第196話「天命アリス=スズ」
仮面木人との激闘は数日の内に決着した。
したのだが、仮面木人の『守護神としての天命』がその時の記憶をごっそり無くされてしまっていた。記憶喪失。
それは、農林水サン/天上院姫/神道社社長も同じようで。システムコールをしようとも修正不可能だった。まさに【神業】、仮面木人との戦闘・激闘の記憶は【その時】になるまで思い出す気配はなかった。
「木人め、……激闘の末の戦闘行為ごとブラックボックスに封印したな。最後までアリスの為に……立派じゃったぞ、覚えてないけど」
ヤエザキは辺りの戦闘痕跡から少なくとも「これ『エボリューション・極』使ってるな…」ぐらいしか解らなかった。HPは回復してしまっていてどれぐらいの疲労で戦っていたのさえわからない。
「じゃあ私達は、ここでの記憶がない状態で。英雄の剣士の所まで行かないといけないの?」
「そうじゃな……『見事』としか言いようがない……。名前でも付けてやるか【神業・α忘却】かな。単純に」
そうしてステータスバーを2人は開くと、ステータス表記に――状態異常【α忘却】――。とある、この状態異常は今の所解除される気配がない。
状態異常【α忘却】
仮面木人が未来へ大爆発を起こした証。記憶の混乱を日数単位で前後させて軌道修正する。状態異常時はプレイヤーに『重力』がかかる。ゲームマスターによるシステム修正も拒否される。【その時】になるまで解除されない。
そして聖域の扉が開かれる……。
《難易度SSS、仮面木人兄弟のクエストをクリアしました》
《アイテム『アリスの聖域』を手に入れました》
《『天命アリス=スズ』が仲間になりました》
【アリスの聖域】
誰も中身を見たことが無い手のひら大の箱、本来は3階建ての家ほどもある巨大な空間を内包した箱。このミステリーボックスが開かれない限り永続的に神聖術を執行することが出来る。そしてそのエネルギー源の説明も必要もなく、開かれない限り疑似永続的なエネルギーを放出し続ける事が出来る。
レア度は『Sらしい』のだが、真相は箱の中……。
そんな聖室から10歳の少女がテコテコと歩いてくる。
「なにこの格好? またあんたら何かやらかしたの?」
ヤエザキはキョトンとした表情で見つめる。
「スズちゃんなの?」
ヤエザキにとっては、VRゲーム内で何度か対話したことのあるプレイヤー名だった。しかし、プレイヤーが何故NPCないしAIに……?
「そうだけど、ん? なんか【コレ】肉体がある感じが無いわね……AIなのかしら」
「お姉ちゃん、温泉旅館に【帰ってから】説明お願い」
ピ、ピ、ピ、と運営管理用モニターを指先で操作する。
「お、おう解った。よかった、《ドアの世界》へのシステム管理は出来るな。んじゃ、この空間から脱出するぞ」
そう言って、《ドアの世界》から脱出した。
◆
ギ……ギギギギ――――。
『人』が居なくなった空間で。仮面木人、ゴーレムが再び動き出す。誰も居ないし誰も視れない不可視・不感知の空間で、ゴーレムは丁寧に聖域の聖室を閉め。再び両翼の2柱となりドアの左右を守るようにイスに座る。
《ドアの世界》の《大広間》は、何も語ることなく、解説するわけでもなく。その空間ごと、重い扉となって閉じられた。
ゴウンッ――!
しっかりと《マスターキー》もかけて……。
――――ガチャンッ――――ッ!
◆
再び《温泉旅館イイユダナ》に帰って来た2人と新入り1人。
何も知らないヤエザキは眉間にシワを寄せながら、かっこ姉への怒りマーク。1から丁寧にスズちゃんの話を聞く羽目になった。
姉は和室の部屋で正座をしていた。
天命アリス=スズちゃんが、説教を姫に向かってしたがっている咲に言う。
「咲お姉ちゃん、今。英雄の剣士は【遺跡の奥】に居るよ。知ってるプレイヤーは皆そこにいるよ。説教をしてる場合じゃないよ! 今を逃すとまたどっか行っちゃうよ!」
ヤエザキの怒りが沈静化する。
「ぐぬぬ……。それは困る……。お姉ちゃん……、だと誰だか解んなくなるか。姫姉ちゃん、どうしよっか」
「手段を選んでる場合じゃない、一回ログアウトして。遺跡付近にもう一度ログインしよう。別にログアウト不可のゲームやってるわけじゃないんだ、そうすれば……」
ヤエザキもおおよその状況を把握できた。
「わかった、遺跡にログインして。攻略組の最後尾につこう!」
「そうと決まれば! パッとやるぞ!」
《旅館からログアウトしました》
《遺跡へログインしました》
青白い直線と共に、天から地へ落下。ログインする。遺跡の上に居た。
ヤエザキは知ってる遺跡か、知らない遺跡か。判断がつかなかった。
天命アリス=スズが辺りを見渡す。
「空、赤いね」
農林水サンがここは落ち着くように促す。
「ひとまず様子をみよう、あんま動き回っても。トッププレイヤーの邪魔になる」
ヤエザキは言いたいことや不安を飲み込んで、今の主戦場を眼下。見下ろす。
「……、ここが。戦場……」
ここからは遊びじゃないと思うと、手足が震えた。
エンジョイじゃない、ガチだ。本当のガチだった――。




