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第陸話

ふわり、と意識が覚醒する。

瞬きをする時のように、簡単に瞼が開いた

いつもは重たい瞼をこじ開けて、それでも完全には起きられなくて 茉莉まつりに怒られながら朝の身支度をするのに。

何だろう、この素晴らしい寝覚めは。

寝台の上でころりと寝返りをうった私は、しばし初めての経験を噛み締めた。

…あ、もしかしなくても。

これだけ寝覚めが良いということは、 眠りの質も良かったということなのではないか

昨日、昨日は何したっけ…。

…あ、宋馬そうまで過ごす初めての日だったんだ

婚約者である東宮が4人もいると教えられて この私でも驚きを隠しきれなかったし。

そもそも、東宮たちとも初対面だったし。

そのせいで疲れていたのかもしれない。

…あ、翠風すいふう殿の手 振り払っちゃったな…。

もう一度、しっかり謝っておかないと。

と、何とはなしに昨日のことを振り返っていた私は あることに気付いて飛び起きた。

―――()()()()()()()()()()()()()()()

まだほんのりとしか覚醒していなかった意識が 急激に冷静さを取り戻して、けたたましい危険信号を発し始める。

待て待て待て待て。一体どういうことだ。

みるみる冷たくなっていく指先を抑えながら私は必死に頭を回転させた。

えーと、えーと、えーと……!?

…あ、でも1回寝ようとした、よね。

それで、寝付けなくて…それから…

白瑛はくえいさま、失礼いたします。」

「ひっ!?」

背後からいきなり聞こえてきた茉莉の声に、喉が引き攣ったような 奇妙な音を立てる。

「…まあ、今朝はお早いのですね。」

私の奇声は彼女の耳に届かなかったらしい。

朝に相応しく、爽やかな笑みを浮かべた茉莉が室内に入ってきた。

「え、ええ…。」

……私、もしかしなくても、巷で言うところの『朝帰り』をしてしまったのだろうか。

…………朝………帰り……。

茉莉が知ったら、ただじゃ済まない、よね。

「白瑛さま お顔の色が優れないようですが…

どこかお悪いところでもございますか?」

「……全然。」

どうやら 茉莉は、昨夜の私に何があったのか何をしていたのか 全く知らないようだ。

ほっとしたけれど、私が 自分の行動について質問できる人なんて茉莉しかいない。

…どうしよう。誰に聞けばいいんだろう。

脳内で、更なる疑問符がぐるぐると回り出す

「…本当に、大丈夫でございますか?」

「……大丈夫だと言っているでしょう。」

内心 焦りながらも虚勢を張った、その時。

「白瑛姫、無理をなさってはなりませんよ。

申しあげたでしょう? 風邪は万病の元、と」

ふらりと室に姿を現した金髪の美丈夫に

「―――っ!!」

昨夜の記憶を取り戻した私は、声にならない叫び声を上げたのだった。


「改めて おはようございます、白瑛姫。」

不審そうな顔をした茉莉の追撃を必死の思いで躱した私は、数歩先を行く男の華やかな笑顔を きっ と睨み上げる。

「…なぜにそんな顔をなさるのです?」

全くもって、白々しいこと甚だしい。

私が何を聞きたいか わかっているはずなのに

『親睦を深めるために、朝食は 我ら東宮4人と 白瑛姫をあわせた5人でとりましょう。

侍女さんはいらっしゃらなくて結構ですよ』

なんて甘い声で茉莉に囁いていたけれど、あれも 結局は 私と茉莉を引き離す口実なはずだ

私が、昨日のことを尋ねやすいように。

黄和きわ殿。お伺いしたいことがございます」

意を決してそう告げれば、やはりと言うべきか 彼の口角がにんまりと上がった。

「私に答えられることであれば、何なりと」

…本当に意地が悪いな、この人は。

むっとしながらも、逡巡の末 口を開く。

「昨日の、夜のことでございます。」

「…夜、ですか。」

「はい。」

そこから 何と言えば良いか わからなくなった

はしたない女だと思われているに違いない。

婚前の女性が『朝帰り』だなんて。

一国の公主としては 尚更 ありえないことだ。

そう 黄和殿の口から改めて告げられることが今更だけど、とても、怖かった。

「……何もありませんでしたよ、白瑛姫。」

「………え…?」

「ですから、昨夜は何もありませんでした。

私が少々席を外した間に、あなたがお眠りになってしまっただけですよ。」

阿呆みたいな顔で立ち竦む私に目線を合わせ黄和殿は根気強く説明を繰り返す。

「……わ、私、寝台に入った記憶が……。」

「はい、そうだと思いますよ。

起こすのもどうかと思いましたので、室まで運ばせていただきましたから。」

「………そうなの、ですか……?」

迷惑はかけてしまったけど、やましいことは 何も、なかったの…?

……………よかった……。

真実を理解すると同時に 膝から力が抜け、廊下にしゃがみ込んでしまった。

「だ、大丈夫ですか!?」

「え、ええ…。」

黄和殿も膝をつくのが目に入り、慌てて立ってもらおうとするも拒まれる。

「黄和殿、服が汚れてしまいます…。」

「洗えば落ちますよ。構いません。

…それより、少々 私の遊びがすぎましたね。

申し訳、ありませんでした……。」

…やはり遊ばれていたのか。

悔しく思いながらも、何とか立ち上がった。

「…いえ、私の軽率な行動が導いたことです

黄和殿が謝られる必要はございません。」

「ですが」

「…あ、いたいた。黄和、何してんのー?」

更に言葉を重ねる黄和殿を制そうとしたところで、ひょっこりと翠風殿が現れた。

「あれ、姫もいる! おはよ、姫。」

頃合いよく雰囲気を壊してくれた彼に 心の中で感謝を述べつつ、挨拶を返す。

「黄和 お腹空いたよー。みんな待ってるし」

可愛らしく頬を膨らませる翠風殿を見て、黄和殿も 軽く微笑んだ。

「……ああ、すみません。行きましょうか」

「案内、よろしくお願いします。」

ふわりと頭を下げれば首肯した2人が歩き出す

…何だか、朝から疲れる日だな…。

自分にしか聞こえないように 溜息を吐いた私は、彼らに続いて歩を進めたのだった。


~黄和side~

一目見て、強気そうな少女だと思った。

銀色の目も 白金の髪も きらきらと光を放ち、瞳から覗く意志の強さを際立たせていて。

でもどこか、違和感があった。

何があっても表情一つ変えない冷静さ。

感情のこもっていない、淡々とした口調。

17にしては大人びすぎているように感じた。

彼女は、腹に何を隠し持っているのか。

気になった私は 少々試してみることにした。

そして――。

悟られないように、ちらりと後ろを振り返る

ほとんど足音を立てずに歩く彼女は、やはり感情の見えない 仮面のような顔をしていた。

先程のことは、幻であったかのように。

(まさか、ねえ……。)

昨夜 四阿で遭遇したのは、本当に偶然。

けれど、件の姫だとわかってから ほとんど迷わずに彼女を試すことを選んだ。

朱火しゅかに 翠風に 碧流へきる

根が素直で 真っ直ぐな、年下の3人組。

彼らはきっと 許嫁という肩書きがあるだけで無条件に白瑛姫を守ろうとするだろう。

そのことが わかってしまうからこそ、私は彼女を試さねばならなかった。

国家間での縁談が取り決められる背景に、政治的思惑がないことなどない。

白瑛姫もまた、祖国から 何らかの使命を帯びて 宋馬に入って来ているはずだ。

それが何かを知らぬままで 対等に渡り合うことなど、宋馬と紗奈しゃなの国力差では不可能。

無条件に守り続けていては、いずれ 有事に切れる手札がなくなってしまう。

気は進まないが、ここは 東宮最年長として 汚れ役を引き受けるしかないか。

――そう思って 彼女を軽くつついてみると、予想より遥かに簡単にボロが出た。

真夜中に 侍女もつけずに散歩をし。

驚いては、泣き出す寸前のように顔を歪め。

挙句の果てに、男の室まで付いて来る。

年齢より落ち着いているどころか、年相応以下の行動が多い少女だった。

事前に仕入れた情報によると、彼女は 髪と瞳の色のせいで 祖国において『呪われた公主』と呼ばれていたらしい。

きっと、他人と関わり合う機会も 世間の暗黙の了解を知る機会も なかったのだろう。

――とすると、あの無表情も ぶっきらぼうな受け答えも 自分を守るための盾、なのか。

そう気付くと 途端に彼女が可愛く思えてきた

白瑛姫が 弱い部分を隠して 必死に振る舞う姿を見ていると、何だか兄にでもなったような気分で応援してしまう。

微笑ましさは かなり表情に出てしまっているようだが、まあ その辺はご愛嬌だ。

偶然見た寝顔は 思った通りあどけなくて。

抱き上げた華奢な身体は 驚くほど軽かった。

彼女は、まだ守られるべき 少女なのだ。

いや、『まだ』ではない。

これまで あんな小さな体で 頑張ってきたのだ

これから、私たちが守らなくてどうする。

それに、今朝 改めて試してみて 確信した。

彼女は 祖国からの密命を隠し通せるほど 心理戦や駆け引きが上手くない。

何らかの指示を与えられ 動いている確率は零だと言っても過言ではないだろう。

紗奈が動くとすれば、恐らく――

(…まあ、今は考えないでおく、か。)

軽く頭を振り、心の中で独りごちる。

今は、白瑛姫を試すような真似をする必要がなくなっただけで良しとしよう。

元から 婚約者を疑うなんていう野暮なことはしたくなかったのだから。

もう一度 無表情な少女を見やり、そっと頬笑みを浮かべた 私だった。

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