第十話
決意の夜が明けた。
今日は、昨日受けていない礼法と宋馬史の授業がある。
先にあるのが礼法で、指南役は黄和殿。
「改めておはようございます、白瑛姫。」
「おはようございます。」
深く頭を下げると、黄和殿が優しく微笑んだ。
「そこまで緊張なさらなくても大丈夫ですよ。
ここ数日でお見受けした限り、白瑛姫の礼法は基礎がきちんとできておられますし。」
「基礎、ですか。」
「ええ。どの国の礼法も、基礎となる部分は同じですから。
そこが身についていないとそれはもう苦労するのですよ。」
と、言葉を切った黄和殿がじっとこちらを見てくる。
「…何か。」
「…いえ、何でもありません。失礼いたしました。
お手数ですが、一度立って寝台まで歩いて頂いてもよろしいですか?」
「はあ…。」
指示はあまりにも不可解だったが、取り敢えず言われた通りに動いてみることにした。
部屋の反対の端にある寝台までは、およそ10歩といったところか。
「…歩き、ましたが。」
いつも通りに歩を進め 振り返ると、黄和殿は私を見て首を大きく縦に振った。
「文句なしです。」
「…はい?」
「歩き方ですよ。」
そう言われてようやく合点がいく。
どうやら抜き打ちで礼法の試験が行われていたようだ。
「速度、足運び、目線…。全てが完璧ですね。」
「お褒めに預かり、光栄です。」
軽く頭を下げると、またしても微笑まれた。
「白瑛姫の所作は、どれも礼法にかなっています。
それなのに、美しい所作をしようという気負いは感じられない。」
…これは、貶されているのだろうか。
そう思っていると、怪訝そうな雰囲気が伝わってしまったのか黄和殿が慌てたように口を開く。
「っ、白瑛姫、非難しているのではありません。
どう言えば良いのでしょうか…。…そうですね…。
白瑛姫は、日頃美しい所作をしようと思いながら過ごされていますか?」
「…いいえ。」
これが普段通りの所作だ。何も考えていなくても自然と体が動くだけ。