第177話「ボスラッシュ10」
『ピンクの宿屋』は、まるで口論で暖が取れるような熱気だった。
外はというと、これまたご都合主義のような雪が降っていた。地下なのに。肌寒く12月の気温、クライマックスはいつも夏なのに。真の最終決戦はいつも冬なのは、神様すら意図せぬ自然の摂理なのだろうか。
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作中で語られていなかった、この『ピンク髪の宿屋の看板娘の少女』の名前は。どうやら『カニ』と言うらしい。漢字で言うと『蟹』、そのまんまであった。
「このゲームの中で、記伝や口伝は数多聞いたが。やっぱり君の口から聞きたいかな」
「何ですかそれ、口説いてるんですか?」
「口説いてねえよ、ただ単純に知りたいだけだ。この土地の伝承を。君自身の言葉でな」
《解読》を使って街中の書物を読み漁っても、攻略の鍵となるヒントは何一つ得られなかった。漫画本もあったので読み漁ってみたが。ただただ、Sランクギルド『脳筋漢ズ』の筋肉細胞がピクピクするだけである。
「ん、……あの日の体験を。私自身の言葉で語るのは、やっぱりちょっと躊躇を感じます」
「でも、歴史に刻まなきゃいけない事だってもう解ってるはずだ。【それ】が後から続くものの道となる」
それは書物で見つけた知識で総合的にカニちゃんが、何か語ってくれれば嬉しいな程度の軽いノリだった。
「私の言葉より、他の記伝のほうが正確だと思いますが」
「そこは重要じゃない」
そこは断言できた。カニちゃんは、ちょっとうつむいて沈黙する。
「残された人々の責務なんですかね、やっぱり……」
カニはちゃんの過去に暗い影が落ちるが、グリゴロスはそれを。『幻は幻に』と言わんばかりに切り捨てる。
「責務ではない、君にできることだよ。君の言葉から語られる【それ】は【何でもできる】はずなんだ。それに、嫌なら話さなくても良い」
長い、【長いこの間に感謝した後】に。カニちゃんは気は太陽のように、すっかり晴れわたっていた。
「いいえ、もう時が癒してくれました。話します、あの日の事を……。あ、ちなみにダンジョン攻略のヒントはありませんからね」
「んなの、気にしてねーよ」
ようやく話が進む兆しが見えて来た、気がしたグリゴロスであった。
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タイトル『オーバーイヴⅠ』、著者名『カニ』――。
何処から話せばいいのやら――。
私的にはさして重要な事ではないが。数字の『1』はアラビア数字で、『Ⅰ』はローマ数字らしい。そのことから、今のクリスマス気分の雪景色と。今回の物語のタイトルは『オーバーイヴⅠ』とすることにした。『オーバークリスマスイヴⅠ』でも長ったらしいので。
温泉地下都市イイユダナ、その天空。
彼は、別に悪い人間なわけではなかった。ただ、何処かで歯車が狂った。『愛は盲目』と言うべきなのだろうか、ただ結果的にこうなった。
『忌むべき殺戮の陶酔者よ。音に聞き、目にも見、身に刻み、思い知れ――天なる罰を』
――天破壌砕――。
「ギ、ギャアアアアアアア!!!!」
彼は燃えながらそのまま谷底へ落ちてゆき、闇の中へと消えていった。永劫に燃え続ける業火。やがて、その炎で地水脈を沸かし。温泉になったとかならなかったとか。
『終わったな。起こしてすまなかった、だが他に。適任も居なかったのだ』
「いえ。こちらこそお見苦しいところを、真の王様。これでもう、私に未練はありません」
『ああ、では天国で達者で暮らせよ。いつかまた会おう』
「ええ、それではお先に」
そう言って、エルフの青年の霊は天国へと向かって行った。
……では、彼や彼らがこうなった。過程や行程を丁寧に説明していこう。
◆
ピンク髪の少女、カニはここで小さく口を開ける。
「ですが、ここでストップ」
「ストップ?」
「どうせダンジョンに挑んで、死に戻りして帰って来るんでしょ? だったら、それまでにお話をまとめておきます。いわゆる、ストックっというやつです」
「おいおい、……まぁ。死に戻る確率が高すぎるから。別に良いけど」
「じゃあこういう賭けはどうですか? 勝ったら進む、負けて帰ってきたら私の話を聞く」
ダンジョンで負けるたんびに、物語の『オーバーイブ』のエピソードが増える形となる。これはこれで楽しいのか楽しくないのか解らない形となってくる。
「なるほど、速くダンジョンを進みたいのに。そのエピソードで妨害される形か、時間の浪費的な意味で」
「結構、甘美な味付けになると思いますが?」
「んー。ま、気がノったらノってやるよ」
「テヘペロ」
そんな口約束を交わしたグリゴロスとカニの二人であった。粉雪が一粒溶けた。




