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第参話

「…紗奈しゃなが公主、白瑛はくえいでございます。」

そう告げて、ゆっくりと顔を上げる。

まず目に入ったのは、4人の男の姿。

「…!」

中に見知った顔を見つけ、私は瞠目した。

向かって左から2番目に朱火しゅか殿。

1番右側には翠風すいふう殿。

2人揃って高官であることだし、東宮の側仕えでもしているのだろう。

とすれば、残りのどちらかが件の東宮か…。

「遠路遥々お疲れ様でした、白瑛姫。」

更に目を凝らすと、驚くべきことに気付いた

何と、4人全員が異形なのである。

左から、色が金・赤・青・緑。

「お心遣い、痛み入ります…。」

動揺を隠しきれないまま、私は改めて拝礼した

な、何なのだこれは一体。

もしかして、宋馬そうまではこのような髪と瞳が一般的なものなのだろうか。

いや、先程の黒髪の武官は私を見て少なからず驚いていたはずだ。

と言うことは、この姿が珍しいことは宋馬でも変わりないのだろう。

ただ、この中に東宮がいるということは東宮もまた異形の者であるということ。

『呪われた』私が受け入れられる可能性も、それなりにあるかもしれない―。

そんな取り留めもない考えが、瞬時に脳内を駆け抜けていった。

「…2人の言葉通り、落ち着いた方ですね。」

「?」

いきなりの声に我に返れば、1番左の金髪の男性が微笑んでこちらを見ている。

彼もまだ年若いが、醸す雰囲気は歳以上に落ち着いたものだ。

「いえ、そのようなことはございません。

まだ若輩者で至らぬ点も多々ございます。」

彼が東宮だと目星を付け、微笑を向ける。

すると

「そんなことないじゃないですか、姫。」

翠風殿が、いきなり会話に割り込んできた。

「…!?」

彼は一体、何をしているのだろう。

側仕えが東宮の会話に割り込むなど、してはいけない以前にまずありえない行為だ。

しかも、あの言葉遣い。

運が悪ければ、冗談抜きで首が飛ぶ。

「…。」

恐る恐る金の男を見上げると、気を害した様子も見せず穏やかに微笑んでいる。

器が広いのか、はたまた只の昏君なのか。

推し量れずに、私は黙り込んでしまった。

黄和きわ、白瑛が困ってるだろう。

東宮が誰だかわかってないんだぞ。

いい加減ちゃんと説明してやらないか。」

「朱火、殿…?」

そこでやって来た助け舟はありがたかったけれど、更なる疑問を呼び起こしていく。

もう考える余裕はなくなっていた。

「…そう言えば、説明を忘れていましたね。

申し訳ありません、白瑛姫。

どうぞ、こちらにいらしてください。」

「……はい。」

朱火殿に導かれ、部屋の隅にある円卓に茉莉まつりを含めた全員で座る。

周囲の4人の色が強すぎて、目眩がした。

「白瑛姫、本当に申し訳ありませんでした。

私は、典薬寮てんやくりょう長官の黄和と申します。」

「俺は、宋馬禁軍が将軍 朱火だ。」

吏部侍郎りぶじろう 碧流へきる。」

「宋馬筆頭術者の翠風です。」

え…どういうこと?

始めから、この場に東宮はいなかったの…?

「…では、東宮さまはどちらに。」

「俺ら全員東宮なんだ、白瑛。」

「…全員が、東宮。」

朱火殿が発した言葉の意味が全く飲み込めず雄武返しになってしまう。

「俺ら全員が、宋馬の東宮なんだよ。

白瑛は、俺らの中の誰か1人に嫁ぐんだ。」

「え、え…!?」

遅れた理解は、未だかつて経験したことのないような規模の驚きとともにやって来た。

「そっ、そ、それは…すなわち…」

「婚約者候補が4人いる、ってことだ。」

根気強く繰り返してくれる朱火殿のおかげで私は何とか落ち着きを取り戻した。

「皆さま全員が、東宮、なのですか。

…取り乱してしまい、申し訳ありません。」

「ううん。…黙っててごめんね、姫。」

正面に座る翠風殿が、困った顔で微笑んだ。

今朝話した時とは、全く違う口調。

「出会ったあの時に教えてたら…。

姫が困っちゃうだろうな、って思ったんだ」

「…いえ。謝っていただかなくても。」

驚きこそすれ、怒ってはいない。

ただ、その驚きが大きすぎるだけ。

「…ということで、一件落着ですね。

これから、どうぞよろしくお願いします。」

パンパン、と軽やかに手を打ち鳴らした黄和殿が笑みを深めてこちらを見た。

「…いや黄和、落着してないから。

元はと言えば、黄和が段取りぜーんぶ忘れて話始めようとしたからだよね!?」

「…そうでしたっけ?」

「しらばっくれないでよ!」

黄和殿に適当にあしらわれ、むくれる翠風殿

それを面白そうに見つめる朱火殿。

何とまあ、賑やかな人たちなのだろう。

「…白瑛さま、白瑛さま。」

つんつん、と右横の茉莉に袖を引かれた。

「…何。」

「急展開ですが、安心いたしました。」

「あ、そ。」

長年ともにいる彼女にはわかったのだろう。

私の口元に笑みが浮かんでいるということが

信じるに値するかは知らないが、東宮たちは悪い人ではなさそうだ。

そのことが、普通に嬉しかった。

「では、白瑛ひ…」

「お前、本当に感情出ねえのな。」

和やかな雰囲気を、突如ぶち壊したのは

「…碧流!」

自己紹介以来口を開いていない、青の男。

「何を言ってるんですか、いきなり。

失礼にもほどがあるでしょう!」

「何だよ黄和。思ったこと言って何が悪い。

選ばれる側にも権利っつーものがあんだよ」

それだけ言い捨て、彼は室を後にする。

その場には、重苦しい空気だけが残された。

「…申し訳、ありませんでした。」

頭を下げる黄和殿の眉間には、深い皺が。

「別に構いませんよ。

感情の起伏が薄いのは本当のことですし。」

むしろ、ああ言ってくれた方が清々する。

嫌われているなら、近付かなければ良いだけなのだから。

「碧流は、東宮の名を毛嫌いしているんだ。

出会った当初から今まで、ずっとな。

そこには、あいつなりの理由もある。

だが、それを理解してやってほしいとも、

許してやってほしいとも今は言わない。

碧流が失礼をはたらいたのは事実だからな。

…俺からも謝るよ。すまなかった。」

「…いえ。」

きっと、暴言を残した彼も悪い人ではない。

2人が必死で庇っているところから、それがひしひしと伝わってくる。

「本当に大丈夫です。謝らないでください」

そう伝えると、黄和殿が悲しげな顔をした。

「どうかされましたか。」

「いえいえ。何でもありませんよ。

…では、改めて今後の予定をお話しますね」

こくりと頷くと、翠風殿が口を開く。

「まず始めに、ここは宋馬の西離宮。

宋馬との国境からもさほど遠くない場所だよ

僕たちがここにいられるのは、6月後まで。

6月経ったら、王都に移るんだ。」

「7月後の選任式に間に合うようにな。

その選任式で、次の帝が決まる。

その中で、白瑛も誰を選ぶのか神と今上帝に告げなければならない。」

「はい。」

猶予は、実質次の夏まで。

それまでに、この中から1人を選ぶのか。

「別段、課せられた任務もありませんし…。

5人で7月過ごしてみるだけですよ。

そこまで気負わなくて大丈夫ですから。」

「わかりました。」

何と言うか…摩訶不思議な婚礼になりそう。

「話は、一応これで終わりです。

何かわからないことがあれば、いつでも。」

「はい、ありがとうございます。

…それでは、これにて失礼致します。」

私と茉莉は、正式な礼をして室を退出した。

「…もう、何なんですかあの人っ!!」

扉が閉まるや否や、茉莉が目を三角に吊り上げて怒り始める。

「本っ当に、失礼にもほどがありません!?

白瑛さまに向かって、あんな…っ!!」

「茉莉…。」

本当に、この子は…。何て純粋なんだろう。

たかが私のために、ここまで怒る。泣く。

自然にそれをできることが、自分の類まれなる長所だとも知らないままに。

向けられる純粋さを嬉しく思う反面、その真っ直ぐさが私には痛い。

「あんな言葉気になさらないでくださいね!

白瑛さま、ちゃんと感情出てますから!」

「…それ、茉莉が私に慣れただけ。」

「えー、そうですか?」

鏡で1度見た事があるが、私が笑っても口角はほんの僅かしか上がらない。

自分でも、真顔と何の差異もないように思う

「…でも確かに、最初にお会いした時は能面みたいな表情の公主さまだと思いました。

いつ頃からでしょうね、慣れたのは。」

鈴の音を転がすような声で、彼女が笑う。

「きっと、東宮さま方もわかって下さいます

姫が、よくお笑いになる可愛らしい方だと」

「そんなことない。」

「…ふふふ。」

茉莉の全てを悟っているような表情が気に食わなかったので、そこに放置して室に戻った

「もう、白瑛さま!!」

慌てた足音が続いて聞こえてくる。

「茉莉、荷解き。」

「はいっ!!」

そして彼女は、私に与えられた罰を甘んじて受け入れる羽目になったのだった。


―半刻後

「終わりましたよ、白瑛さま!」

「…お疲れ様。」

茉莉の声に、私は書物から顔を上げる。

「当面はこれでお困りにならないか、と。」

「そう。」

軽く返事をすると茉莉が困り顔で口を開いた

「それとですね、白瑛さま。

この室、使用人部屋が付いていないので…。

夜は、私も頂いた室に戻らせて頂きます。

何かあれば参りますので、お呼び下さい。」

「…わかったわ。ありがとう。」

真夜中に呼びつけたことなどほとんどないし今更心配する必要もないのだが…。

まあ、忠犬・茉莉の性だろう。

「じゃあ、もうすることもないですよね…。

これからどうされるんですか?」

「どうする、って。」

この離宮内には、もちろん行く宛もなければ知り合いもいない。

私が首を傾げると同時に、

「…失礼します、姫。」

「「!!」」

軽かな翠風殿の声が、室内に響き渡った。

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