第21話「ネトゲやる資格」
そんな一日二日会った相手と「待ってるから」と言われて「はい行きます」なんて軽く言えたら誰も苦労はしない。そうやって僕は負け続けてきたんだ、今日だって引き籠る、明日も引き籠る、僕は筋金入りの引き籠りだと言う事を咲にわからせるんだ。彼女はわかっていない、僕の苦しみなんてわかろうとしていない…、だけど…。
「待ってるから、か……」
何故か胸がずきんと痛むのを感じた。翌日僕は学校に行かなかった、当然だ、心が痛むとか言うが学校に行った方がもっと心が痛む、呼吸困難になる。授業だって内容わからないのにずっと拘束され続けるのは苦痛でしかない。
今日も今日とてVRMMOの中で僕は武器強化をする、モンスターを狩り、経験値とゴールドを集め、集めたゴールドで武器強化をし、更なる強敵なモンスターに勝つべくどこまでも際限なく強くなってゆく。学生以外の人間はわからないけど、学生の中でここまでゲームを進めているのは僕だけじゃないかと確信は出来る、だってプレイヤーは殆どこの雲の王国ピュリアに来てないんだから。……それにしてもあちこち街を探索しているけどメインストーリーが見つからないな……、まあでもこの王国は広いし……見落としがあるんだろうきっと。
そんな事を今日も今日とて7時間みっちりやっていたら唐突に現実世界の家のベルが「ぴんぽーん」と鳴った。誰だ? 新聞の勧誘か? 新聞なんてネットのニュースサイトがあれば十分と言う事で買っていない、だから新聞なんて読んでいない。じゃあ誰?めんどくさいな…と言う所で手によるノックが「コンコンコン」となる音が部屋まで鳴り響いた。
「近衛くーん居るのはわかっている、さっさと出てきなさーい」
咲だった……現実世界の咲だった……、何でこんな所に? まあ学校の先生に聞けば住所くらいわかるか……。僕はパジャマ姿のまま仕方なくドアを開ける事にした。
「………なに?」
「ん」
見るとそれは学校のプリントのようだった。
「今までの宿題全部は無理だったけど今日の授業の宿題は持ってこれたよ、これで自宅で勉強でもしなさい」
ありがた迷惑にも程がある、誰が好き好んで勉強をやるというのだ…。
「勘違いしないでよ、昨日助けてもらったからそのお礼」
何だこいつ……デレてんのか? 現実世界の女がデレた所で可愛くもなんともない…あいやなんかこの発想はオタクっぽいな、僕もネット社会に毒されてるな。
「あ……ありがとう」
恩返しのつもりで恩返しをしたらまた恩返しをされ返された、プラス思考、感謝のリレーはループする。遊歩はマイナス思考だがプラス思考の咲の言葉により悪循環が良い循環に変わりつつある。
「あーあー部屋汚い……掃除したら? てか掃除ぐらいしようか?」
「いや……いいよ……悪いし」
女の子を家に入れたこともないし…。
「……ねえ……外に出て散歩でもしない」
「え……?」
「あんた現実世界で一ミリも喋ってないでしょ、発声がおかしいわよ」
「でも……今パジャマだし……」
何よりこうしている間にもネットの世界では着々とゲーム攻略をされている、もたもたしてたら追いつかれる、別に追いつかれることは悪い事じゃないが。武器強化には時間がかかる、時間を消費して強くなるタイプだ、秘奥義みたいにクールタイムがあって武器防具アイテムと色々強化が出来る、それは時間を犠牲にしなければ強化出来ない。外にでるならそれなりにセッティングしから外に出たい…つまりまだ準備が…。
「ほら! さっさと行くよ!」
咲は遊歩の手を強引に引っ張りだした、女の子と手を触れるなんて滅多にない事だから遊歩は頬を赤く染める、別に惚れてると言うわけではないが…これはいわゆる条件反射だ。咲と遊歩は川のそばをてくてくと歩き始めた、というか遊歩に至っては歩くのもおぼつかない、コンビニに行く時は外に出るので毎日歩いているのだがそれが極端にない。
「………ッ………ッ………ッ」
「………」
「………くちゃくちゃ………うひひ………」
(やっぱり根暗君は根暗君だな~何かぶつぶつ独り言を言ってるようだけど全然聞こえないや…言いたいことがあればはっきり言えばいいのに…)
「ふぁ……ふぁ……ど……どこいくの……ふひひ……」
(きめえ……)
「ん~どっか、その辺に散歩よ」
「そる……うにゅそう……」
「あ?なんか聞いてると不快になってくるから帰ろうか」
「ありゅふにゅわみゅみぃぴょい!」
もはや何を言ってるのかわからない…まるで異星人と会話しているような錯覚を覚えた、だがジェスチャーでわかるたぶん「違うよそういうつもりじゃ…」っとか言おうと言おうと思ったんだ。ただ発音が一日どころか1ヵ月、3ヵ月、6ヵ月、話してないもんだから舌が回らないんだ。いかん、だんだんイライラしてきた、平常心平常心……。
「……はぁ~……こんな人があのエンペラーなんて信じられないわ…ねえ、やっぱり入ってくれないの?ギルド、うち今入ってくれるのお姉ちゃんだけだからさ、二人じゃいつも通りのメンバーなのよね」
まあ…こいつとの会話が弾むかと言うと決してそういう風には見えないけどイフリート戦を一人でクリアしたという実力は本物なわけで…。今後も頼りに出来ると思う、まあそれがなければ本当にこの子と一緒に旅をしようって気にはなれないけど…。って言うかこの子が本当に強いのか見たことないや…全く想像つかない…信じられない…。
「………ッうんっ、僕は一人のほうがいいから…」
10分ほど沈黙が続き、咲は言葉を放った。
「うん、わかった、じゃあ私と勝負して、勝てたら入らなくていいよ、でも私が勝ったら強制的に入ってもらう」
「……え?」
こいつはネットじゃないと会話も動くことすらままならないんだ、だったらネットで会話した方が不快感がなくて良い。何より彼の戦い方を見てみたい、勝てるかはわからないけどもし勝てたら儲けもんだし、負けても実力がわかる。一石二鳥。
「でも〈シンクロギア〉は?持ってきてないでしょ」
「あ……そっかじゃあ一回帰らなきゃだね、場所は決闘場がある始まりの街ルミネで時間は」
午後8時、VRMMOゲームEMO、始まりの街ルミネ闘技場。雲の王国ピュリアからワープ機能を使いルミネに帰って来たサキとエンペラー。ここでは初心者から上級者までPVPを楽しめる、PVPとは多人数参加型のロールプレイングゲーム(MMORPG)などでは、コンピュータが操作する敵キャラクターとの戦闘だけでなく、プレイヤーキャラクター同士が戦闘できるように作られているものがある。そのようなゲームで、プレイヤー同士が一対一もしくは集団対集団で対決するのがPvPである。
「もうわかった」
「……え?」
「…………弱すぎる」
またもやえもいえぬ静寂が訪れる、その静寂が嫌でサキは大声で怒鳴りつける。
「な…何よそれ!」
「こんな試合じゃ弾がもったいない」
そういってエンペラーは二丁拳銃を地面に放り投げた。
「な……」
「人を殺す覚悟も無ければネトゲやる資格もないよ……」
決着がついた……。
「納得できん…私どんどん戦い嫌いになって来た……」
実際エンペラーは鬼のように強かったのだがメインウエポン2丁拳銃も使わないで勝ってしまったわけで。銃を使った本気の戦闘だと多分もっと目も当てられない結果になっていたことだろう事は容易に想像がつく。しかも戦闘が始まってから…最初はそうでもなかったが「弱すぎる」と言ったあとのエンペラーは目の色を変えて戦闘モードって感じでサキに迫って来た。
戦闘が終わり通常通りに喋るエンペラーいつも通りのちょっと控えめな性格に戻っていた。
「というかサキは武器強化とかやってないでしょ、だから武器強化している銃で攻撃するのをやめたんだ」
「へ? そうなの?」
「うん、何だったら僕が武器強化やっておこうか? サキは時間無いでしょ、一緒にやるくらいだったらそんなに苦にならないし」
エンペラーは死線を超えたことが全然ないという意味でも言ったがもう一つ「武器が弱すぎる」という意味も込めて言っていたのだ。
「ん~ありがたいけど…それって自分で覚えておかないと後で自分が困るよね…ん~…」
「じゃあ時間がある時に教えるよ、それ以外のサキが時間が無い時は僕が強化をする、それでどう?」
「あ……ありがとう…ていうか時間が無い時って学校でしょエンペラーも学校行かなきゃいけなんだからね、何自分は違うみたいに言ってるのよ」
「あ~……うん、ごめん」
「は~うん……とはいえ勝負には負けたし…てことでギルド結成ならずか…他の人探すしかないか……」
「なんか……ごめん……」
「ううん、エンペラーのせいじゃないよ、エンペラーにも色々あると思うしね、うん」
納得できない上にさらに納得できないことが続く咲であった。
「ていうかその強さでいじめっ子達をけっちょんけちょんに出来たらスッキリするのにね!」
「それが出来たらだれも苦労はしないよ……、現実とゲームは違うしね」
「ははは……そうだね」
そして咲は一言前と同じことを口走る。
「じゃあ今日はもう落ちるね、また明日、学校で待ってるから」
まただ…また待ってるなんて言葉…そんな事言ったって僕は行かないのに何でこの女は…。
「………ッ」
「?」
「ああ……また明日、学校で」
「本当に来てよ? あと宿題もやっておくこと、まあ今夜の9時だけど…じゃあねとにかく明日!」
そういって咲はログアウトした、残ったエンペラーは一人たたずむ…、腕を強く握り唇を噛み強く思う。
「待ってる……か……僕がもっと強ければ……」




