第162話「今泉速人」
今泉速人は日本国首相の息子だ。父親は日本国代表として、せっせか働いている。かと言って自分にもそれら、日本国民を引っ張るリーダー的存在になれるかどうかはまだわからない。素質や環境や権力は十二分に備わっていることは確かだろう。
だが、彼は彼として。個人的な悩みを抱えている。それは現実世界では何をやっても行動が遅い事。そう【行動が遅い】のだ。食べるのが遅いとか。歩くのが遅いとか。思考が遅いとか。鈍感とか。それが彼自身の現実的な悩み。趣味というか理想は人生コストパフォーマンスを上げること。略して【人生コスパ】現実世界の彼のTシャツには。愛ラブ人類ではなく。人生コスパと記入する徹底ぶりだった。
人生コスパで何をするかと言うと。普段は高いエナジードリンクを飲んで学校の授業や運動でより良い成績をたたき出す事を想像するかもしれないが。しかし彼の場合は違う。エナジードリンクではなく安い天然水を飲む。もし自動販売機があって。どれを選択するかというと。一番安く設定されるような水を選択するのだ。お金という、人生で限られた資源である財産を。最も効率的な運用方法で成果を出す事を、今泉速人は至上の喜びとして考える。
なので彼は、人生で無駄と判断したものにはこれっぽっちも興味を示さない。ましてや「将来の夢は漫画家です」とか言う人物などを見かけると。出費に見合った成果がほとんど得られないような無駄な選択はしないだろう。つまるところ彼は、健康で文化的な最低限度の生活をしながら。その中でどのように成果を出していけるかに興味を示すのだ。それが彼の趣味。
平均的の日本人の生活水準は守りつつ。その中で最大効率を狙って日々を過ごす。人生コスパの極地とも言える、自給自足だが。彼はそこまではしない、あくまでも趣味なのだ。
話を【行動が遅い】、【鈍足】について戻そう。
現実世界の彼は、100メートル走は最下位。学校の給食時間、お弁当を食べ終わるのも最下位。登校も下校も遅い。話の会話も1テンポどころか5テンポほど応答が遅い。別に緊張して体が動かないのではなくて。素の状態で遅いのだ。理解力も遅く、行動に移すまでに、考えに考えてから迷いながら意思決定を行う。そこまで行くと、学校での生活は協調性に欠け。いくら将来に期待されていようと。足並みをそろえてくれる友達はいるものの、独りぼっちなのだ。心技体、その全ての巡廻が遅い。
そんな少年がVRゲームで憧れの【素早さ】にステータスを極振りするのは。1つの憧れとして至極当然の成り行きだった。現実世界では遅くても、ゲームの世界では速くなりたい。現実逃避とも呼べるかもしれないそれは。しかしこのVR機、MFC000(ミラーフォースコンバートオーズ)は可能にしてくれた。
父親が関係しているゲーム、ファンタジアリアリティ・オンラインに少しでも貢献したいという思いと。自身の【速さ】への憧れが、彼をゲームの世界へ誘った。
さて、さっきPVP戦をやって撤退はしたものの。経験値は手に入った。現在のスキルについて調べて経験値を割り振るグリゴロス。
『身体加速レベル2』……時速120kmで動ける。
『思考加速レベル2』……1秒間で2分、思考する時間が与えられる。
『他者加速レベル0』……自分以外の他者の素早さを加速させる事ができる。
『環境加速レベル1』……地上で走る時、速度が2倍になる。
他者加速はまだギルドパーティーが居ないからいいものの。とりあえずギルドを『ドラゴン・スピード』に決めた。燃え〇ドラゴンとか、カンフー映画に影響された結果だ。あとは個人的に人生コストパフォーマンス、いわゆる【人生コスパ】の向上も捨てがたい。
ピコン、とゲーム音が鳴り。新しいスキルが手に入った。
『加速コスパレベル1』……エネルギーを効率よく巡廻させるもの。車の燃費みたいなもの。
「これだ! これを待ってた!」
これで現在。5個分の素早さスキルを熟知&セッティングできた。『身体加速』『思考加速』『他者加速』『環境加速』『加速コスパ』。
さて、では初心者は初心者らしく。この秋葉原の騒動で出てきたザコモンスターを狩って修行に励むことにした。
最前線では領土争いというか、地球防衛軍と異世界攻略軍がそれぞれの気持ちを胸に戦っている。そんな戦況をしり目に、安全な後方で野生のスライムを見つけたので。「これを倒して経験値集めだ!」と意気込むグレゴロスだった。
スライムを10匹ぐらい倒した後にそれなりに経験値ポイントが手に入った。これらの経験値をどのスキルへ割り振るかは。プレイヤーに委ねられている。グレゴロスは、憧れであり趣味であり理想である。『加速コスパレベル』に今回の経験値を全てつぎ込む。
『加速コスパレベル5』
これにより少ないエネルギーで加速系スキルを使い続けても持続出来る【持久力】を手に入れた。
『身体加速レベル2』『思考加速レベル2』『他者加速レベル0』『環境加速レベル1』『加速コスパレベル5』
「これで強くなったのだろうか……? 実感が湧かない」
と、そこへモブの異世界攻略軍と遭遇した。こんな敵陣の奥深くにちょこんと突入したきた相手ではあるが。敵である以上倒さなければならない。グレゴロスは戦闘態勢に入った……。
「なんだー! てめー! やんのかゴラアー!」
いかにも柄の悪そうな相手に絡まれてしまった。だが。
「悪いけど、練習相手になってくれ~」
語尾が間延びした。相手は魔法の短剣一つ。こちらは素手と速さに特化したスキル。
短剣が考えも無しに振り上げられた。ブンブンブンと右往左往する攻撃は素早さを回避にあてて難なく回避する。あっちに逃げたりこっちに逃げたり。たまに弱パンチでねこだまし的に怯ませる。3回振り回してから弱ワンパン。3回振り回してから弱ワンパン。その繰り返し。
「このやろーちょこまかと!」
「いや、これでも真面目に戦ってるんだよ? 攻撃力がないだけで」
ダメだ、攻撃は交わせるけど決定打が無いから全然倒れない。接近戦でのヘイト集めやタンクとしての壁役。これらはちゃんと出来ても決定打が無い。もっとこう……一撃で敵のHPを0にするような超火力が必要だと感じた。
長いような短いような10分後。グリゴロスは粘り強さを見せて何とか勝利をもぎ取った。
負けた敵モブは自身の陣地へ強制送還されて行った。もう地球防衛軍の陣地内には居ない。
「解ったこと……火力が足りない。素早さじゃどうにもならない」
まずは仲間を集めること。出来れば火力の高い仲間を探すことが今後の課題となった。打倒ヤエザキのための準備は着々と進んでいくのだった。
秋葉原駅、ここを陣地的に取られたら地球防衛軍の負けなので。初心者から上級者まで幅広く集まっている集会所だ。当然戦闘が間近で行われているので、危険が無いと言えば嘘になる。現実世界の秋葉原駅なのに。屋台とかアイテム屋やら武器屋といったファンタジーに既に浸食されてるんじゃないか? と疑いたくなる雰囲気になっていた。だが、集まっている武器は現実主義だけあって。拳銃や機関銃など。自衛隊の装備品の方が多かった。こういう時はその手の問題に長けてる、ギルドの受付嬢に質問するに限る。と思ったグリゴロスは。早速、ギルドの受付嬢の所へと足を運ぶのであった。




