第165話「重さ・軽さ」
現実世界。西暦2034年10月18日18時00分。
仮想世界。西暦2019年05月18日18時00分。
異世界。?歴????年??月??日??時??分。
『ファンタジアリアリティ・オンライン』がスタートして、おおよそ2時間が経過。
メンテナンスまで残り3時間。
≪異世界アンノーン:昼≫
≪異世界攻略軍、上級ギルド『非理法権天』陣形内≫
≪高度10000メートル、空の穴。その前方≫
風が通る。湘南桃花は阿保のようなあくびをして柔らかい草原に座りながらちょっと戦闘している相方に、遠巻きに説明を要求する。
「ふわ~……。ねえー! 私って本当に参加しなきゃダメなの~?」
地球防衛軍という名の敵の進行はまばらに来ているが、それでも秘十席群が処理出来る範囲の数だった。元々ここは相手側から見ると天上、高度10000メートルなので。開幕2時間前後で空を飛んでくるプレイヤーは少ない、常識の通用しない異常な狂った上級者。が、来る程度だ。数は少ないが強い、本当に強いのだ。
「俺だって解んねーよ! でも、桃花の方に渦巻いて敵が近づいてるって解ってるなら、処理しねーわけにはいかねーだろ!」
湘南桃花と秘十席群は、もはや人気過ぎて顔が割れてしまったため。ネット内でも本名を名乗ることにした。そのほうが、初手での相手との会話のやり取りがスムーズで、むしろ好都合となってしまったからだ。不本意ながらとも付け足しておく。
まるで、攻略本という名の雑誌に本名が載りまくってしまった有名人のソレだった。秘十席群にいたっては、名前が秘密のくせして。何万部も雑誌に載って売れているので、もはや訳が分からない。
地球防衛軍、最上級ギルド『最果ての軍勢』は≪空の穴。その後方≫に陣取っていて動きを見せていない。
まるで、カウンターを狙って待っているかのようだった。下手に刺激して攻撃すると物理2倍の攻撃力を持って、クリスマスプレゼントが飛んでくる。そんな緊張感……。
だから秘十席群が相手取っているのは『最果ての軍勢』を知らない、ちょっとプレイが上手い上級者に限られてる。ザコのモブプレイヤーとは少々言い難い相手が、5分に1人。光に向かって来るような感覚だった。
その、湘南桃花という名の【光】に。蚊取り線香の役割のように立ちふさがっているのが。秘十席群というわけだ、何とも損な役回りである。
「桃花、お前。何やったんだ?」
「何もやってないが~。心当たりがありすぎてわからん」
「どっちだよ!?」
そんな〈他愛ない会話〉とは少々言い難い。度し難いが刺激的で、重いが軽やかに超えてゆく。新世界の風景がそこにはあった。
◆
≪地球、秋葉原攻防戦≫
≪御茶ノ水と秋葉原のその境目、主戦場の境界線》
≪異世界攻略軍、ヤエザキ陣形内≫
体が重い、空が遠い……。
開幕2時間前後粘って地球防衛軍と戦闘をしているのに、対象プレイヤーに全く攻撃が当たらない。
天上院咲/ヤエザキの姿がそこにはあった。
「なんて奴らだ! 素早い! 速い! ええいちょこまかと!!」
回避率が異常に高い、忍者みたいな身軽な戦法になっているが。初心者ギルド『ドラゴン・スピード』には、これしか戦法が無いのだ。
調子が悪い……『放課後クラブ親衛隊』によって。こと、【対象へのフォロー】に関してはゲーム中、歴代最強の地位にまで上り詰めてしまっている。
そのことを自覚してか無自覚か、ヤエザキは自分の非力さを身に染みていた。もう「誰も私をみていない……」わけではないが。それでも何かもの悲しさと重責がのしかかっていた。
焦り。驕り。無力感……。
「私はゲームをエンジョイしたいだけなのに、どうしてこんなに苦しいんだ……」
楽しくないならやめればいい、なのにどうして今。こうして戦っているのか? 相手が必死だからなのだろうか? また実感が無いからなのか?
なのに相手は。グリゴロスとファランクスは。
「笑っている……」
この絶望的にヤエザキの方が強い状況なのに、不利を承知で笑っている。
「笑うな……、笑うな!」
剣を強く握り振りかざしても。空振りをして虚無を体感する。
当たらない、当たらない。ハズレはずれハズレ……。全然楽しくない。
「ク……!」
(当たりさえすれば、でも何故だろう。この相手に『エボリューション・極』を使って勝ちたいとは思えない)
使えば、自慢のスピードさえも圧倒するだろう。そうれば勝てる。自分の命を削って……。
(それが怖いのか? 命を天秤にかけるのが怖いのか?)
自分の命を軽んじて、ポンポンホイホイ捨てるような私が今更? 何故……? 昔と違っているのは……。
「『放課後クラブ親衛隊』、みんな……。体を心配してくれる家族……。ッ!」
そこか。
自分の命も心も魂も大事じゃない。怖いのは。
「保身。……からだ、か……」
何故か歯を食いしばる。何故かくやしい。それが余計に剣に伝わり、空回りする。相手は決して強いわけじゃない、むしろ弱い。圧倒的に初心者……。
命を燃やしたくない。紅蓮の炎を燃やしたくない。
でも倒れたくない。諦めたくない。今度は立ち続けたい。辞めたくない。止まりたくない。
「ふー……!」
集中……集中……。世界が暗転する。そして……。
シュ――ッ!!
激情からの一閃、閃光による牙突により。グリゴロスの中心を捕らえた。
何かが吹っ切れた。雑念が取り払われる。歴戦の猛者の実力。いや、実感。
「捕らえた! もう逃がさないよ!」
――これが強者だッ!!
――もう2度はない。




