第93話「VS黒の騎士ブロード3」
「……ちゃんと俺を観ているのか……?」
「…………ッツ!」
目の前のプレッシャーに負けそうになる、足が震える。相手は、本物だ。
「来ないのならこっちから行くぞ」
剣先が来る、迫る。サキは集中に集中を重ねて迎え撃つ。集中力が極限まで高められ、あたりが暗くなるように感じる、あるのは【対象と自分】のみの世界に。没頭した、徹底した。
(そうだ、今まで経験してきたじゃないか。相手の【ゾーン】内で戦うのはまずい。私のゾーン内まで引き付けて……打つ!)
ガキン! と黒の騎士ブロードの剣先が弧を描き空に舞った。
「人の世も、知恵も及ばぬ、強さだけがものを言う世界で育って来た」
「…………!」
「なら、ここは嫌でも。知性を取っ払い、野生の本能のまま……走るッ!」
――瞬間――瞬動。真偽の事は、この際忘れて……斬る!
ガキンッ!
無我夢中で連打連撃での連続攻撃、兎に角数で勝とうとする……だが!
【物理的な連撃が相手の方が速かった】柔も豪も備えうる神速の剣劇がその全てを薙ぎ払う!
「くっ……!」
速さで勝てない、手数でも勝てない、一撃一撃の質も悪い、重さもない。だが一撃一撃の剣劇に意味合いが込められていた、言葉がなくとも。伝え、伝わった。
また脳裏に焼き付く不思議な声、ヴィジョン。心の声が叫んでいた「あんたは知ってた! 知って! いながら! 知っていながら見殺しにした!」それに対してもブロードは声なき声で押収する。
ブロードは心の底から叫んでいた。「そうだ! お前は誤認した! そして、思い出したんだ!」剣先を上空に上げ、高く弾き返す。ガキン! とサキの想いを込めた1撃が、また新たなブロードの想いの1撃によって防がれた。
「!? こ……こんのーッ!」
サキの瞳から涙が溢れ出していていた、感情が止まらなかった。同じレベルでも、全く勝てる要素が見当たらなかった。一旦バックステップで距離を取るサキ。
「ふーふーふー!」
動物のような鼻息を露わにするサキ。ブロードは思う。
(長期戦はまずいな……相手に隙をつかれる可能性が高くなる)
幸いサキはブロードの戦撃を一度だけ観ている。だが、流し見をしていたので全く内容が入ってきていなかった。結果はドローだったことだけは覚えている。もう1戦目はテキストはあったけど読んでもいない。それに時間もない。
ので、やはり頼らざる武器と言えば――本能。
ほぼ同時に2人とも前に出る、凄まじい連撃のあと【首筋を狙った優しい攻撃を】サキはかわす。ブロードはそこで終わらせようとしていた。
「くッ……読まれたか」
瞬間、サキの牙突。それをブロードは一回転して左手でサキの背中をトンと押す。
やられたと思った、だが彼はそれをしなかった。女性に優しかった。それがとてもとても腹ただしかったサキだが。
「クッ!」
の一言で飲み込んで耐えた。
再び構え直す両名。そして瞬動、消える。
そして連撃、からのサキのアゴをこづく。
もはやそれは負け確定の合図だった。
「……、負けましたぁあーーーッ!」
瞬間、苦し紛れの【念波・衝波】である。システム外スキル、明確なルール違反だ。バギリと空間が割れブロードの眼前に迫る、が。
【彼は左目にわざと当たった】
「え、……はぁ!?」
ポリゴンが破壊され、ブロードの手では治せない事は明白だった。彼はバタリと倒れる。
「ちょ! あんた! バカじゃないの、あんただったら避けれたはず……!」
「悪いな、避けるのは嫌いなんだ」
急いで駆け寄るサキ、そして【念波・治癒】でポリゴン片を慌てて元に戻す。
「も、も~呆れた。信じられない!」
「バグッて元に戻れなくなることも覚悟したさ……怪物に、なってもな」
だが、彼はそれをしなかった。その意味は、もはや明白である。
「はぁ……前言撤回。完敗だわ、あとは好きにしなさい」
そう言って、サキはブロードを残して。恥ずかしいのか、そそくさと闘技場を退場してしまった。
「お、おい!」
「言っておくけど! 攻略対象にはしなさんなよね!」
ビシっと指を立ててそう宣言してそそくさと。逃げた。あとは勝手にしろと言わんばかりに。
が、止められた。それを振り払う。が、止められた。それを振り払う。が、止められた。
「あ、あんた。ロボットかなんかなの?」
「その言葉そっくりそのまま返すぜ……」
あまりにも離してくれないので仕方なく条件をつけた。
「じゃ……じゃあ今度コーヒーでもおごって、それでチャラにしてあげる」
「お、おい……」
「い、言っておくけどカフェオレじゃないと嫌だからね! ブラックは飲めないから!」
そう言って、今度は猛ダッシュ。脱兎のごとく逃げた。
観ていた少数の観客は見てて思う。
「……これ何てラブコメ?」
天上院咲も黒の騎士ブロードの攻略対象に入ってしまった。