3月9日
あの頃の良き思い出を思い出してくれたら幸いです。
(一日遅いですが)
設定:中学三年生 三月
「はい!」
外はどんよりとした曇り空。少し肌寒い風が吹き、校庭には所々に大きさの違う水溜まりが出来上がっている。けれど、校舎の西側に建つ 屋根が橙色の体育館では、心地よい凛とした返事が響いていた。その返事は人で埋め尽くされ、少しムンムンとした雰囲気の空間でさえ、明瞭にそこにいる人たちの耳に余すことなく届いただろう。
返事をした少年は校長先生が立つ演壇の前へと一歩一歩を噛みしめながら進んでいき、演壇の前できれいな回れ右をすると、校長先生におめでとう。と言われながら卒業証書を丁寧に受け取る。少年は一瞬寂しそうな表情をするも、証書を小脇に挟み階段の方へ行く時にはきりりとした面持ちでいた。
隣で前の人の一行を見ていたぼくは、不意にステージ下の担任の先生と目が合う。
ー 次はぼくの番だ -
そう思っているときにはもう呼ばれていた。
「山下 涼雅」
「はい!」
思っていたよりも声を出すことができたが、前の人のように染み入るような響きは出すことができなかった。これでも精一杯なのだが……。
歩を進めようとする際、緊張で足元がおぼつかないような感覚に苛まれてしまい、こけてしまうような気がする。前の人も同じだったのだろうか。と思いながら足を踏みしめて演壇の前へ進む。
「おめでとう」
証書を受け取るとき、とっても短くて単純な言葉をもらう。
そう、単純な言葉。
席について他の人が授与されるときにも聞いた、儀礼的で感情が入ってないように聞えた言葉。
それなのに、そう思っていたのにどうしてこんなにも嬉しいような寂しいような気持ちになるのだろうか。受け取りたくない、受けっとてしまえば卒業したことになってしまう。まだここに居たい。みんなと一緒にいたい。まだ、みんなと笑いあいたい。どばっと、心のうちからこみ上げてくるものがあった。
そういった感情はなみだへと形を変え、どんどんと溜まっていき、表情も寂しいものへと変わっていた。
けれど、これでもぼくは男だ。
目を瞑ることによって涙をこらえ、何でもない風を装って証書を脇に挟み、階段へと歩む。
階段を下りる直前、眼下の同級生を見渡す。
証書をもらったもらっていないに関わらず、すすり泣きをするもの、必死に涙を堪えようと上を向くか、目をぎゅっと瞑るもの。特に証書をもらった人には顕著に見られた。
そのあと、証書をフォルダーに収め、自席へと戻る。席に着くと、隣の席の親友である勇輝が話しかけてくる。彼はクラスのリーダー的存在で、顔立ちもよく、対リア充爆弾の標的にされやすい(とくに言葉による)。彼が告られるたんびに、昨日さぁ。とかと話しかけてくるのでそういう面では嫌いだが(別に彼が悪いはけではない顔がいけないのだ)、責任感が強く、とっても優しいので自慢できる親友の一人だ。
「どっちが声大きかった? 」
彼は正面を見ながら僅かに口を開けてぼそぼそと問うてきた。
「わからない」
そうやって自分も証書を椅子の下に置きながら先生にばれないように小声で答える。
「そうか………」
語尾の音が小さくなりながらも彼はいった。少しだけさっきよりもテンションが下がっているのは気のせいだろうか。
「うん」
ぼくはそう答えったきり何も話さずに、目を瞑って式が進行していくのをまった。
「卒業生の歌」
そうアナウンスが入ると、卒業生起立! という誰かの掛け声とともに一斉に周りのみんなが立つ。目を瞑ったまま寝てしまいそうだったぼくは、少し遅れて席を立つ。
移動が開始され、設置されたひな壇をぎしぎしと音をたてながら三段目まで上る。
ひな壇が軋む音がやむと、女子の指揮者が出てきて指揮台の前まで進むと一礼をする。
礼と共に彼女の黒い長髪が流れ、指揮台の上に立ち髪を手で振り払うと、今にも泣きだしそうな表情が晒された。
彼女が指揮棒を構えるとざざっと音をたてて全員が体の向きを指揮者に向け、指揮棒が下ろされると同時に「 友 」という歌の伴奏が奏でられ始める。この歌の練習が始まったばかりの時はこの歌のことをあまり好きになれなかったし、正直興味がなかった。いつもの音楽の授業のように口を開けて言葉を決まった音程に当てはめて声にする。単なる流れ作業でしかなかった。けれど、怒られるのがいやだからとりあえず歌う。と思っていたはずの自分が伴奏を聞くだけで無性に早く歌いたいという気持ちがこみ上げてくる。犬がおやつを前にお預けされているときの心境がわかる気がする。
そして………。
「友、今君が見あ………………… ♪」
始まる。ぼくらの不確定な人生の中でも、答えのない道でも、自分は一人じゃないと信じて歩もうという希望の歌が。
混声三部合唱で歌われる一つ一つの言葉は、感情がこめられ、確かな意味を持ち体育館に響いた。
歌が終わり残るは伴奏だけとなったころには、鼻を啜る音、ハンカチを目元にあてる人が多くなっていた。お世話になった生徒指導の強面の先生でさえも声は出さないが、涙腺を崩壊させているのが遠くでもわかるぐらい顔をくしゃくしゃにしている。
男子は比較的少ないが、少なからず目元を袖でごしごしと拭っている。
自分もその一人である。今になって思うと、ある友達に、君は涙もろいね。といわれたことがある。
けれど、その声が聴けるのは今日が最後だ。
大人になったら同窓会で会えるかもしれない。しかし、その時には声も体つきもちがっているかもしれない。何より、そこで思いだせるのは鮮明な過去の記憶であって当時の友達は過去のものでしかないのだから。
そうこうしている間にも指揮者は下りる合図を出し、順々にひな壇を軋ませながら下りていく。
自席に戻ると、もう式は最後の項目に差し掛かっていた。
「閉式の辞、一同起立」
のアナウンスが流れ、教頭先生がマイクを前にこう言った。
「これをもちまして、平成30年度、卒業証書授与式を終了致します」
終わった。
一同、礼。の合図とともに一斉に礼をし、3~4秒後経ってから頭を上げる。
ズザーと衣擦れの音がして、一同、着席。の合図とともに再び椅子に腰かける。
終わった。
吹奏楽部が「蛍の光」を奏で、次々に生徒たちが体育館を退場していく。
終わった。
自分のクラスに順番が回ってきて全員が同時に立ち上がり、退場する。
「はぁ~、終わった」
前を歩いていた勇輝が突然振り返り背伸びをしながら言ってきた。
出た瞬間にいきなり背伸びはちょっとね……。と感慨に浸っていたぼくは思った。
気持ちはよく顔に表れるものだ。
ちょっと厳しい目で見てやると、案の定すぐに背伸びをやめ、ばつの悪そうな表情をしてごめん。と彼は謝った。わかればいい。台無しにはしてほしくない。
教室に戻り荷物を手に取ると再び並んで校庭に向かう。そのころには太陽が雲と雲の間から光をこぼし、校庭の水溜まりも小さくなるか、なくなってしまっている。
校庭に設けられた「花道」を通り。花道が途切れた辺りから各クラスごとに集まり写真を撮ったり、メールアドレスを交換しあったりする。
そこで沢山の人たちとの別離を惜しみ、「これから頑張れよ!」とか「元気でな!」と言葉をかけ、そしてそれぞれが自分の家へと帰っていく。
ぼくはというと、毎日一緒に登下校をした三人と一緒に帰っている最中だった。
部活もそれぞれ違うし、家も近いわけではない。ただ、同じ方面だからとか、気が合うからという理由で今まで学校に通っていった。特に喧嘩もしない、普通のグループだった。
そこでの会話として、「あの来賓の人超ハゲてなっかた?」や、「あいつ泣いてたな」などの他愛のない会話ばっかりをしながら帰っていた。
そのうち、一つ目の分かれ道がくる。
そこでは3人と1人に別れ、「じゃあ、元気でな」などといって別れる。
二つ目の分かれ道でも同じようなことをして別れる。
「とうとう二人になっちまったな」
「そうだね」
最後の二人になってしっまたぼくたちは、又しても同じような話をする。
この最後の子とは家が他の二人よりも近く、道のりも一番長い。
当然、話す時間も長くなる。
不意に友達がつぶやく。
「いいよな~お前って………」
「何が? 」
「高校決まってて」
さっきまで、あいつに告ってたらよかった! なんて大声でさけんでいたのに、急に現実味をおびた話になる。そう、ぼくたちは中学3年生。いわゆる『受験生』だ。だいたいここの地域の卒業式は、3月9日に行われる。また、一般入試は3月12日に行われる。あと三日しかないから緊張するのもうなずける。
ちなみに、ぼくは○○高校自然科学科に推薦入試で合格済みで、彼は××高校の一般入試を受ける予定だ。
「あはは、緊張してるの?」
「そらそうだろ! 三日後だぜ?!」
「まあ、頑張って!」
下手に話を続けると自分が有頂天になり、彼が落ち込んでしまう気がするので短くまとめる。
「軽いな、お前はもっとこうばちんとくるやつねえのかよ! 」
そうやって彼は、カモン、カモン。といいながら手をホイホイさせる。
ちょうど踏切あたりまで歩いてきたところでカンカンと音が鳴り、遮断機が下りる。
「大丈夫、君ならできる! 今まで精一杯頑張ってきたから!
自分を信じて! 」
大したことのない言葉なのに彼は満足そうに頷くと、ありがとう。と言った。
ちょうどその時電車が来て風がブオッと吹き荒れる。
通り過ぎる頃には二人の髪の毛はボサボサになっていた。カンカンという音が消え、遮断機が上がると同時に彼は走りだした。踏切の向こう側にあるT字路の真ん中まで来ると、振り返り声を張り上げて言った。
「なんかやる気出てきたから早よ帰るわ! 今まで本間にありがとうな! 」
そう言って彼はT字路を右に曲がり走っていく足音が聞こえてくる。
踏切の前で茫然と立ち尽くしていたぼくは次の電車が来る前に渡ろうと思い。少し早歩きで渡る。
そしてT字路まで歩き、右を向く。
そこにはなにもなかった。まだ一緒にいたかった友の姿も、友の声も。
仕方なく反対方向を向き、彼と逆の方向へと進みだした。
ぼくらの最後の分かれ道。
最後だから、もうここを通ることはないだろうから。
いつもと違う別れ方を望んだ。
これはいつもどうり、彼はいつも踏切をこえたら走って行ってしまう。
どうして走るのかは知らない。聞こうと思っていてもその時になれば忘れてしまう。
彼は最後、何かを見つけたようだった。
果たして自分はどうだろうか?
いつの間にかぼくは卒業アルバムを取り出して見ていた。
1ぺージ1ぺージ1をめくるたびに蘇る記憶。
それは忘れられないものだ。
そしてふと思う。
自分はまだ卒業できていないのではないだろうか?
体はここにあっても、心はまだ学校にあるのではないだろうか?
ぼくに比べて彼は、明確な目標があり。心を入れ込めれているのではないだろうか?
ああ、ぼくは馬鹿だ。
合格したからといっていい気になって、心を一新することなく過去の記憶に依存して、あの時はよかったという。
合格はすべてじゃなかった。
そうやってぼくは、アルバムを閉じ、真っ青な空を見上げる。快晴な空にはまだ何も描かれていない
3月9日、それは卒業式。
一応初投稿です。
まだまだ精進したいので宜しくお願い致します。