………ッ」
相変わらず音なのか声なのかわからない声は健在であった、教室内は重い空気が立ち込める、近衛遊歩は生徒全員の視線を一通り見終わった後ゆっくりとゆっくりと自分の席へと座った。
ガヤガヤとひそひそ声が聞こえる…。
「うわ、根暗……」
「暗い……きもい……あっちいって……」
「何で来やがったんだ…」
「くすくす……くすくす…」
教室内からは嫌味な味のする声が所狭しと聞こえてくるが近衛遊歩は動じず、ただずっと耐えた。天上院咲はその光景をただ黙って見ているほか出来なかった。
(何て話しかける? 理由は? 意味は? 内容は? そうだ宿題! 宿題の事で話しかけよう!)
しかし教室内の空気がそれをさせない、重く苦しくのしかかるそれは、とてもいつもいる日常ではないような錯覚さえ覚えた。そんなことはお構いなしとばかりに3人の悪ガキ共が近衛遊歩に話しかける。
「よお近衛…お前何で来たの? 死んだんじゃなかったの?」
「てゆーか死ねよ」
「うわw なんか臭くねw」
ぎゃははははと汚い罵声をまき散らす悪ガキ共、そんな中、近衛はただじっと耐えるしかなかった。ほらやっぱり来た…来ない方が可笑しいんだこんな無責任で自分勝手な連中が他人の事を気遣うはずがない…、そもそも他人を気遣う脳みそがこいつらには無いんだ…。咲の方は…やっぱりあいつも話しかけてこない、それもそうか…「待ってるから」とは言ったが「会いましょう」とか「話しましょう」とか言ったわけではない…。僕はただ処刑台に都合よく乗せられただけだ…笑いものにされる為に今僕はここにいる…、それに煽ってくる連中を殴った所で火に油を注ぐだけで事態は悪化するに決まってる…何より喧嘩じゃ僕は勝てない…。畜生…ゲームだったら勝てるのに…こんな奴らバッサバッサと…一瞬で…でも…出来ない…勝てない…もどかしい…。そんな中、苦笑を混ぜた悪ガキ3人の死ね死ねコールは加速していた。
「しーね! しーね! しーね!」
耐えるしかない、喧嘩をしたら負けだ、とにかく耐えるんだ…!
警察の居ない無秩序な空気が場を支配していた…そんな中、天上院咲は立ち上がる。
「ちょっと男子! やめなさいよ!」
「あん? 何だ天上院?」
その言葉に同じ教室に居る天上院姫の方もピクリと反応を示す、姫の方はVR機〈シンクロギア〉を付けてゲームバランスの調整中だった、ちなみ近衛遊歩の事はガン無視だった。
天上院咲は悪ガキの大将らしき人物の所までずかずかと歩み寄る、そして次の瞬間、閃光、咲は悪ガキの大将にビンタを一発お見舞いするのだった。そんな中遊歩は立ち上がる気力もなくただ放心状態になっていた。
(バカじゃないのか咲!? こんな奴らを相手にしたって何の得も無いのに…!)
「てめえ! 何しやがんだ!」
悪ガキの大将の拳が宙を舞う、咲は目をつぶり攻撃を受ける覚悟をした…とその時!
パシリ……と悪ガキの大将の拳を受け止める人物が居た………その人物は天上院姫!!
ざわ……ざわ……っと周りの生徒達が驚いた、突然何の反応も示さなかった天上院姫の方が踊り出てきたからだ。
「な……なにしやがんだ……は、離しやがれ……ッ!」
姫は悪ガキの大将の拳をがっちりつかんだまま離さない、むしろより強く拳を受け止めたまま離さない。
そして今まで黙っていた姫が重い口を開く…。
「諸君、私は妹が好きだ。諸君、私は妹が好きだ。諸君、私は妹が大好きだ。朝起きる時の妹が好きだ。歯磨きをしている時の妹が好きだ。朝ご飯を食べている時の妹が好きだ。一緒にいってきますをする時の妹が好きだ。通学中の妹が好きだ。上履きを履き替える時の妹が好きだ。授業中の妹が好きだ。昼寝してる時の妹が好きだ。下校する時の妹が好きだ。教室で屋上で保健室で公園で喫茶店で病院で洋館で神社で海で温泉で田舎町で、この地上で行われるありとあらゆる妹の行動が大好きだ。一緒にアイスクリームを食べる時半分こして間接キスをするのが好きだ。ゲーム世界でハァハァ言ってた汗を現実世界で汗をペロっと舐めた時など心がおどる。色々なバリエーションでお姉ちゃん! と言われるのが好きだ。一緒にお風呂に入った時など胸がすくような気持ちだった。一緒に音楽を聴くのが好きだ。私の作ったゲームで右往左往する様など感動すら覚える。妹にお仕置きされて街の街灯に吊し上げられた時などはもうたまらない。妹にロープで縛りあげられてペチペチと鞭を打ち倒されるのも最高だ。妹に内緒で作ってた妹人形を木端微塵に粉砕された時など絶頂すら覚える。妹に滅茶苦茶にされるのが好きだ。妹のリコーダーを盗んだ時の養豚場の豚を見る様な目はとてもとても悲しいものだ。仕事の残業が残ってるのに妹の宿題一緒にやってっという言葉に逆らえない時が好きだ。妹にハードディスクごとぶっ壊された時、害虫の様に地べたを這い回るのは屈辱の極みだ。諸君、私は天使のような妹を望んでいる。情け容赦のないドSな妹を望むか?鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な妹を望むか?」