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底辺社会人 基 神

 高校、大学と俺のイメージはいわゆる”真面目な優等生”だった。眼鏡をかけているのもあるが、課題は期日通りに出し、評価も割と高く、先生や教授には気に入られていたからだ。だが、秀才と言われるほど頭が良いわけでもなく、人間関係を両立できるほど器用でもない。そんな俺は、就職した会社で目立った業績を上げることなく──正確には、すべて上司や仲間に奪われ──入社三年目に入ろうかという日に、クビになったのだ。「悪くはないが、良くもない」とは、部長の談である。

 まあ、使えないやつだというのは自認していた。指示がなくても動けるには動けるが、規則通りに熟すために仕事の良質さに欠ける。言われれば自分の意見を言うが、言われなければ自分の意見は言うことがない。元々、自分の意見かどうかさえもあやしいものだが。


 二年ほど前に失踪した、唯一俺と親しかった友人には、もう少し自分を持ったほうが良いと再三言われていた。なのに、俺は結局自分というの物を持たないまま、自室で一人死んだ──らしいというのを今、どういうわけか俺は牢屋でその友人から聞いていた。


「前世で死んで異世界ここに来た者は、神格化される」


「はあ…」


「わかっているのか? 神になるんだ。欠番を埋めるための神となる」


 そんなことを突然、捕まえられた国の牢屋で聞き、果たして信じられるというのか。

 数刻前、眠った記憶もないまま瞼を上げれば、絶景が見えた。薄墨を引いたような空に琥珀の三日月がかかっている。そしてそれを背景に、崖へ豪奢な西洋風の城が聳えていた。ノイシュヴァンシュタイン城を派手に色づけて、高さを足したらこうなるだろうといった体の城である。

 あまりの景色に唖然として上半身を起こしたまま硬直していると、右手にある鬱蒼と茂る森の方角から、馬の走る音が響き、次いで怒号に近い叫び声が聞こえたのだ。


『我らが麗神アヴィス! 斯様な試練を設けてくださった事に感謝を! アグ・アヴィス!』


『アグ・アヴィス!』


 震える程の絶叫。デモで人が集まって叫ぶような、そんな生易しいものではなかった。もっと低く切実で、まさに”戦う為”の叫び。”生きる為”の叫び。

 すぐに言葉とも取れない悲鳴や叫び声で溢れかえり、そして、金属と金属がとてつもない勢いで衝突する音が響く。

 ──これはなんだ。戦争だ。どうして今、ここで。なぜ。

 見ずとも容易に理解できる、命を奪う行為だ。しかし、なぜ戦争が今ここで起こっている。それよりまず、いったいここはどこであるというのか。

 わけのわからない場所で、一人きり。その心細さに今更震えが走り、情けなく歯と歯が音を立てる。

 神様、と呟く。どうか神様、俺を助けてください、と。瞼を閉じて、神様どうかお願いします、と胸中こぼせば、ふと自分が学生時代に戻ったような錯覚を覚えた。


『お前…!』


 瞼を開くと、懐かしい友人が変わらない姿で立っていた。何一つ安心できる要素がない状況の中、彼でさえ怪しかったというのに、間抜けにも意識を落としてしまった。これが、最初の記憶である。


 そして、いつの間にか牢屋にいた俺は、捕まったらしいこと、異世界ここから俺の様子が見られていたこと、そして俺が神であるということを聞かされ今に至る。

 前世が別の世界の住人で、ここ”ソムヌス”に死して来た者は、例外なく神になるという。今、この時代は。

 十年前の”異教徒の暴動”でこの世界にいる神はすべて殺され、異世界から連れてきたもので欠番を埋めているのが、この世界の実情だという。この事実は神官以外に知らされることなく、また”全司の神スタンガム”が神官以外の生物の記憶からなかったことにしたという。さすがに死んだ神を蘇生させることなどできるはずもなく、リセットのためにすべての力を使いスタンガムも”蒼土の地”で命を落とした、らしい。

 存在すべき神はまず四神に分類される。世界を構成しているとされる重要な神々で、数字が若いほど権力を持っているらしい。

 四神は”第一祖だいいちがそ 全司の神スタンガム”、”第二祖だいにがそ 地神ナティット”、”第三祖だいさんがそ 天神トゥンフェット”そして”第四祖だいしがそ 海神マ=イ”の四つの神で構成されている。

 そしてさらに分類すると、国へ属する"国神"と呼ばれる神々ほか十六の神がおり、計二十の神が存在している、ということらしい。


「…仮令たとい、俺が神だとして、なぜ捕らえられたんだ」


「神だから、だ」


 お前が四神ではない神だとしたら、それは他国に属する神となるからだ。この国アラクには、すでに国神が存在しているから、みすみす逃せば他国へ力を渡すことになる。だからお前は捕らえられた。

 話を聞きながら、俺はなぜか無性に泣きたくなる気持ちに襲われた。孤独死した直後に、暗く冷たい牢へ押し込められ、挙句の果ては俺が神だと宣う。それに、酷く惨めな気分になったからかもしれなかった。

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