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第肆話

「はい、只今!」

茉莉まつりがパタパタと駆け寄り、扉を開いた。

「いきなりごめん、姫。」

そこにいるのは、やはり緑の術者。

「…ご機嫌麗しゅう存じます、翠風すいふう殿。」

私も立ち上がり、正式な礼を取った。

「ああ、うん…。」

翠風殿が、一瞬曖昧に微笑む。

小さな違和感を覚えるも、すぐにいつもと同じような笑顔に隠されてしまった。

「ところで、姫。これからの予定は?」

「予定、ですか。特にはありませんが 。」

ついさっき、その話をしていたばかりだし間違いない。私は暇だ。

「そっか。…じゃ、そこの侍女さん。

ちょっとだけ、姫借りてくね?」

言うが早いか、翠風殿は私の手を掴んでスタスタと歩き出した。

「え…えっ!? 白瑛はくえいさまっ!?」

「心配しなくてもちゃんと連れ帰るって。」

茉莉の動揺を目にした翠風殿が、おかしそうに笑いながらこちらを覗き込む。

「…っ。」

途端、混乱していた脳中に翠風殿との距離感や手を掴まれているという実感が流れ込んで来て。

「やめ…て…っ!!」

気付いた時には、手を力一杯振り払っていた。

「…姫?」

驚きに満ちた声に我に返ると、申し訳なさそうな顔の翠風殿がこちらを見ている。

「…ごめん、怖がらせちゃったかな…。」

「ちっ、違います…。申し訳、ありません。」

ああもう…何してるんだ、私。

翠風殿の手は、あの人達の手とは全く違う。

それぐらいのこと、自分でわかっている。

そのはずなのに、手の震えが止まらない。

「…本当にごめんね。僕が不用意だった。」

「謝らないで、下さいませ…。」

深呼吸を繰り返し、何とか心を落ち着ける。

「…ここの扉から出て少し行ったところに、結構小さいんだけど四阿があるんだ。

そこまで行って休憩しようか。

姫、長旅で疲れたでしょ? だから、ね?」

「…ありがとう、ございます。」

再び歩を進め始めたその距離感も。

私に話しかける口調も、その内容も。

翠風殿が、私を深く気遣ってくれていることを表していて。

「…。」

こんなに温かな人を困らせてしまったのかと思うと、心がずきりと痛んだ。

「姫、着いたよ。

落ち着くまで、僕は向こうにいるから。

何かあったら呼んでね?」

そう言って、翠風殿は去って行く。

しばらく立ち尽くしていると、真冬の冷たい空気が肺を満たしていくのを感じた。

それに伴って、鈍っていた感覚も冴えてくる。

「寒…。」

肌を刺すような寒さに、体がぶるりと震えた。

そう言えば、紗奈しゃなを出発する前に宋馬そうまの冬はかなり厳しいと聞いたような気がする。

紗奈は、基本的に温暖な気候の国だ。

あちらから持って来た装束で対応できる寒さなど、たかが知れている。

「…と言うことは。」

それなのに、私を中庭に案内した翠風殿。

大人しく案内された自分。

どちらも動揺していたのが、手に取るようにわかるではないか。

「…ふっ。」

申し訳なさを通り越して、自虐的な笑いすら込み上げてきた。

私は、一体どうするつもりだったのだろう。

私の務めは、紗奈に尽くすこと。

そのためには、翠風殿を始めとする東宮達との仲を深めなければならないのに。

彼らを戸惑わせるようなこと、ひいては彼らに疑念を抱かせるようなことをしてしまった。

このままでは、務めが果たせなくなってしまう。

そんなの、絶対に駄目だ。

「…はぁ。」

少しでも良い印象を与えられるように、できるだけ早くこの休憩を終わらせよう。

そして、これからの時間は翠風殿がしたいことに付き合おう。

そう心に決め、私は白い息を吐きながら空を見上げるのだった。


〜翠風Side〜

「…うーん。」

中庭の四阿が見えるギリギリの位置に座り、僕は首を傾げた。

『やめ…て…っ!!』

これまで感情の起伏を感じさせずに振る舞っていた彼女が初めて見せた、怯えた表情。

それは、僕を戸惑わせるのに十分だった。

「何だろうな…。」

自分は、彼女の特殊な容姿やそれに付随する生い立ちの話を何となくしか知らない訳で。

「教えてくれないかなー…。」

あそこまで怯えた顔をされると、こっちも結構傷付くんだよね。

それに、婚約者としての付き合いが続く以上知らなければならない…と思う。

そう思ってるのは、僕だけなのかな…。

「お、翠風じゃないか。」

悶々と考え込んでいると、不意に背後から声をかけられた。

朱火しゅか…。何、稽古の帰り?」

「まあな。

で、どうしてお前はこんな寒い所に座ってんだ」

朱火が、僕の隣にどっかりと腰を下ろす。

「んー、姫がねぇ…。」

言葉を選びながらも先程のことを全て伝えると、朱火の眉根に微かな皺が寄った。

「そうか…。」

「姫とは知り合ったばっかりだし、どこまで踏み込んで良いかわからないんだよね…。

ねえ朱火、どうやったら姫を悩みから救ってあげられると思う?

できるだけ早く、姫を救いたいんだよ。

あんな、感情を押し殺したような顔の姫を見続けるなんて辛すぎるから…。」

胸につかえていたモヤモヤを全て吐き出し終わった途端、髪をぐしゃぐしゃと撫で回される。

「そうかそうか…。

お兄ちゃんにはよーくわかったぞ、翠風。」

「ちょ、やめて朱火!!痛い!」

荒っぽい撫で方に悲鳴を上げると、案外すんなり解放された。

「すまんすまん、悪かったな。

お前がそこまで他人を気にするなんて珍しくて。」

「…別にそんなことないと思うけど。」

「白瑛のことかなり気に入ってるくせに。」

いきなり図星をつかれ、頬が熱くなる。

「ちょ、ま……っ!!」

「安心しろ。既に皆に気付かれてるから。」

「安心できないよっ!!

…てか、そう言う朱火はどうなのさ。

姫のこと呼び捨てなんかしちゃって。」

「ん、俺か?」

僕の小さな小さな反撃は、

「白瑛を気に入らない理由がどこにある。」

朱火の何回りも上手の答えで撃沈した。

「…まあ、確かにそうだけどさ。」

今でも、鮮明に思い出すことができる。

侍女さんを守るために立ち塞がった、姫の凛とした立ち姿。

陽光を反射して煌めいた髪。

僕達を睨みあげていた、意思の強そうな瞳。

「…あの時の姫を見て、鳥肌立ったもん。」

「真っ直ぐで、気高くて、穢れがない。

名前の通りの心を持った公主だったな。」

どれだけ色を混ぜようと、つくれない白。

宗馬で、最も尊いとされる色。

その名を冠する紗奈の公主は、外見も中身も鳥肌が立つほど美しい。

「…あんな子が僕らの姫になるなんて、全く思ってもみなかった。

曰く付きの公主だって聞いてたから、相当性格悪いんだろうなって。」

「…俺もそう思ってた。」

中庭の冷たい空気に、2人分の低い笑い声が溶け込んでいく。

いつか、姫ともこうして笑い合えたらいい。

遠く四阿を見つめながら、僕はそう密かに祈るのだった。

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